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伊吹涼子の場合

「やっば!由香にまた怒られる!」


バイトを終えてユニフォームから制服に着替え、スマホの時刻を見て慌てた。


伊吹涼子、17歳。年末ギリギリ12月31日に18歳になる女子高生だ。

どちらかと言うと小柄で華奢な涼子だが明るく気さくなことで学校でもバイト先でも可愛がられている。

ちょっと気は強いが、ショートヘアが良く似合う可愛いタイプなので男の子からもよく声をかけられる。本人はもてているとは思わず、声掛けやすいタイプなんだろうと思っている。

今日は遅番の大学生がレポート提出を忘れて大学へ寄ってくるのでちょっと遅れる、と連絡がバイト先に入り、困った店長に頼まれて、ギリギリの時間まで接客をしていていつも終わる時間より15分遅れてしまったのだ。


駅ビルの地下一階にあるドーナツショップは夕方、会社帰りや学校帰りのお客さんでいつも混んでいる。

とはいえ遅刻する、と言った大学生も走ってきてくれたらしく10分ほどの遅刻で来てくれた。しきりに謝ってくれた彼に


「いいですよ!お互い様ってヤツ?」


と笑って答えて仕事場を後にしたのだ。

しかし待ち合わせしている由香はちゃっかりな上に時間にシビアなので5分遅れくらいなら缶コーヒーで許してくれるが10分以上遅れるとスタバの新作フラペチーノと約束させられている。


「あー、またスタバおごんなきゃかぁ。今月遅刻3回目だもんね……」


いくらバイトしていても女子高生の身にはフラペチーノはちょっとした贅沢だ。

それでも遅刻した自分が悪いんだし謝って許してもらおう、と涼子は従業員用の更衣室から出た。

待ち合わせは駅ビル2階の改札口前。いつもなら階段を駆け上がるのだが、ふと搬入口のエレベーターがちょうど来ていることに気づいた。


「たまにはいっか!」


薄暗いバックヤードの中エレベーターに駆け寄る。

パチッ

と音がして一瞬暗くなった。


「ん?どっか蛍光灯切れた?」


エレベーターに乗り込み、2階のボタンを押す。

ふぅ、と小さなため息をついて背中をエレベーターに預ける。


短大推薦も決まって既にやることも無い涼子は、引退した演劇部に顔を出したり、バイトに精を出す毎日だ。

週に3日のこのバイトはユニフォームが可愛くて応募したらすんなり受かってもう二年目になる。

ただあれだけ好きだったドーナツも毎日の揚げ油の匂いで食べれなくなったのは余談だ。


「ん、あれ?」


LINEで由香に遅れるとメッセージを考えていた涼子は顔を上げる。たった3フロアなのにいつまでもエレベーターのドアがあかないのだ。

階数ボタンを見るとどこも光っていない。

2階ボタン押したよね?、と再度押してみる。今何階なんだろう、と思い見上げるとフロア表示は38階を示していた。


「はああ?!」


チン、と軽い音を立てて止まったフロアは41階となっている。

ドアの先はオフィスビルのような場所だった。ガランとしたフロアにはいくつもの事務机と椅子、ファイルケースなどが立ち並んでいる。エレベーターから見える範囲にドアもひとつ見えた。

涼子は動物的な勘が働いたのか、強い違和感に箱から顔すら出さない。


「え、駅ビルの上ってオフィスだっけ?いやいや、ないない!こんな高いビルじゃないし!どこよ、ここ?!」


自分に突っ込みながら思わず由香にLINEメッセージを送っていた。


『 ここ、どこ?』


メッセージを送ったあと、気持ち悪いこともあって早くここから逃れたかった涼子は

エレベーターの閉まるボタンを押してみた。すると少し時間を置いたあと、ドアが閉まる。

フロア表示がまた下へ降りていくのを見てほっとする。2階のボタンは点滅しているので当初の予定通り到着したら改札口へ走ればいい。


エレベーターは何事も無かったように2階に到着した。音もなく開いたドアからはいつもの風景が見える。


「あー、もうびっくりした。なにあれ?仕事で疲れてんのかな、私」


エレベーターを降りた涼子はそこで違和感を覚えた。


「……ん?なんか今日静かだな…?」


いつもならそろそろ通勤客の帰宅ラッシュで喧騒で溢れる駅ビルはしんとしていた。

見慣れた風景のはずなのに誰もいない。


(え、こんなことってある?)


