6話『祖国との別れ』
別れがあるから出会いがあるなんて言葉があるけど、出会わなければ別れはやってこない。
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「分かっているとは思うが子どものことで周りから色々と言われると思う」
「はい」
大丈夫。
今までだって体のことで嫌というほどとやかく言われてきた。
「辛い思いをさせることになると思う」
「はい」
大丈夫。
辛い思いにはなれている。
「出来る限り守ると誓う」
「!」
驚きで言葉が出てこなかった。
スカイブルーの瞳は私の瞳をしっかりと見ていた。
私はしばらくただディアマンテ様を見つめることしか出来なかった。
「……ありがとうごさいます」
そう返すのが精一杯だった。
ディアマンテ様が帰り、お父様に今日のことを報告した。
もちろんオブシディアン様やヴェルーリヤ様に会ったことは伏せて。
お父様としてはとても複雑な内容だったと思うがディアマンテ様の人柄をとても気に入ったようだった。
子どものことやオブシディアン様を王位に就かせたいという思いを持っていることはお父様の胸の内にしまうことになった。
あっという間にアジュール王国に経つ日がきた。
お父様はなんとも言えない複雑な顔だがほんの少し微笑みを浮かべてくれている。
お母様は昨日から泣きっぱなしで目が腫れているのをお化粧で誤魔化しているがいつも通りの柔らかい笑みを浮かべている。
キャシテは…いつも通り少し不貞腐れたようなそんな顔。
「キャシテ」
「なに?」
「お父様とお母様をよろしくね」
「わかってるわよ」
ちょっと不服そうにそう言うキャシテを私は抱きしめた。
「!?」
いつの間にこんなに大きくなっていたのだろう。
気づけば私と変わらぬほどの背になっていたキャシテに少しの驚きと寂しさが湧き上がった。
「キャシテ、たくさん我慢ばかりさせてごめんなさい。頼りない姉でごめんなさいね。…身体には気をつけてね」
「…お姉様こそ」
そう言うキャシテの声が僅かに震えていた。
ゆっくりと抱きしめていた腕を緩め、
「愛してるわ」
キャシテの顔をしっかりと見てそう告げた。
「……」
コクンと小さく頷いたキャシテの頭を優しく撫でた。
キャシテから離れ、
「お父様、お母様。行って参ります」
馬車の前にいるお父様とお母様に別れを告げる。
「お母様、キャシテと仲良くしてくださいね」
「えぇ」
またお母様の瞳から涙が零れる。
「キャシテもちゃんと考えているのですから叱る前にちゃんとキャシテの話を聞いてあげてください」
「わかったわ」
お母様は眉を下げ、口角を上げてそう答えてくれた。
「お父様、キャシテにあまり厳しく当たらないでくださいね。キャシテと私は別の人間なのですから」
お父様はキャシテに少しばかり厳しい。
「わかっている」
未だに眉間の皺はとれぬまま難しい顔をしているお父様はそう答えた。
「お二人ともお身体に気をつけてくださいね」
「貴女もよ、ルチル」
お母様の瞳からボロボロと涙が零れ落ちている。
「はい」
私は少しでも安心してもらえるようにニッコリと笑みを浮かべ、そして馬車に乗り込んだ。
アジュール王国に向かい、走る馬車の中で今日までのことを思い返す。
ディアマンテ様とはあれ以来会えていない。
式まであまり時間が無く、色んなことが慌ただしく進んでいった。
しかし、あらゆることに一流の人間が関わることで足りないであろう時間でもなんの不備もないものが出来上がった。
今、着ているドレスも本当にイチから作り上げたのだろうか?と疑問に思うほどの出来だ。
細やかで繊細なビーズ刺繍が華やかさをより一層の際立たせる。
デコルテから手の甲までのシースルーの総レース部分は下品に見えないように落ち着いた印象に仕上がっている。
装飾品はクォーツ国とアジュール王国の王族に代々受け継がれてきたものをドレスに似合うものに手直しした。
イヤリングはお祖母様がお爺様から婚約の時に頂いた贈り物でお爺様のお祖母様のものだったらしい。
黄緑色の宝石が大小連なっている。
ネックレスはディアマンテ様のお母様、正妃様が当時の王妃様、ディアマンテ様のお祖母様から受け継がれたもので代々王妃になる者に受け継がれている。
中央に大きな宝石が埋め込まれ、首周り全体を小さな宝石がぐるりと囲むようなデザインだ。
金額もさることながら重さの方が厄介な代物だ。
外にはアジュール王国に向かう通り道にある街が街を上げて私の見送りをしてくれている。
私はそれに応えるように手を振り笑顔を浮かべる。
同じように笑顔で手を振っている者もいれば、泣きながら大きな声で私の名前を呼んでくれている者もいる。
身体が弱く頼りない王女だったこんな私を愛してくれた全ての人に感謝しかない。
私はその想いを込め頭を下げた。
アジュール王国との国境に着くと馬車の乗り換えと引き継ぎの為に一度休憩をとることになった。
ここまで護衛を務めてきてくれた騎士団ともお別れとなる。
「皆様、今日まで本当にありがとうございました」
「「おやめください」」
「「頭を上げてください」」
軽く頭を下げる私に騎士団員たちが口を揃えてそう言った。
「今日で最後だから許してちょうだい?」
寂しさを隠して笑う。
「…」
皆、何とも言えない顔をして黙ってしまった。
「最後まで手のかかる王女だったと思うのに誰1人文句も言わずここまで付いてきてくれてありがとう」
一人一人の顔をゆっくりとしっかりと目に焼きつけるように見る。
ここにいる者の半数の者たちが私が生まれた頃から私の護衛をしてくれている家族よりも長く一緒の時間を過ごしてきた。
欲を言えば付いてきてもらいたかった。
しかし、彼らにも生活がある。
家族がいる。
だから、
「さようなら。また会える日がくることを願ってるわ。身体には気をつけてね」
心配をかけないことは出来ないけど、大丈夫だと少しでも安心してもらえるように笑顔で別れを告げた。
どうか皆が私を思い出す時の顔が笑顔でありますように。