1 恋活アプリ
「上田さん、恋していますか」
「なんだいきなり」
「だって上田さん、モテそうじゃないですか」
「もう47だ。おっさんだし、恋なんて終わっている年齢だ」
「そうですか? 今日だって仕事帰りに男同士で飲むのに、川沿いのブルワリーのテラス席で、クラフトビールを飲むなんて、おしゃれじゃないですか。しかも、ここは東京のド真ん中ですよ」
「別に、ただ気持ちのいい場所でウマイ酒を飲みたかっただけだ」
確かにウオーターフロントの倉庫街を改装してできたこの店は、一時期はデートスポットとしてもてはやされていた。
轟音がした。
見上げるとピンクのグラデーションになった空に、羽田にランディングする旅客機が赤い警告灯を点滅させながら、高層ビルのそばを高度を落としながら飛んでいた。
リバーサイドの商業施設の明かりが煌煌と輝き、川面が電飾の光を映してゆらいでいた。
「こんな雰囲気の店に自分を誘って二人きりで来るなんて、まさか、上田さん、ゲイじゃないスよね。自分はノンケなんで勘弁してくださいよ」
「安心しろ。俺は男には興味がない」
「男には興味がないということは、やっぱり女には興味があるんですね」
会社の後輩の佐々木和眞は法学部出で、人の言葉の裏を取り、反対解釈をする。
私は、それには答えずにグラスのウィートエールを飲み干した。
大麦と小麦を混ぜてつくるベルギースタイルのビールの味わいで、バナナのようなフルーティな香りとスパイシィな風味がした。
「上田さんは、付き合っている人はいないんですか」
「いない」
「奥さんと別れて何年になるんです」
「5年、いや6年、それ以上かもしれない」
「それからずっと一人だったんですか」
「まあな」
「もうそろそろ彼女を作りましょうよ」
私は、店員にアンバーエールを注文した。
コクがあり麦の甘みも楽しめるエールだ。
クラフトビールを何杯も飲んで酔が回ってくると、もうそろそろ自分も区切りをつけて女性と付き合ってみるのも悪くはないような気がしてきた。
「なあ、佐々木、その……」
「なんですか。そろそろエールは終わりにして、インペリアルスタウトにしますか」
「そうじゃなくて、その……、女性とのお付き合いだが」
「上田さん! やっと、その気になったんですか」
「うん……、まあな」
「いいスねぇ。相談に乗りますよ」
佐々木が身を乗り出してきた。
「どうやって出会ったらいいのかな。やっぱり合コンとかに参加するのか」
「合コン! 何言っているんですか! 今どき合コンなんかする奴いませんよ。今、出会いはアプリですよ。アプリ」
「アプリ?」
「そうです。こんなのです」
佐々木はそういうとスマホの画面を見せた。
そこにはSNSのような写真やプロフィールが記載されている画面が映っていた。
「今は、婚活、恋活、パパ活、なんでもアプリで出会う時代ですよ。上田さんも登録すればすぐに何十、いや百以上の、いいねやメッセージが来ますよ。そこから選ぶんですよ」
私には佐々木が言っていることの意味が分からなかった。
とにかく合コンがもう時代遅れの産物だということは理解した。
「上田さんがやっとその気になったのなら、色々レクしますよ。そうだ店を変えません? 最近見つけたいい店があるんですよ」
私はリバーサイドのブルワーリーを出ると佐々木とタクシーに乗り込み、恋活アプリのレクチャーを受けるためにもう一軒、別の店に行くことになった。