6.面倒な男達
そして、あれから16年……。
フィリクスと挙式後、18歳で第一子リシウスを出産したアデリーナは、そんな遠い昔とも思える若かりし自分達の事を思い出しながら、末っ子ルーレンスと、その婚約者であるシャノンの喧嘩を仲裁していた。
「ルー、いつも言っているでしょ? シャノンは女の子なの。男の子のあなたより、力が弱いのよ? だから乱暴な事はしちゃダメ! 男の子である力の強いあなたは、本当は優しく守ってあげなくてはならない存在なのよ?」
「だ、だって……。シャノンがドンって押して来たから……」
「だからってやり返してはダメでしょう? 暴力に暴力を返したらずっとそれの繰り返しよ? 自分がされて嫌だった事は相手にもやってはダメ!」
「は、はい……。母上……」
母にそう諭された7歳のルーレンスは、グスグス言いながら俯く。
反省している様子の息子に少しだけ安堵したアデリーナは、今度はその婚約者である髪をくしゃくしゃにされたシャノンの方へと向き直る。
だが、髪がくしゃくしゃなのはシャノンだけでない。
ルーレンスの方も髪がぐちゃぐちゃな上に上着の下から、強く引き出されたようにシャツの裾がだらしなく出ている。どうやら二人は、アデリーナが到着する前に本気の取っ組み合いをしたらしい……。
「シャノンもいくらルーに失礼な事を言われたからと言って、すぐに手を出してはダメよ? あなたはオフェリアお姉様のような立派な淑女になりたいのでしょう? 立派な淑女は紳士に手を上げたりはしないわ。まぁ、今回も息子のルーがあなたに意地の悪い事を言ったのだとは思うけれど……。そこはグッと我慢をして、その後わたくしに相談するように約束したでしょう?」
「はい……。王妃様、本当にごめんなさい……」
そう言ってシャノンの方も溢れんばかりの涙を瞳に溜めて俯く。
「それじゃ、二人共。ちゃんと仲直りの握手をして?」
すると、シャノンが渋々という様子でスッと右手をルーレンスに手を差し出す。
その手をルーレンスは、何故か左手で掴んだ。
「二人共、ごめんなさいは?」
「シャノン嬢、ブスで可愛くないって言って、ごめんなさい……」
「ルー!! あなたシャノンにそんな酷い事を言ったの!?」
「ルーレンス様、ドンってした後、バカって言ってごめんなさい……」
「…………」
思わず息子の放った酷い言葉に武力で応戦したシャノンを咎めた事をアデリーナは、後悔し始める。男の子にとっては軽い悪口感覚で言ってしまったのは分かるが、幼い女の子にとっては「ブス」と「可愛くない」は相当なトラウマになる可能性が高い。
だが、その辺は気の強いシャノンだからこそ、そこまでトラウマになっていない様子だ。それでも傷つきはしたので、思わず手が出てしまったのだろう。
そもそもルーレンスは、シャノンの事を可愛くないなどとは絶対に思っていないはずなのだ。その証拠に仲直りの握手を促した際、息子は敢えて左手でシャノンの手を握った。そしてその手を未だに離さないで掴んでいる。
普通、向かい合って握手を交わす際、右手を出されたら同じ右手を手に取る。
だが息子はワザと左手で握手をして、その後ちゃっかり『手を繋ぐ』という状態に持ち込んだのだ……。
そんなにシャノンの事が好きなのに何故意地悪な態度をとるのか……。
この先、ルーレンスが思春期に突入したらもっと面倒になるのではと、アデリーナは頭を抱えたくなってしまった。
「二人共、仲直りしたのだから今日はもう喧嘩をしてはダメよ?」
「「はい……」」
素直に頷く二人は、未だにしっかりと手を繋いでいる。
その状況からルーレンスだけでなく、シャノンの方もルーレンスを嫌っている訳ではない事が窺える。
そんな将来確実に面倒な事になりそうな二人をアデリーナは、ルーレンス付きの侍女に任せて、自室に戻る事にした。
すると、窓の外では先程まで中庭で行われていた有志参加による令嬢達の淑女教育が終わった様で、それぞれ解散し始めている様子が目に入る。
その中で一番最年少であるウォーレット家の伯爵令嬢セリーヌの動きに合わせて、何故か三男のフィリップが植木に隠れながらコソコソ後を追いかけている。
その事に気付いたアデリーナは、思わず眉間に指を当てて苦悩した。
三男のあの行動は、もう確実に不審者だ……。
しかしその少し離れた場所で、四阿にセッティングされたテーブルでお茶に興じている長男リシウスとオフェリアの姿が、更にアデリーナを苦悩させる。
何故なら、その二人の座る位置の距離感がおかしいからだ……。
普通、あの小さな丸テーブルでお茶をするなら向かい合って座る。
だが何故かリシウスの椅子は、ピッタリとオフェリアの横に設置されていた。
