【修練の性悪説】
『人間の本性は悪であり、たゆみない ❝努力・修養❞ によって善の状態に達する事が出来る』
はいどうもこんにちは。
上述の、「努力」「修養」とは一体何でしょうか?
『善と悪』という観念的な意味合いだから困惑するのであって、
コレを【強さ】という言葉に置き換えてみれば解り易いと想います。
『人間は生まれつき“強い”のだから、努力も修養も要らず
“自然状態”で何ものにも打ち勝てる』
最早完全に〇迦の戯言でしょう……('A`)
何の訓練もトレーニングも運動すらしないのであれば、
人間の身体はブクブク醜く肥え太っていくに決まっています。
当然あらゆる意味でどんどん「弱く」なっていくでしょう。
人間の『善性』もコレと同じであり、
当然最初は『弱い状態 (悪という状態)」
ソコに知識と弛まぬ修練を経て【強く】なるという
意味合いは全くの同義です。
そもそも『修練』の無い【強さ】に全く意味はありません、
ただ「自分は強い」と何の根拠もなく思い込んでいるだけなのです。
『善性』もコレと同じで、しかし何の『修練』もしてない人間ほど
無根拠に“性善説的な話”を描く傾向があります。
当然キャラクターは「弱い」しその心も【醜悪】、
何の『修練』もしてないのだから当たり前の事なのです。
ただ世界でただ一人、その作者だけが「自分は善人だ」と
何の根拠もなく宣っているだけ。
だから倫理的に崩壊した「ガ〇ダムSEED」のような
作品が出来上がって【炎上】してしまう、
アレらは全部『性善説』です。
そのような作品が見るに堪えない傲岸不遜と厚顔無恥に溢れているのは当たり前、
何もしてないのに「自分は強い (善だ)」と
その作者が思い込んでいるからです。