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銀のカルーセル  作者: 白毬りりま
クレール・ネージュは春を告げる

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011.他愛もないお喋り


「そういえば、調べ物をしているのだったわね?」


 何気なく前々回に会った時の話を口にすれば、翠の双眸が驚いたように丸くした。


「覚えていたのか……?」

「え? ええ……」


 話題を出したのは彼だった筈だが、覚えていては駄目だったのだろうか。急に不安になって尻すぼみに頷けば、エドガーは何か思案するような素振りを見せる。


「強盗騒ぎの時、そう話していたわよ、ね……?」

「……君は素っ気なかったから、そんな会話なんて気に留めていないかと思っていた」

「失礼ね。他人の話はちゃんと聞くようにしているわ」


 頬を膨らませてそっぽ向けば、エドガーは動きを止めた。その秀麗な顔には、あからさまにしまったと書かれている。


「待て。君を見縊っている訳ではないんだ」

「無理に弁明してくれなくていいわ。所詮私はただの街娘だもの。大魔術師様の高尚な研究のことなんて、きっと聞いてもわからないわ」

「拗ねないでくれ……」


 情けなく諸手を挙げる男に、クレールはふんっと鼻を鳴らして視線を戻した。二人を見上げて右往左往していた白蛇を抱き取り、宥めるように麗身を撫でる。


「それで? 何を調べているの?」

「研究中のことでどうしても知りたいことがあって、国中に手配をかけて文献を集めて読んでいたんだ」


 エドガーが手にしていたのは、シルヴェ・ティティアに伝わる童話を纏めた本だ。三百年程前の辺境伯家令嬢が趣味で発行したもので、結構な量の話が数冊に渡っている。

 この図書館を利用する者なら一度は読んだことがあるとまで言われる本は、クレールも本棚に入った頃に一通り読んだことがあった。


「貴方、シルヴェ・ティティアの童話を研究しているの?」

「いいや、これは気晴らし」

「ふぅん?」


 頬杖を突いて向かいの翠色を覗き込むが、飄々とした色しか伺えない。どうやらそれ以上、研究の詳細について喋る気がないようだ。


 正直クレールとしては、どうしても研究内容を知りたかった訳ではない。話のネタとして、なんとなく覚えていたことを口にしたくらいで、驚かれたことに戸惑ってしまったほどだ。

 それにマギステルともなれば、研究に機密のひとつやふたつあるだろう。なれば、クレールがこれ以上突っ込むものではない。


「貴方は何処まで読んだの?」

「今は精霊に関する話だな。静謐の森の奥には、雪猫という吹雪を呼ぶ精霊がいるそうだ」


 随分と年季が入ったページには、ふわふわとした毛並みの猫が描かれている。興味があるのか、ページの上に白蛇の頭がかかる。


 精霊というのは、この世界を創ったとされる女神の眷属のことだ。

 意思のある自然の化身とも呼ばれる彼らは、人間の前には滅多に姿を見せることはないが、この世界のあらゆる場所に存在しているらしい。災害や奇跡など、何かの拍子に人知を超えることが起こると、精霊の気紛れだとよく言われている。


 雪猫も精霊の一種で、吹雪を操ることから雪雲の化身とされている。特に冬のシルヴェ・ティティアでは、空を飛ぶ白い毛玉が稀に目撃されていた。


「ちなみに君のおすすめはどの話だ?」

「そうねぇ……やはり、シルヴェ・ティティア名物である静謐の森かしら。ほら、掟でも不可侵を定められているでしょう?」


 クレールの住む蛇小屋がちょうどその端になっている彼の森は、何故かある一定より奥に行くことができない一種の禁域だ。

 磁石を持とうとも、目印を付けようとも、何をしても森の奥深くに立ち入ることはできず、気が付くと森の外に出てしまう。そのため、精霊の気紛れに満ちた森だとも言われていた。


 細い指がページを捲ると、シルヴェ・ティティアの簡単な地図が現れる。描かれたのは三百年前の筈だが、城の位置を始めとしてほとんど現代とは変わりない。


「東側にあるラクル河は、森の中から流れて来ているだろ? 遡上した奴はいないのか?」

「五百年くらい前にいたわよ。わざわざ南の港町で造船技術を学んできたような子が。でも途中から流れが急激になって、どんなに流れを読もうとも何かに阻まれるかのように舟が動かなくなったのですって。とてもではないけれど川登りできるような状態ではなかったと言っていたわ」


 目を細めるクレールの口調は実に流暢だ。地図の上で踊る白い指先を追いながら、エドガーは思い付きを口に出す。


「シルヴェ・ティティア以外からは入れないのか?」

「こちら側以外はミカレ連峰で囲まれているもの。あの山を越える者はこの千年現われていないし、どうやっても森に入るのは不可能だわ」


 地図の端、明らかに省略された森の三方を囲む山に、若き魔術師は眉根を寄せる。


 もしかしなくとも、森に入りたいのだろうか。

 ふとクレールは思い至ったが、森に入ることは精霊の怒りを買うことを恐れ、掟で禁じられている。例外は何故か森の奥に入れる薬草採りのクレールだけだ。


 彼は暫し難解な表情をしていたが、クレールがひと瞬きしている間に霧散した。

 細い指を追って揺れていた白蛇の頭を撫で、何処か感慨深げに息を吐く。


「シルヴェ・ティティアにはいろいろな逸話があるんだな」

「千年前の大戦終結時にできた街だもの。他の街とは年季が違うわ。街の逸話はほとんどこの図書館にあるから、片っ端から読んでみるといいわよ」


 妙な蒐集癖のある当主一族のお蔭で、蔵書量は王都の中央図書館にも引けを取らないと謳われている。

 何せ、ちょっとした城の一棟まるごと図書館なのだ。その上よく管理されているのか、数百年前の本ですら状態のよいまま保管されている。

 このような図書館は、ミラ・ブランシェどころか大陸全土を見渡しても何処にも存在しないだろう。


「君は此処の本を全て読んだのか?」

「新刊以外はね」

「それは凄い」


 裏のない称賛に、クレールは思わずはにかんだ。


 クレールは学校には通っていなかったが、読み書きと算術は母親から習っていた。お蔭で他の街の住民同様、シルヴェ・ティティアの長い冬の暇潰しとして図書館の殆どの蔵書を読んでしまっていた。

 だがそれを知る者はいない。話したのも、きっと目の前の彼が初めてだ。


「確かに、ありとあらゆる分野の本が揃ってはいるんだがなぁ……」


 腕を組んで唸るエドガーに、クレールは小首を傾げる。


「政務室がある中央棟にも書庫があるでしょう? こちらの図書館よりも稀少な本が揃っていると聞くけれど、そこになかったの?」

「なかった」


 端的な解答に、クレールはますます首を傾けた。愛らしい顔には、そんな筈はないとありありと書かれている。


「本当になかったの? ほら、街の住民も入れる中央図書室だけでなくて、官吏でないと立ち入ることができない書庫にも……」

「鍵がかかって開かずの間になっていた前領主の私室以外にある本という本は全部見た。それでもなかった」

「貴方の研究って、そんなに難しい内容なの……?」


 首を傾けすぎて机の上に柔らかな髪先を付けるクレールに、若き大魔術師は僅かに渋い顔をしながら頷いた。



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