どう見ても二人でお茶をする際の適切な椅子の配置ではない。
距離があからさまに近すぎる。
「何をしているのよ! あの子は……」
先程、オフェリアとのお茶の時間を邪魔された怒りも蘇ってしまい、思わずそう呟いてしまったアデリーナ。
そうして盛大にため息をついて顔を上げれば、今度は次男ライナスが婚約者でもあるセリアネスに無理矢理手を引かれ、城内に連行される姿が目に飛び込んで来た。
先程、歴史の授業から逃走していたライナスをセリアネスが、やっと捕獲したのだろう……。プリプリと怒りながら小言を言っているような様子のセリアネスに引きずられている次男ライナスは、何故か少し嬉しそうにヘラヘラと笑みを浮かべている。その様子に次男は、ワザとセリアネスの気を引く為に王子教育をサボる事を繰り返しているという事を悟ったアデリーナは、ガクリと項垂れてしまった。
なんと面倒な息子達なのだろうか……。
全員、意中の相手がいるものの、それぞれ接し方がおかしい……。
4人の息子達は世間的には全員容姿に優れていると、よく言われる。
特に長男リシウスと次男ライナスに関しては、二人共学習能力が高く文武両道な部分から周囲から高く評価されている。
三男フィリップに関しては、あの人見知りは問題点ではあるが、正確性を問われる様な作業や計算能力は非常に秀でているし、四男ルーレンスは対応力が高いので、何かをやらせてみると大抵の事はすぐに習得してしまう。
スキル的部分では全員何らかの秀でた才能を必ず持っているのだ。
だが、全員人間性部分では、どこか抜けていると言うか、救いようがない程、個性的過ぎる部分があって癖が強過ぎる……。
「全く……。何故、全員が陛下の面倒な部分ばかりを色濃く受け継いでしまったのかしら!」
「私の面倒な部分?」
やや悪態をつきながら自室に入ると何故か国王でもある夫フィリクスがいて、不思議そうな表情をアデリーナに向けてきた。
「陛下……。ご公務はどうされたのですか?」
「もちろん、本日の分は終わらせてきた。さぁ、アディ。久しぶりに二人でお茶を堪能しよう!」
そう言ってニコニコしながら、アデリーナに座るよう促して来る。
そんな能天気な様子の夫にアデリーナは、盛大にため息をついた。
真逆の反応をみせている二人の目の前では、控えていた侍女やメイド達が、お茶の準備を始める。その様子を諦めきった表情でアデリーナは見つめた。
「アディ? 何か心配事でも?」
「いえ、そういう訳では……。ただ先程、子供達の様子を見ていたのですが、何故か全員致命的に面倒な性格部分があると思いまして……」
「なるほど。だが、そういう部分は、あの子達の個性なのだから致命的という言い方は、あまり良くないと思うのだが?」
「その面倒な部分は、全て若かりし頃の陛下から感じた部分なのですが、陛下はどう思われますか?」
アデリーナのその問いにフィリクスが、ビクリと動きを止めた。
「いや、だからそれは……その、個性というか……」
「リシウスのあの真面目過ぎる故の異様な鈍感部分も、ライナスの過剰に意中の相手の気を引こうとするところも、フィリップの病的な人見知りも、ルーレンスの素直になれずに暴走後、ますます相手との関係を悪化させてしまう不器用なところも、全て若かりし頃の陛下を彷彿させるのですが?」
「いや……だから、それはその……個性というか……」
「陛下お一人がお持ちだったその面倒としか思えない『個性』が、何故かあの子達それぞれに見事に振り分けられたのは、どういう事なのでしょうかね?」
「そ、それは……」
アデリーナから八つ当たり気味で理不尽に責められるフィリクスだが、それでも過去の自分の行動を思い返すと、心当たりが多すぎて何も言い返せない。
しかし、しばらく言い澱んでいたフィリクスが急に瞳を輝かせ始める。
「だが、あの子達がそういう個性を持っているという事は、それだけ自身の最愛である女性に対して、愛情深いという事になるのでは?」
「確かに愛情深いという言い方も出来ますが……。リシウスとフィリップは、かなり執着的な愛情が強すぎますし、ライナスとルーレンスは確実に思春期特有の拗らせ気味な愛情になりそうで……。あの子達に過剰な愛情を注がれる相手の方は、かなり対応が大変ではと思ってしまうのです」
「君は……そんなに私の対応が面倒だったのか?」
「はい。非常~に面倒ではありました」
「アディ……」
悲し気な表情をアデリーナに向けるフィリクスだが、捨てられた子犬のような庇護欲をそそる状態になるのは、16年前と一切変わっていない。
「ですが、陛下の場合、わたくしが本当に嫌がっている際は、しっかりとご配慮くださりました。でも……あの子達の場合、相手のご令嬢方にその配慮が出来ていない様な気がして……」