エレベーターから通い慣れた店内を真っ直ぐに歩いていくが人はおらず、その代わりに変なものが増えてきていた。


「……なに、あれ……」


目をゴシゴシと擦り、アイメイクが崩れることに慌てて手を止めて、辺りを見渡す。ゆらゆらと動く黒い霧がいくつもいた。何度観てもその霧は消えず、目の中のゴミでもないようだ。

じっと見つめても何も変わらない。


だがまるで涼子がいないかのように霧はゆらゆらと周囲を動き回る。

薄気味悪く感じながらもできるだけ触れないように身を縮めて、しかしじわじわと強くなる違和感を感じながら早足で歩く。


待ち合わせ場所の改札口に着いてもやはり誰もいない。

いつも通りの場所なのになにかがちがう。


「と、とにかく由香に連絡しなきゃ」


手に持ったスマホを見るとLINEアプリを開いたままなことに気づく。

仕事で待ち合わせ時間に遅れたことを謝るメッセージ、先に帰ったのかと問うメッセージを送る。


だが送信されたマークが出ない。

エレベーターの中で送ったメッセージには既読がついているのに。

何度再送しても送れないメッセージ。


諦めて今度は通話を選択してみる。

しばらく待っても呼出音が鳴らない。

LINEアプリがおかしいのか、とスマホの電話アプリを立ち上げて、試しに家族にかけても変わらない。


(えー、ここ電波いいはずなのに。なんなら駅ビルのWiFiだって繋がるはずよね)


何故かドクンドクンとたかなってくる心臓を抑えるように胸に手を当てながら鳴らない呼出音を待つが何もかえってこない。

再度LINEアプリを開き、ほかの相手へメッセージを送ろうとしても反応がない。

相手が自分をブロックしていてもメッセージは送れるはずだがそもそも送信ができない。


(なんで?おかしいよね?!LINEが壊れたの?それとも電波障害?)


だがもしそんな大きな電波障害があればネットでニュースが流れたり、公式サイトからも連絡メッセージが来ているはずだ。

ブラウザを開いてみてもネットに繋がらない、という表示が出るだけ。

途方に暮れた涼子はスマホを握ったまま立ち尽くした。


その時、ピコっとスマホから音がした。

LINEのメッセージが届いた音だった。


『 涼子先輩、1年の新井です』


部活の後輩である美沙とは気が合うこともあってたまに相談を受けたりするためLINE交換をしていた。なぜ美沙からのメッセージが届いたのかも分からずに慌てて返信する。


涼子『 美沙?!』


今度は送信された。すぐに既読がつく。

美沙からも直ぐにメッセージがかえってきてやっと安心できた。


携帯電話が壊れた訳でも無く、全ての友人からブロックされていた訳でもない。

安心した涼子は気づかなかった。

全てのメッセージが同じ時刻だけ示していることに。


黒い霧に触れないように、とショーウィンドウにもたれた状態で美沙とメッセージのやり取りをしていた涼子。

視界に影が?と顔を上げると黒い霧のひとつが近づいてきて、涼子を覗き込むようにしていた。どこが顔とも目とも分からないのに。


「ひっ」


慌てた涼子はLINEを閉じてしまい、場所をずれた。

だが黒い霧は涼子をのぞきこんだのではなく、ショーウィンドウから動かない。

自分が邪魔だったのか、と胸をなで下ろし、そしてちょっと笑えてきた。


(何あれ、ブランドに興味あるの?まじか、確かにあのコスメ私も高くて買えないのよねえ)


まさかの共通点に笑えてくる。黒い霧はしばらくゆらゆらしたあとまたその場を離れていった。見渡すとほかの霧も店内へ入って行ったり改札口を抜けていったりしている。


(まるで人間みたいなことをしている)


涼子はなにかに気づいた気がしたがやはりよく分からない状況には変わりない。

諦めて、またLINEアプリを開くと美沙からのメッセージが届いていた。

急にメッセージが既読されなくなって慌てた姿が目に見えるようだ。

ごめんね、と謝罪メッセージを送り状況を伝える。どこにいるの、と聞かれて待ち合わせ場所を伝えた。


(あ、美沙から由香に連絡してもらえばいいんじゃ?)


