【“後付け”の概念】
はいどうもこんにちは。
冒頭から唐突で申し訳ないですが、皆さん、
『正義』という概念についてどうお考えですか?
失礼、論点を絞りましょう、
【ソレが一体どのように生まれてきた】とお考えですか?
まず人間の中に『正義』という感覚(感情)が在って、
ソレが後に「言語化」されたモノだとお考えでしょうか?
ワタシは❝違う❞と想います。
まず何かの『出来事』が先に有って、
その後に生まれて来た【後付け】の概念だと想います。
ではその『出来事』とは一体何でしょうか?
まぁもうお解りですね、答えは簡単、
【戦い(殺し合い)】です。
まずこの『正義』という概念で“異様”とも云えるのは、
【戦いの場】以外では使われないという事です。
古今のヒーロー作品でも良いですし、少年漫画でも良いでしょう、
【暴力、それに伴う殺戮が行われる場】では必ず
『正義』という言葉が使われます。
逆に困っているご老人を助けたり迷子の子供を助けたりする時には、
『正義』という言葉は使われません。
ソレらは【善行】と呼ばれます。
アレ? 何かオカシイですよね?
悪人を斃す(殺す)事は『正義』なんですよね?
『正しい事』なんですよね?
では何故誰もソレを【善行】とは呼ばないのでしょうか?
意味的には完全に『同義語』、状況によって言い換えても良い筈なのに、
誰一人、【戦いの場】、【暴力が存在する場】ではその言葉を使わない。
人間に『根源的』に宿っている概念なら、
ソレは感情(感覚)なのですから
【場を選ぶ】というのは少々オカシナ話ですよね。
コレが表題に於ける【後付けの概念】
つまり、『正義』とは人間に当たり前に宿っている感覚などではなく、
誰かによって生み出された、或いは【発明】された概念だと云うコトです。
≪続く≫