「そうだろうか……。フォレスティ侯爵家の姉妹は、いつも嬉々としてこちらに登城してくれているし、セリに関しては逃走を図るライナスの捕獲を毎回楽しんでいるように見えるが? それよりもフィリップは、やっと最愛のご令嬢を見つけたのか!? それならばすぐにそのご令嬢との婚約を!!」
「落ち着いてくださいませ、陛下。その事に関しては、もう少し様子を見て頂きたいのです。何故ならこの中で一番執着愛が酷く、犯罪臭がする動きをしているのが、そのフィリップなのです」
「は、犯罪臭……? あの気の弱いフィリップが?」
妻のその危機感を抱いている様子にフィリクスが怪訝そうな表情を浮かべる。
「陛下からの愛情も確かに重い方には該当するかと思いますが、ですが、それはわたくしにとっては許容範囲です。ですが……あの子達の抱く深すぎる愛情は、たまに相手を押しつぶす程、強烈なように感じてしまう時がございます。それがわたくしは、少し心配で……」
「アディは……私からの愛情でそのように感じた事が一度でもあったのか?」
「いいえ? まぁ、たまに鬱陶しいと感じてしまう事は確かにございましたかが……」
「あ、あったのか!?」
「ええ。ですが、結局最後はその甘さに誤魔化されてしまう事が多かったので……。わたくし自身は、そこまで陛下の愛情が重過ぎるとは、あまり感じませんでした」
「ならば、あの子達も大丈夫ではないか?」
「何を呑気な! 何か取り返しの付かない事態が起きてしまった後では、遅いのですよ!?」
あまり深刻に捉えていないフィリクスの様子にアデリーナが目くじらを立てる。だが、そんなアデリーナにフィリップがフッと柔らかい笑みをこぼした。
「あの子達の愛情が重過ぎるかどうかを決めるのは、あの子達に過剰な愛情を注がれている彼女達だろう? 当人同士が納得しているのであれば、たとえそれが第三者から見て、酷い執着愛に見えたとしても勝手に決めつける権利などない。溺愛と執着愛は紙一重だろう?」
「ですが……」
「そもそもその基準で行けば、確実に私の君に対する愛情は、酷い執着愛だ」
「そうでしょうか? 陛下はある程度、わたくしへの配慮をしてくださっていたと思いますが……」
「危険性の高い出産経験を4度も君に強いた私が配慮していたと思うか?」
フィリクスがニヤリとしながら放った言葉にアデリーナが、顔を赤くする。
「そ、それは、たまたま――っ!!」
「いや? ルーが難産でなければ、私はもう三人程「姫が欲しい」と言い張って、今でも君を貪るように求め続けていたと思うが?」
「な、なんて事を!!」
上の三人はすんなり出てきたのだが、四男ルーレンスだけは、かなり難産だった為、一時期アデリーナの身が危ぶまれた。結果的には、母子ともに何とか無事な状態で出産を終えたが、その際にフィリクスが抱いたアデリーナを失うかもしれないという恐怖は、かなり大きな心の傷となったらしい。
それ以降、フィリクスは夫婦の営みの際は避妊を徹底している。
「傍からみれば十分、私も酷い執着愛を君に押し付けてしまっている。だが君は、あまりそう感じないのであろう? ならばその愛が重いかどうかを決めるのは、周りの人間ではなく、その愛情を注がれた当人達だ」
「で、ですが……」
「フィリップの意中のご令嬢は分からないが……。三大侯爵家の一つであるフォレスティ侯爵家の姉妹も、武芸に誉れ高いリアクール伯爵家のセリアネスも、三人とも意志が強く、しっかりと自身の考えを持つ優秀な少女達だ。仮に私達の愚息達が暴走したとしても全く歯が立たんよ」
「そうでしょうか……」
「私がそうなのだから、あの子達も大丈夫だろう」
ふわりと優しい笑みを浮かべてきた夫をアデリーナは、不思議そうに見つめ返す。彼女はこの夫と4人も子を儲け、16年間も連れ添っているのに全く気付いていないのだ。この癖が強すぎる元王太子の舵取りを無自覚とは言え、完璧にこなしていたという事に。
今では賢王と称されているフィリクスが、実際はかなりのポンコツである事を知っているのは、当時の『友情破棄』の現場を目撃した世代のみ。
その遺伝子を濃く受け継いだ4人の子供達は、今日も自身の最愛である少女達に重過ぎる愛情を父親同様に無自覚に注ぎ続けている。
これで本当に【〇〇と言い張る面倒な王子達】シリーズは終了です。
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尚、4人の息子達が成長したお話もそれぞれあるので、ご興味ある方は下の評価ボタン辺りにあるリンクからどうぞ~。
あとがきに関しては、ネタバレと作者の愚痴的内容になりますのでご注意を。(苦笑)