しかし美沙から返ってきた返事はやはり誰とも連絡を取れない、とのことだった。

美沙もエレベーターに乗ってありえない場所にたどり着いたと状況は聞いていた。

誰とも連絡が取れず、だが涼子とだけはLINEできているんだと言っている。

今いる場所を聞かれて、どうやってそこにたどり着いたのだと聞かれた。


エレベーターで変な場所に連れていかれたからおかしいと思ってそのまま閉じるボタンを押したらまた階下へ降りてきた。ただそれだけの事だ。

だがそのメッセージが最後になった。

返信のない美沙へ何度かメッセージを送ってみるがまた送信されなくなっていた。


「やだ、またなの?」


唯一繋がっていた美沙とも連絡が取れなくなったことに呆然とした。さっきの自分のようにアプリを閉じてしまったのか、でもそれなら送信はされているはずなのに、と諦められずにトーク画面を眺める。だが携帯電話からは何の応えもなかった。


なにかが狂っている。何が起こっているのかは分からないけどなにかおかしい。

普段から友人やバイト仲間に囲まれた日々を送る涼子は孤独が苦手だった。誰もいない、誰とも繋がれない今が怖くなってきたのだ。


(そうだ、バイト先なら)


思いついたように地下へ続く階段へ走った。

途中黒い霧に触れたが今は気にしなかった。何かにぶつかった感触もなく、スっと通り抜けた。


「バイト先ならみんないるじゃない」


3フロア分一気に駆け下りる。従業員が使う階段ではなくお客様用の階段を。明るく、でも誰もいない階段を。


「いやっ、ここも?!」


下りた地下一階のフロアにも誰もいない。ただ黒い霧たちがウロウロと蠢くだけの空間によろよろと歩き出す涼子。

階段から少し歩いた先に見えてきたドーナツショップを外から眺めても出入りする黒い影。明るい店内。それだけだった。


(やめてよ、まじシャレになんない。これ、なんの冗談?ドッキリ?ありえないよね?どうなってるの?!)


喘ぐように息を吐いた涼子はくるりと店に背を向けて、今度は1階の出口へ向かう。エレベーターはなんとなく怖かったのでまた階段で。


涼子の家はこの駅からバスで2駅。バス停に近づいて気づいた。


家にも誰もいなくて、黒い霧だけがいたら?


途端に怖くなってバス停から離れた。行列を作る黒い霧を見ないようにして駅前のコンビニに入ってみる。

そこも黒い霧がいくつか。何故かカウンター内にもウロウロしている霧がいる。

ヒリヒリと喉が乾いて飲み物が欲しかった涼子はショーケースから冷えた水のペットボトルを取り出す。

だがレジで支払おうとするも黒い霧は何も反応してくれない。


(ごめん、レジ通してないけどここにお金置いとくから)


カウンターに水の代金を置いてコンビニを出る。ペットボトルの蓋を開けて飲んでみる。普通の冷たい水だった。


(良かった、お金支払えなくてどうしようかと思ったけどこれなら飲めるし、お腹すいたらまたコンビニ行けばいいや)


駅前の明るい道路から住宅街へ向かう。

車も走っていない。なんの音もしない。

バイト先から出て何時間たったのだろう。

何の気なしにスマホを取りだしてみる。


「え」


時刻は19時25分。


バイトが終わったのが19時15分。遅刻して由香に怒られる!と思って焦ったのを覚えている。

エレベーターに乗って、41階という謎のフロアまで運ばれ、そのまま2階に戻って、誰もいない構内をウロウロして、美沙とメッセージやり取りして……

その美沙からも返信が無くなってどのくらい経つのだろうか?

