「熱中症」をゆっくり言ってみて ~私の真実の愛は意外と近くにありました~
夏は嫌い。向日葵も嫌い。黒歴史を思い出すから──
「僕は真実の愛を見つけてしまった。フローラ、婚約破棄してほしい」
「フローラ様、ごめんなさい! カール様を好きになってしまったの……っ」
婚約者のカール様とクラスメイトのジェシー様に、向日葵の咲く貴族学園の中庭で告げられた。
「はあ、わかりました。どうぞお幸せに」
二人がなにか喚いていたけれど、真実の愛を見つけた人には興味がない。私は、私を大切にしてくれる人と一緒になりたい。学園の中庭で不貞を宣言してくれたので、カール様の有責で婚約は解消された。
やっぱり夏は嫌い。向日葵も嫌い。黒歴史が増えた。
◇◇◇
夏が好き。向日葵が好き。幼かったあの日までは──
「フローラ、熱中症ってゆっくり言ってみて」
三歳年上の幼馴染、クリストファーと庭の木陰から大好きな向日葵を見ていた。夏の太陽が向日葵を照りつけると、濃い影が落ちる。
「ねっちゅうしよう?」
「うん、いいよ」
私のファーストキスは、一瞬で奪われた。目が点になる。
「だって、フローラが、ねっ、チュウ、しよう?って言ったからだよ」
クリストファーが揶揄うように言ったのが信じられなくて、悔しくて、頬をビンタして、唇を何度も擦った。涙がポロポロバカみたい流れていく。
「クリスなんて、大嫌いっ!」
クリストファーがなにか言いかけたけど、走って逃げた。
◇◇◇
夏休み。向日葵を植えていない我が家でゆっくり過ごすつもりだったのに。
「フローラ、婚約解消したんだって?」
大嫌いなクリストファーが我が家に遊びにきている。恥ずかしくてキスのことは誰にも言えなかった。だから、お兄様の友人のクリストファーは、あれからも変わらずやって来ている。
「近づかないで!」
「うーん、無理かな。フローラと話したいことあるからさ」
へらりと笑うクリストファーにソファのクッションを投げた。ひょいと避けながら掴んでいる。騎士団に所属する彼は、悔しいくらいに運動神経がいい。
「私は、ないです」
クッションで唇をガードする。ファーストキスは奪われたけど、セカンドキスは私の王子様とするって決めていた。
「伯爵に会って、フローラに婚約の申し込みをしてきた」
クリストファーの言葉に思わず固まった。それから、すぐに手に持っていたクッションを投げつける。
「揶揄うのはもう止めて!」
「揶揄ってない。ずっとフローラが好きだった」
ソファの背もたれに両手を置いて、逃げ道を塞がれた。
「嘘……っ!」
「嘘じゃない。フローラのファーストキスを勝手に奪ったのは、本当にすまなかったと思ってる。あの日、あんなことしなかったらフローラと婚約が整うはずだったから、浮かれてた……」
真剣な表情で見下ろされて、睫毛の影が落ちる。
「フローラが婚約したと聞いて、諦めようと思ったよ。でも、やっぱり無理で、嫌われてもいいから近くにいたくて、こうやって通ってた」
「……信じられない」
ずっとへらへら笑っていたのに、急に好きだって言われても困る。本当に困る。
「俺のこと信用できないのは、分かってる。でも、本気だから。フローラの嫌がることはしないって約束するから、チャンスを貰えないかな?」
「……まずは、ソファドンをやめて」
「ありがとう、フローラ」
向日葵みたいに破顔するなんて、ずるい。
◇◇◇
夏は嫌い。向日葵も嫌いだったのに。
あれからクリストファーは、何度も会いに来てくれた。私と会うたびに、向日葵の花束を渡してくれる。
「俺の代わりに、フローラの傍にいさせて」
クリストファーと同じ金髪と茶色の瞳みたいな向日葵を見るたびに、胸がそわそわして落ち着かない。
お気に入りのカフェのテラス席に座る。レモネードが美味しいのを気に入っているだけで、騎士の巡回ルートだったのはたまたま。本当にたまたま。読みかけの小説を開く。
「あれ、フローラ様じゃないですかぁ? こんなところで何してるんですか〜?」
「見ての通り、本を読んでいます」
元婚約者のカール様とジェシー様が立っていた。
「ああ、ごめんなさい! やっぱりフローラ様にどうしても謝りたくて……っ! カール様がわたしを選んでしまったから、フローラ様の婚約者がいなくなって、一人寂しくお茶をさせて、ごめんなさい! フローラ様、怒ってますよね?」
「ああ、そうだな。フローラ、本当にすまなかった……っ! 俺が真実の愛を見つけてしまったばかりに! フローラに辛い思いをさせてしまって、すまない」
謝罪の言葉とは裏腹に勝ち誇ったような顔をしているジェシー様、同じように優越感の滲むカール様を見て、お似合いの二人だなあと思う。
「カール様、ジェシー様、私は怒っていません。政略結婚のカール様に対して何も思っておりませんから。それに、不貞を働くような方と結婚前に婚約解消できてよかったと思っております。むしろジェシー様に感謝したいくらいです」
