4 リクエスト
私は仕事が終わると荒木町に行き『梢』で晩酌がてら夕食を取り、その日あったことの他愛もない話を汐里とするのが日課となった。
座る席もいつも同じだ。
入り口から数えて5番目のカウンター席だ。
そして、他の客が来るまでいて、客が来ると私は帰った。
たまに何時までいても、私以外に客が来ない日がある。
そんな時は、汐里にカラオケのリクエストをした。
私はカラオケでは歌わない。
しかし、歌を聴くのは好きだ。
そこで、汐里に私の好きな歌を歌ってもらうのだ。
恋活や婚活をするよりも、毎晩、汐里の店で飲んでいられればいいと思うようなってきた。
「上田さん」
会社の廊下で佐々木に呼び止められた。
「どうした」
「恋活アプリの方はどうですか」
私は頭をかいた。
「ああいうのは苦手であまり進んでいない」
「聞きましたよ」
「なんだ」
「梢に毎日のように行かれているそうじゃないですか」
「誰から聞いた」
「それよりまさか、上田さん、汐里のことを」
「馬鹿言うな、2回りも違うんだぞ」
「でも……」
「料理が美味いから通っているんだ。汐里は、まあ娘みたいなもんだよ」
「それならいいですが、汐里は……」
佐々木は何か言いかけて止めた。
「なんだ」
「いえ、何でもありません」
そんなやり取りがあったその日も、私は仕事が終わると『梢』に行った。
晩酌をして夕食を取り、汐里には2曲リクエストをして歌ってもらった。
「上田さん、いつもありがとうございます」
「いきなり何を他人行儀なことを言っているんだよ」
私は上機嫌で水割りのお代わりを作ってもらった。
汐里はグラスの中の氷をマドラーで軽く回すと、水割りを私の前に置いた。
「上田さん、私からも一つリクエストをしていいですか」
「悪いけど歌は歌えないよ」
「カラオケではないんです」
「じゃあなんだい」
「私の父になってもらえませんか」
私は耳を疑った。
「父?」
「はい」
何かの冗談だろうと思い汐里を見た。
汐里の目は真剣だった。