7 相談
「ただいま」
「おかえりなさい」
そう言って汐里が迎えてくれた。
「ああ」
「今日もお疲れ様」
汐里が熱いおしぼりを手渡してくれた。
本当に我が家に帰ってきたようだった。
その後、汐里の手料理で晩酌しながら、今日あったことを話した。
私は、あれから汐里の店に通いつめた。
夕食は汐里の店で食べ、他愛もない会話をして、店が混んで来たら帰った。
だが、3回に1回は閉店までいて、汐里を家までタクシーで送った。
親子だから、もちろん男女の関係には進まない。
それでも私はこの世に生を受けることができなかった娘を取り戻すことができたかのようなフィクションの世界のような非現実的な現実の魔力に溺れて行った。
疑似親子関係を続けて半月くらいしたところで、店を閉めた後に汐里が私に相談をしたいことがあると言った。
「どうしたんだい」
「実は、ストーカーにつきまとわれているんです」
「ストーカーだって」
汐里は真剣な顔をして頷いた。
「警察には相談したのか」
汐里は首を振った。
「どうして?」
「日本の警察は事件が起きてからでないと動いてくれません。未然に事件を防ぐことはしてくれないんです」
「でも……」
「それにストーカーと言っても、元彼なんです。だから警察に行っても、単なる痴話喧嘩として扱われてしまいます」
「どんな状況なんだい」
汐里はスマホを取り出すとSNSの画面を開いた。
「相手は加島圭といいいます」
加島圭の写真も見せてくれた。
「この男か」
「はい」
いまどきの若者とでも言うのだろうか、中性ぽい髪型と服装をしていたが、目つきが悪い。
「それで私に相談というのは」
私はただのサラリーマンで、弁護士でも警察官でも無い。
ストーカーを撃退するスキルはない。
「私の父として、彼に会ってもらいたいんです。そして、娘につきまとうなと言って欲しいんです」
「そんなことで、引き下げる相手なのか」
「加島は気弱なところがあるんです。私には強く出ることができても、上田さんのようなガッチリした体格の大人の男性には弱いと思うんです」
「そうなのか……」
「父親の役をお願いしてもいいですか」
「そういうことなら、手伝おう」
「ありがとうございます」
汐里は少し涙ぐんだ。
「でも、本当に警察とか弁護士に相談しなくてもいいのか」
「上田さんが、彼につきまとうなと言っても、言うことを聞かなかったら考えてみます」
「そうか……」
ストーカーに狙われていると聞いたので、その晩もタクシーで部屋まで送った。
タクシーが汐里の住むマンションの前に着いた。
私も汐里と降りた。
汐里は驚いた目をした。
「いや、ストーカーが狙っているのなら、部屋に入る直前が危険だ。待ち伏せしているとしたら途中の駅とかではなくて、部屋の前だろう」
「そこまで、上田さん、私のことを考えていてくださったんですね」
私は周囲を警戒しながら、部屋のドアの前まで送った。
汐里はドアを開けた。
そして私の方を振り向いた。
「上田さん、あがって行きます」
私は戸惑った。
こんな時間に二人きりで部屋に入ったら、親子のような関係を続ける自信がなかった。
それに今晩汐里を抱いたら、弱みにつけ込むような気がした。
「いや。安全が確認できたから、これで帰るよ」
「そう」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
そう言うと汐里はつま先を立てて、背伸びして私の唇に唇を合わた。
汐里はすぐに身体を引いた。
「パパにおやすみのキスよ」
はにかんだように笑い、そう言った。
「ああ、そうだね。おやすみのキスだね」
私は滑稽なほど動揺してしまった。
「おやすみ」
私はそう言って手を挙げると、汐里の部屋を離れた。