カラカラと氷を回してからレモネードを飲む。甘酸っぱくて爽やか。もうすぐで巡回の時間だから早く帰って欲しい。
「何も思ってないなんて嘘です! 強がらないでください! フローラ様より爵位の低いわたしなんかがカール様に愛されて、怒ってるに決まっています……っ!」
「フローラが俺との婚約を望んだことは知ってるんだ! それなのに、俺はフローラの愛に応えることができない……っ! すまない」
途方に暮れるとは、こういうことを言うのだろう。もう婚約は解消されているから私に構わず二人で真実の愛を育めばいいのに。
「フローラのことは心配しなくていいよ」
クリストファーの声がして、顔を向ける。こんな情けないところを見られてしまったことが恥ずかしくて、俯いた。
「俺、フローラに猛アタックしてるところだから邪魔しないでよ。二人は真実の愛だっけ? それを勝手に育めばいい」
きっぱり言い切ったクリストファーの言葉に、二人は呆気に取られている。
「フローラ、用事が済んだなら送っていくよ」
差し出された剣だこのある手に、私の手を重ねた。
「……待って、フローラ」
カール様に後ろから呼び止められて、クリストファーが振り向く。冷たい瞳で、カール様を睨んでいた。
「もう婚約者でもないのに、名前呼びはやめてね。次に名前で呼んだら侯爵家として、正式に抗議させてもらうから」
カール様の顔が青ざめて、ジェシー様の顔が赤い。そんな二人を見ても思うのは、とにかく関わらないで欲しいということだけ。
家まで送ると言い張るクリストファーに根負けして、二人で馬車に揺られる。なぜか手は繋いだまま。
「あの、助けてくれて、ありがとう」
「勝手に色々言って悪かった。でも、今までどれだけ欲しくても、手を伸ばしちゃダメだったフローラを口説けるなんて、夢みたいなんだ。形振り構ってられない」
先ほどのカール様に向けていた険しい顔から一転して、蕩けそうなほど甘い瞳で見つめられた。その甘さに、眩暈が起きそう。心臓がどきどきして、思わず胸に手を当てた。
「フローラ、どうした?」
「な、なんでもない。ちょっと目眩がしただけだから……」
「なんでもなくないだろ、それ。テラス席にいたし、初期の熱中症かな?」
脈拍数を確認するクリストファー。ひとつに結んだ髪から一房垂れて、心臓がどきんと跳ねた。心配そうに見つめられて、もう自分に嘘がつけない。
ファーストキスだって、クリストファーとしたのが嫌だったわけじゃない。初めてのキスは、クリストファーと結婚式にしたいって憧れていたから──
「クリス、もう一回、ゆっくり言って?」
「えっ?」
「クリス、熱中症ってゆっくり言ってみて」
目の前の好きな人は口元を押さえて真っ赤になっている。私のセカンドキスは、馬車の中で私から奪った。
あれから一年。夏が来たら大好きな向日葵のブーケを持って初恋のクリストファーと結婚式を挙げる。誓いのキスが何回目になるかは、私とクリストファーだけの秘密。
熱中症をゆっくり言うのは、好きな人に向けてだけ──
おしまい
読んでいただき、ありがとうございます♪
「熱中症」ゆっくり読むと「ねっ、チュウしよう」になると教えてもらいました୧꒰*´꒳`*꒱૭✧
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よろしくお願いします。
〈追記R5.6.30〉
みこと。様から幼少期のクリストファーをいただきました♡
イラスト/みこと。様
か、かわいい……!
こんなかわいい美少年が「熱中症ってゆっくり言ってみて?」って言ったなんて(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾♡
この「熱中症」の入れ知恵をしたのは、フローラの兄という裏設定があります(笑)
婚約が整わなくなって一番焦ったのも兄、結婚が決まって一番安堵したのも兄なのです。
素敵なイラスト、本当にありがとうございました!
向日葵の花言葉を教えていただきました!
「あなただけを見つめる」
……切ない。
クリストファー、ずっと切なかったんだろうなあ( ´^`° )
〈追記R5.7.3〉
七海いと様から最高に素敵なバナーをいただきました♡
バナー/七海いと様
めっちゃ素敵ですよね……!
なにこの素敵なバナー、きゃー、めっちゃ素敵〜♡
向日葵いい、青空いい、爽やかです最高(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾♡
素敵なバナー、本当にありがとうございました!
タイトルとラストをちょっと変えました。
これから暑くなるので、本当の熱中症にはお気をつけくださいね(*´꒳`*)