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Ally-06:複雑なる★ARAI(あるいは、煌々待遇/入りでっせんと)


 どうもぉ、ご予約いただいてました「バリオカ出張不用品回収サービス」の者ですぅ、え? そんなもん頼んでいないですって? いや確かにお電話をいただいたのですが……失礼ですがこちら春日部(カスカベ)様のお宅でよろしかったでしょうか……ええ? 春日井(カスガイ)さま!! いや~これはとんだ失礼を……


 春日井さん家のドアホンに向かってそんな流暢な言葉がアライくんから流れるように飛び出してきたことに、今日いちの驚愕を禁じ得ない僕がいるのだけれど。完全なる嘘であるが故に、このような標準語をまくし立てられるのだろうか、分からない。でも春日部(カスカベ)春日井(カスガイ)どちらもそうは無い苗字だけに、その手の言い訳が通用するのか不安だ。


「……誠に申し訳ございません、お手数を取らせてしま……あ、そうだ、ものはついでですが、もし春日井様のおうちにですね、処分に困るような不用品や、手放しても構わないような骨董品とかですね、ございましたら今日いま、我々が引き取らせていただいて、お値段の御査定をさせていただくということも可能なのですが……いえ、手数料とかそんな。失礼を致しましたお詫びと言ってはなんですが、万が一の処分の際にかかる費用もこちらで持たせていただきますよ……」


 慇懃ながら強引、かつ恩着せがましさをへりくだりの中に埋没させて、ちらつかせた餌にて獲物を捕らえるといった、いっぱしの詐欺グループも顔負けのネゴシエイトっぷりに、こんにちまでのアライくんという人物像も揺らぐ思いだけれど。こごめられたつなぎの背中が営業畑十五年くらいの貫禄を放っているよ本当にこの人は才能の向かわせるべきベクトルを間違っておるな……


 そんな真顔の睥睨者と化した僕を背後に置きつつ、交渉は意外にもつつがなく成立したようで、防犯上いまどき大丈夫かな、というような磨りガラスの木の桟の引き戸越しに、もわり人影が現れたことを視認する。と、


 よっこいやせ、とのアライくんとはまた違ったヘルツのしゃがれ声がくぐもって聴こえてきたかと思うや、その戸はガガラガガガ、という建て付けの格付けを示唆させるような音をもってして開かれたのだけれど。


「なんじょ、アライのんがか」


 開いた扉の向こうには、皺は深いけど割と血色のいい、ストレートの白髪を後ろで結わえた、作務衣のような作りの薄いピンク色の上下を身に着けた細身の老婆が、上がり框からサンダルで一歩踏み出した感じでこちらを胡散臭そうに見据えていたわけで。


 ひと目、御しにくそう……との思いよりも何よりも、その第一声により、アライくんの(メン)が既に割れているということ、いやさらにそれよりも、それを承知で乗り込もうという判断に至ったアライくんの理解しがたい思考回路に、二重三重の入れ子構造のような驚愕を覚えずにはいられないよ……


 はじゃがば、覚えとったんぞり、と、一気に言葉が通常に戻ったアライくんがそんな身も蓋も無いことをのたまうものの、当の春日井さんは、ふん、そだら変ちくな頭さしとっどオメがしかおらんじぃな、みたいなこれまた新手の何処郷(どこさと)(こと)()使いであったようで、何だろう、ふたりがまるで血よりも濃い何かで繋がっているように見えるよ……


 級友(ぼくら)が普段から常々思っているけど面と向かっては本人に言いにくいことを直球で言い放ったことに僕は密かに敬意を表しつつあったのだけれど、そんな場合でも無い。と、僕がどうしたもんかとあたふたする眼前で、当の本人はひどく自然体で切り返していったわけで……


「まあ、何ちょいか、要らんもんばあっつぁつぁ、()ぁらが持ってっちょってやりまんぐぅすゅうこつえ、ま、無償奉仕の『トップ(じだ)』みだいなもんごっそ(おそらく『ボランティア』と言いたかったと思われるけど『ボランチ』と間違えさらにそれを取り違えての発言だったと思われる。あくまで推測だけれど)」


 臨機応変という見地ではそれはそれは見事な応変具合であったものの、じゃあ最初からその体で行けば良かったんじゃない? とのもっともらしい僕の思いは、やはり届くはずもないと思われ。そんな真顔状態の中、


「そいざぁありがたやすやんちょね、丁度(ちょんど)家の大掃除もしようがば思っちゃりすも、か弱ぁ女手ひとっつじ、往生(おんじょぼ)さとりあぁによぉ、ついでに、庭の方っちゃがもす、ちちぃとやってくれっちょええがぁぬ。ほんなます、いっじょ、頼むでがに」


 そう返した春日井さんの顔面が形成する、皺で無駄に陰影がつけられた喜悦と愉悦とあと何かに彩られた何とも言えない笑顔に一枚上手感を感じさせられながら、それと文字通り面と向かい合うアライくんの顔面が形成する、虚無とへつらいとやり場の無い怒りとあと何かが混ざった表情に、僕は何と名を付けていいのか全く分からないまま、上がれ上がれと老婆に招かれていくのだけれど。


 アライくんは時たま、何種類もの感情が混ざり合った玉虫色のような複雑な表情を僕に見せる。


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