婚約とお嬢様3
「それでどういう作戦にするのよ」
「良い質問ですね、ミコちゃん。それはね」
耳元でコソコソと話し出す二人。
「……ヒカリやっぱりこいつと手を組みのやめましょう」
少し不思議な顔をするヒカリ。だがミコトからの聞かされた話で考えが変わったようだ。
「同感ですね。そんな作戦許可出来ません」
一体どんな作戦なんだ。
「どうしてそんなに嫌なんですの? 嘘の結婚式挙げるだけですのに」
えっ?結婚式!?
「咄嗟についた嘘ですが納得させるのにはこれしか無いと私は思います。安堂さん」
「それだけは駄目よ! 結婚式って事はキ、キ、キスするでしょ!!」
そんな反応を見たアリスは少し意地悪そうな顔をする。
「勿論、結婚式なんですからするに決まって……」
最後まで言葉を聞かず二人はすぐに動き出す。
「さあ、安堂。帰りましょ」
「明日も予定がありますし、この様な所で時間は潰せません」
半ば強引に部屋から出ていかそうとする二人。
それに反抗する気をなく、俺は押されるがまま部屋を出ようとする。
するとアリスは通路を遮る為に俺たちの前に立ち、そして。
「ねえ、安堂さん。知ってますか? そこの二人はですね」
「「わあーーーー!!!」」
二人は俺を部屋から出すのをやめてアリスの方へ向かった。
「……やっぱりあの女信用できないわ」
「はい。やはりここはマスターを連れてすぐに帰るべきです」
「すみません。と言うか安堂さんが帰ると多分いえ絶対九条家の人がいるので帰らずに暫くこっちで生活してる方が安全だと思いますわ」
「えっと因みに何で危険なんだ?」
まあ大方想像できるが。
「顔を覚えられてますね。それに今の時代写真さえあればある程度の事は調べられますわ」
現代社会怖すぎるな。
でも別におかしな話じゃない。現に事件の時に容疑者を調べる為にSNSなどを使って素性を確認することもあるし。
「という訳で大人しくしてもらえるかな? ミコちゃんにヒカリちゃん」
「し、仕方ないわね」
「マスターに迷惑をかける訳にはいきませんし」
「ありがとね。あと今回の作戦を呑んでくれるなら……」
再びアリスは二人に耳打ちをする。
「「!?」」
「どう? 良い提案と思いませんか?」
「わ、分かりました。その作戦でいきましょう」
あのー、俺が関係するのに蚊帳の外ですか?
「取り敢えず今日はここに泊まってもらって構いません。ラボには研究員用の部屋があるので」
まさかこんな大ごとになるとはな。翌日以降の仕事は中止や延期にしてもらわないと。
■■■
一通りの話を終えた俺たちはやっと一息つくことができた。
「あっ、そういえば」
帰ると思いお土産を買っていた事を思い出す。
「はい、二人とも。本当は帰ってから渡すつもりだったんだけどその予定がなくなっちゃったからこれ」
袋から取り出し瓶を二人に渡した。
「これなら二人ともが食べやすいかなって。さくら草、ピンクが多いのはミコト。忘れな草、青が多いのはヒカリのだよ」
話は聞いているっぽいが目の前の金平糖に夢中の様だ。
こんなにも喜んでもらえるなんて。買った甲斐があるな。
だけどこれは暫く話しかけても反応してくれないな。
するとタイミングを見計らっていたのかアリスが声を掛けてきた。
「お暇ならラボ内を案内しましょうか?」
「そうしてもらえると助かる。九条さんがどんな事をしているのか知りたいし」
「アリスとお呼びください。他人行儀は少し寂しいので」
「そ、そうか。じゃあアリス案内を頼む」
「おまかせください」
金平糖に夢中な二人から少し離れ、ラボの見学へと向かった。
「ある程度の事は知っていると思いますがこちらでは医学用のロボットのアームや遠隔操作の荷物運搬ロボなどを製作しています」
ガラス張りの奥にあるレーンには様々な備品を製造したり組み立てなどを行なっているようだ。それも全てロボットが。
「こういった作業は全てAI投入のロボットに任せていますが最終チェックや製品のアイディアは研究員がやっています」
やはり最後は人の手で確認か。まあそういう所が様々な面から信頼される理由の一つなんだろう。
だが横を見ると一つだけ動いていないレーンがあった。
「あのレーンは使わないのか?」
「えっと。あれはですね。……クローン人間を作るためのレーンです」
「えっ?」
「ふふっ、冗談ですよ。単純に予備のレーンです」
割と本気のトーンだったから本当だと思ってしまった。
それにこんなお嬢様も冗談を言うんだな。
「さあ。そろそろ戻りましょうか。ヒカリちゃんとミコちゃんに怒られそうなので」
「ははっ、そうですね」
先ほどの部屋へ戻ると二人からどこかへ行くなら声をかけてくれとお叱りを受けてしまった。
機嫌を直すまで頭を撫でる事と条件付きでなんとか許してもらえる事に。
それからは食事や風呂を済ませ、俺たちは研究員が寝泊まりする部屋へ案内された。
服は用意されたシンプルなパジャマを着ている。
これも研究員が使う物なのだろうか?