返信が入ってないだろうか、とトーク画面を開く。

由香へ送った最後のメッセージは『 ここ、どこ?』で終わっている。それが19時22分。

そして美沙からのトーク画面を開いてみる。


全てのメッセージには19時25分の表示。


「なんで?え?なんで?」


美沙がしたようにトーク履歴を遡る。先週、部活の相談を受けたメッセージは残っている。

先週の日付、トーク内の時刻も。

由香とのトーク履歴は自分が最後に送った言葉が既読されて終わっている。美沙との会話も自分が送ったトークが既読されてそのあと返信が無い。

住宅街の片隅の小さな公園のベンチを見つけてフラフラと座り込む。


「やだやだ、何が起こってるの?私、なにかしたの?何を間違えたの?落ち着かなきゃ、なんかおかしい、おかしすぎる。」


何もかもがおかしい、と自分の中で警告ランプがついている。いつものバイト先、いつもの駅ビル。

いつもの待ち合わせ場所。

イレギュラーだったのはエレベーターがありえないフロアまで上がったこと。

エレベーターを降りたら見慣れた場所のはずなのに誰もいない、音もしない場所だったこと。


そして1番変だ、と思ったのはうろつき回る黒い霧。

バイト先を出た時は人がいた。お疲れ様、と声をかけてくれた店長も、また明日ね!と言ってくれたバイト仲間も。

そのあといつもなら階段を駆け上がるのにエレベーターに乗った。違うのはそれだけだ。


普段から細かいことを気にしない性格だ。ひとつの事をじっくり考える性格ではない。悩むよりまず行動!がモットーな彼女は考えることを放棄した。

涼子はベンチから立ち上がり、自宅のある住宅街に向かって歩き出す。


これはきっと夢。家に帰って自分のベッドで眠って目をさませばきっと日常に戻れる。

分からないことはあさっての方向に放り投げてひたすら日常へ戻りたいとだけ考えて歩き続ける。


手の中のスマホの時刻は19時25分から変わらないまま。



ようやく自宅のあるマンションの前までたどり着いた。赤いレンガの壁の7階建てマンションは涼子が小学校を卒業した年に両親が頑張って購入したものだ。

それまで狭い賃貸マンション住まいだった涼子には広くて綺麗な新築マンションというだけでもワクワクした。それまで兄と同室だったのに今度は個室も貰えた。南向きの大きなリビングに隣接した涼子の部屋は大きな掃き出し窓が付いていてベランダにも出られるようになっている。5階にあるベランダからは近くの中学の校庭がよく見える。この部屋全部私のもの、と思うと飛び上がりたいほどうれしかったものだ。


帰宅してもやはり誰もいない自宅。幸い黒い霧も見当たらない。親も兄も外出しているのか鍵がかかっていた。

自室に戻り、自分のベッドを見て膝から崩れ落ちるほどの疲労を思い出した。


(お風呂もご飯もいいや、明日で。明日目が覚めたら……)


涼子はゴソゴソと布団に潜り込み目を閉じた。

きっと朝日が昇れば、目が覚めればこんな夢から脱出するはず。

未だ残る違和感と恐怖を見ないことにして涼子は目を閉じた。




少し眠れた、と涼子はベッドからのろのろと起き出した。ぬるくなっているであろう水のペットボトルを持ってぎくり、とする。


(冷たい?!)


買ってからどのくらい時間が経ったのか。

今は9月。朝晩こそ少し涼しくなってきたが、買って30分もすればペットボトルの水なんてすぐにぬるくなる。

なのにまだ冷たいのだ。


大きな窓にかかったカーテンは遮光になってるとはいえ外が昼間なら、いや朝なら少しは光が漏れてくるはず。

恐る恐るスマホの時刻を見る。


19時25分。


涼子は声にならない悲鳴をあげた。カーテンを力強く開け放す。

外はほんのりとオレンジ色を残す紫の闇。


「なんで!なんで?なんで?!」


窓を見ながらドアの方へ後退る。

そしてぎゅっと目をつぶり、窓から目を背けてドアを開ける。


そこに居たのは黒い霧。


「いやぁー!」


悲鳴をあげた、と涼子は思った。なのに出たのはかすれた声だけ。

どんどんと近づいてくる黒い霧を避けるように彼女はさっき目を背けた窓に逃げようとした。

霧は涼子が居ないかのように窓に近づく。

彼女は窓を開けてベランダへ逃げる。だが部屋の中には黒い霧がゆらゆらしながら歩き回る。


「無理。もう、無理。」


涼子はスマホを握りしめたままふらりとベランダを乗り越えた。ただ逃げたかっただけ。黒い霧から。訳の分からない現実から。


ベランダの真下は1階の庭。不運にも花壇の縁石に後頭部を打ち付けた涼子はまだ意識があった。


(どうして。)


どんどんと体が寒くなり重くなっていく。瞼は開いているのに視界が暗くなっていく。


(どうして。)


なにかなかったのか、どうすれば良かったのか。

だが涼子は答えにたどり着くことなく…。


帰れないエレベーター、涼子は噂話を思い出すことなくその命を失った。




美沙は誰もいない世界へ飛ばされましたが、涼子の連れていかれた世界は現実と少しズレた世界です。

黒い霧は現実世界の人の影のつもりで書きました。同じ時間をループして触れることも話すこともできない人の影がうろつく世界。


読んでくれてありがとう。もう少し続きます。

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