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1話『終わりのはじまり』



 これは私が20数年生きた中のたった10年にも満たない幸福な時間の話。



-------------------------



 ゴーンゴーンと教会の大きな鐘が大きな音を鳴り響かせている。

身体中に響くような鐘の音が胃のあたりに鈍い痛みを与えているような気がする。

胃のあたりに置いた手に力を込めると隣からこちらを伺う様な視線を感じた。

ふと、視線をそちらに向けると綺麗なスカイブルーの瞳の彼がこちらを伺っていた。

その視線に大丈夫という意味を込めてほほ笑みを浮かべると彼は視線を前に戻した。


 私は今日、隣にいるこの方の花嫁となる。


 アジュール王国王太子ディアマンテ様の。



-------------------------



 クォーツ国第一王女ルチル。

それが私の名前。


 父と母そして、5つ下に妹キャシテがいる。

クォーツ国はそれはそれは小さな国で四方八方を大国に囲まれているおかげでなんとか成り立っているような国である。

小さくても、大国に囲まれていても、それなりに平和だった。

だから、こんなことになるとは誰も思っていなかった。


「お父様、今なんと?」

あまりのことについ身を乗り出しかけたところをなんとか抑え、お父様に聞き直す。

「終戦の条件のひとつとして我が国の王女とアジュール王国の王太子との婚姻が挙げられた」

お父様は眉間に皺を寄せこめかみ辺りをギュッギュッと指で抑えながらそう答えた。

「そう、ですか…」

ありえないことではない。

政略結婚など当たり前だ。

だが、まさか他国とは。

「イヤよっ!私は絶対嫁がないわ!!」

先程まで状況が理解出来ていなかったのか、お父様をただ見つめていたキャシテが勢いよく立ち上がり声を荒らげた。

「キャシテ!落ち着きなさい!」

「お母様は私がアジュール王国に嫁いでも構わないのっ!」

「そんなことは言っていないでしょう!」

騒ぐキャシテをお母様は宥めるが、キャシテはますますヒートアップしていく。

「だって!お姉様はこの国を継がなきゃいけないし、婚約者だっている!私は第二王女で婚約者がいない!どう考えても私がアジュール王国に嫁ぐの決定じゃない!!」

誰だってそう思うでしょとでも言うかのように両親と私を睨みながらキャシテはそう言い捨てた。


 アジュール王国と我が国クォーツ国は先代の王の時代に停戦協定を結んだ。

そこから今に至るまで大きな争いはなかった。

このまま停戦状態を維持したまま私の代になると思っていたがそれは突然やってきた。

アジュール王国王太子ディアマンテ殿下が終戦案を申し出てきたのだ。

30年近く停戦していたのだから終戦を宣言してもいいのではと。

言うのは簡単だ。

実際、終戦協定の会議は揉めに揉めた。

そして、これだ。


 アジュール王国王太子ディアマンテとクォーツ国王女の結婚。


 この結婚で両国の結び付きは深くなり、どちらかが危機に陥った際はもう一方が手を差し伸べる。

そういった感じだろう。


 表向きは。


 アジュール王国にとってこの提案はほとんど意味をなさない。

アジュール王国がクォーツ国に頼るものなどほとんどないのだから。

今現在、頼られているものも停戦協定の条件のひとつだったからといったところだ。

元に少しずつだがクォーツ国からアジュール王国へと輸出しているものは年々減ってきている。

それに比べて我が国はアジュール王国に頼らねばままならない。

どうにかしてこちらに有利な条件を作ろうとしたのであろう。

王太子妃、ゆくゆくは王妃になる者が我が国の者であればクォーツ国はその恩恵を受けられるのではないかと。

見たところお父様は反対していたようだが。


「わかりました。私が行きましょう」

そう言うとその場にいた者皆の視線が私には向いた。

「何を言っているのルチル」

分かっているはずなのに意味がわからないとでも言うような表情でお母様は声を震わせていた。

「キャシテを嫁がせるのは無謀なものだと思います。まだ幼いキャシテがアジュール王国で上手く立ち回れるとは思えません。向こうの方々に良いように使われてしまう可能性の方が高いです。その点、私なら向こうの方々もそう簡単に手出し出来ないとわかっていらっしゃると思います」

「酷いわっお姉様っ!まるで私が役立たずみたいなじゃない!!」

ダンッとテーブルに手をつき、キャシテが勢いよく椅子から立ち上がりながら私を睨みつけた。

「キャシテ」

お父様の一言が室内に一瞬の静寂をもたらす。

「…っお父様、でもっ…」

キャシテはゆっくりと椅子に腰をおろしながらお父様に抗議する。

「元々お前を嫁がせる気は無い。アジュール王国(むこう)もルチルならと言っているのだ」

それを聞いたお母様は両手で顔を覆い、声を潜めてすすり泣き始めた。

「っ!…何よ、それ……みんなして私は役立たずだって言いたいの!」

ギュッと唇を噛むキャシテにお父様は言い聞かせる様に続ける。

「そうではない。お前では幼すぎる。王太子殿下はもうすぐ30だ。ルチルでも若すぎるくらいだ」

お父様はまた眉間に皺を寄せ、こめかみをギュッギュッと抑えながらため息をついた。

この話をお父様がした時点で私がアジュール王国に嫁ぐことは決まっていたのだろう。

私にどう切り出すか決めあぐねていたのだろう。

お父様は優しすぎる。

一国の王としては甘すぎる。

だから、足元をすくわれるのだ。


 そこからは早かった。

まずは終戦宣言、その後私とディアマンテ様との婚約発表。

終戦を持ちかけてから1年も経たずにこれをやってのけたディアマンテ様はとても優秀な方なのだと思う。

私も詳しくは知らないがアジュール王国は10年ほど前少しごたついていた。

優秀であった第一王子の不祥事により第二王子のディアマンテ様が王太子の座についたのだ。

はじめこそ第一王子と比べられ過小評価されていたディアマンテ様だったが元々の人柄と地道な努力の結果、王太子として認められた。


 そんな方が今私の目の前にいらっしゃる。



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