猟奇譚【教祖】
淀んだものが蔓延ったこの世界を悲観して嘆くことは誰にでも出来る。
大衆が望んだ世論が正しく、個人の意見は卑下される。何時の時代でも、時を前身させ、歴史を積んだ者をこそが勝者になるのだ。
そうなってしまえば何が真実なのかがちっとも分からない。
けれど、それが、それこそが、この世界の正しさ。
歪んでいることに誰一人として気づかない。
だからこそ、愛おしい。
「最早、既に我が手から離れた。私の役目も終いだろうな」
そう言って哀しみを浮かべる彼女に、おれはやっとの思いで応えた。
「そう、ですか」
「ああ、そうだ」
雨が降り、土を流れ、大海に注がれるのと同じように、この世界も輪廻している。同じ時が幾度となく繰り返され、当事者たちはそれに気が付かない。
同じ過ちを異なる者が反復し、人々は用意された台詞で異議を唱えている。
そう、まるで、
「この世界は誰かが作り上げた舞台なんだよ」
彼女は手元の台本を握り潰して言った。
「必死に抗い、苦しみ、もがき、やっとの思いで選択した未来だとしても、それは初めから作られた物だったりする。本当に滑稽だ。だからこそ、馬鹿で間抜けな人間達が愛おしくて堪らない」
「……そこに暮らすおれたちは、あんたとはまた別の意味でたまったもんじゃないんですけどね」
おれは彼女の握る台本を見詰めながら言った。表紙と頁の隙間から深紅の液体が流れ落ちている。それが何なのかは、分からない。
そんなおれの呟きが心底不思議だったように、彼女は首を傾けた。そして言葉が続く。
「用意されたレールの上を歩くのだ、これほど楽な道はないだろう」
「あんたのそういう所が、おれは心底大嫌いです」
「ありがとう、嬉しいよ」
ガタリゴトリと物が落ちる音がした。
何の支えもなくひたすらに積み重ねられた書籍が、ひとつ、またひとつと崩れていく。