〜半人半精霊の追憶〜
──それは黒い雨の降る夜のことだった。
耳に聴こえてくるのは、雨粒が草を打つ音だけだった。
雨粒の軍勢が僕の体を地面に押し付けるように打ち込み、体は言う事を聞かないで、地面に額を擦り付けることを強制してくる。
目に入るのは、土草だけだった。
全身に余力を巡らそうと試みても、精々指をピクリとさせるだけにとどまる。ひたすら額に冷やされた土草の感触を味わい続けることがやっとだった。
ままならない極僅かな力を全出力で発し、雨に濡らされた土草に顔を滑らせ、横に向ける。
──『影』に蝕まれつつある右目に捉えたのは、こちらを覗き込む巨大な漆黒の瞳。
僕を飲み込んで暗闇の底に閉じ込めてしまいそうな、異形の龍の瞳だった。
その異形に、僕は助けを求めるように、全余力を喉に集中させ声を発する。
「──ぁ゙ッ…」
発せられたのは、呻き声とも嗄声友判別のつかないノイズ。龍は鼻を微かに震わせながらこちらを見つめる。
足の先から塵になっていくのが感覚でわかった。僕の一部が空気に運ばれ霧散していく。思考する力も薄れていく──
──フォス
頭に思い浮かんだのは、見聞きしたことのない出所不明の単語。それを最期に脳は思考を停止する。龍に見守られながら、僕は完全に塵となり、存在を消した。