そんな事を考えつつも部屋を見渡す。
何というか。
「案外広いんだな」
「そうですね。もう少し窮屈な部屋だとばかり」
「唯一リラックスできる場所なんですからそんな部屋にはしませんわ」
確かに研究で疲れた時に部屋が窮屈だと余計に疲れが溜まるな。
「それである程度作戦をまとめてみたのですが、どうでしょう」
渡された液晶端末には作戦内容が書かれていた。
「まずはお父様を説得します。十中八九無理だと思いますが。でもそれを見越してのこの作戦です」
何々。説得失敗後翌日の結婚式の招待状を渡し退散。結婚式にて愛の証明をして父親を説得。その後婚約を破棄してもらい解決。ざっくりとした内容はこんな感じか。
「ねえ、この愛の証明って何よ」
「やはりそこはキスかと。でも安心してください。あくまでもフリですので」
少し信じられないという顔をする二人。
「まあ、今の所は信じてあげるわ」
「もし嘘でしたら私たちは容赦しませんから」
「そ、その時はお手柔らかにお願いしますね」
それからは作戦の詳細を決める為に話し合いを始める事に。と言っても何故か俺が意見を言う前にどんどんと内容は決まっていき、二人が眠たくなる時間には殆ど決まっていた。
「それではお二人とも。今日は私と寝ましょう」
「いえ、私たちはマスターと」
「安堂さん、お二人を借りますね」
返事を聞かず立ち去っっていく三人。
俺まだ何も言ってないんだけど。
「……静かだな」
安堂はベットに寄りかかり、持って来ていた本を開き気を紛らわせ始めた。
その頃、三人はアリスの部屋に来ていた。
「早速ですがお二人とも服を脱いでください!」
「な、何よ!急に」
「選ぶのにサイズ測らないとわからないですし。それに安堂さんの前じゃ出来ません」
「そ、それもそうね」
「さあ、早く脱いでください」
納得しつつもやはり警戒をする二人。
するとヒカリが。
「分かりました。早く済ませてください」
ヒカリは徐々にパジャマのボタンを外し始める。
「ちょ、ちょっと!」
躊躇なく脱ぎ始めるヒカリを止めようとするミコト。
だが微かに顔と耳が赤くなっている事に気づく。
「ミコトさん。この計測を早く終わらせればマスターの所へ素早く戻って一緒に寝る事が出来ます。なら抵抗する時間が無駄だと思いませんか?」
「……ヒカリ。その発想は天才ね」
ヒカリの話に納得したミコトもパジャマを脱ぎ始める。
ごめんなさい、お二人とも。計測が終わっても安堂さんの所には帰れませんわ。
流石に男女一緒に寝かせる訳にはいかないので。
そんな事を知るよしもない二人であった。
「それじゃあサイズを測っていきますね〜」
■■■
静かな夜を感じるとあの時を思い出してしまう。
だが後悔しても彼女が帰ってくる事はない。
そんな気を紛らわす為に本を読んでいる自分がいる。
フィクションの主人公は手に掴んだ物を放さない為に常に行動し、困難な中最愛の人を助ける。そんな感動的な話が現実でもあればと。
きっとそれはこの本の主人公も思っているはずだ。
「はあ〜。まるで俺の話みたいだな。この本は」
だから心に誓うのだ。
次は必ず掴んだ物を放さないと。
「それにしても展示物が動く美術館って映画だな」
そんな独り言は誰にも聞こえる事はなかった。




