入宮編⑧
「よーし、静人、明日は俺の任務に付き合え。」
「えっ?」
襖が開いた瞬間、葵の第一声だった。
葵から家に誘われて来たところだされたお茶を飲んでいたが、静人は驚きのあまり、持っていた湯のみを思わず落としかけ、なんとか畳みにこぼさないよう掴むことができた。
「葵の任務って…審判者だよな…?えっ?俺、下界に行くの?」
「残念ながら審判者は本来、五人一組の班で下界の調査をするんだよ。一人で行く任務はそいつがとんでもなく優秀じゃなきゃ無理なんだ。ちなみに審判者が五人一組なのは、誰かがぼろを出してもそれを誤魔化せられるようにってことさ。」
「勇!」
葵の背後から勇が顔を覗かせ、入ってきた葵と共に畳みに座った。朝からいなかったためにどこに行っていたのかと思えば葵のところだったとは。
葵の何か企んでいる顔が少し不気味であり、静人は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「てことは、葵って何の任務こなしているの…?」
「俺が何しているってお前知っているだろ?隠密部隊だと、隠密部隊。名前の意味くらいもうわかっているな?」
葵の言葉に静人は体が震えながらもコクりと頷いた。
葵が言う隠密部隊というのは、下界でいう「殺し屋」である。また、情報屋の仕事も兼任しており、「忍者」のようなこともしている。つまり、静人に葵の殺しに付き合えということを言っているのだ。当然であるが、静人は人殺しなど経験したことがない。
「静人、そう怖がるなって!神宮はもっと恐ろしいんだからな。」
「そう言われても俺はそういうドロドロした世界は画面の中の世界しかみたことがないんだからな。忠告されても覚悟が決まらないよ。」
「だから今日行くんだよ。人が殺されるていうことをしっかりと心に刻み込んで欲しいということだ。」
葵は平然と言っているが、人をそんな簡単に殺せる葵が恐ろしいとさえ静人は感じてしまう。勇も眉一つ動かしていない。
「なーんで二人ともそんな風に余裕なのさ?俺はもう怖くて怖くて仕方がないってのに。」
「慣れ。一回殺してみたら案外楽になる。」
「よろしくないってことわかっていて?」
「ああ。当然。だけど、殺される奴らは別に私利私欲のために殺されているわけじゃない。神界の人間でありながら下界やら乱界やらに影響を与えようとしている奴らばかりだよ。仕方がないっていう表現は人権主義者辺りに怒られそうだけど、最悪を想定して最善を尽くす。俺達はそいつらがたとえ、将来改心する未来があったとしてもだ。将来、神界を潰しかねない未来も想定している。先に悪くなりそうな芽は潰す。」
葵の言葉一つ一つに重みを感じる。葵の考え方はとても合理的であり、静人は反論できない。
「神界にも人権なんてあるんだな。」
「逆輸入だよ。下界で良い表現だと今の女神がとても大切に人権という表現を扱っているんだ。」
「へぇ…。女神って下界のこと気にするんだ…。」
「ああ…。まあな…。」
途端に二人が静人から目線を外した。静人は訝しく思うが、すぐに葵が話題を変えた。
「さーて、今日の任務は雅要家の当主の殺しとその証拠のでっち上げさ。審判者として登場してもいいかもな。それだと。」
「え…。でっち上げ…?それ、どういうこと?」
葵は不穏な気持ちが過ぎり、背筋が凍った。
「あー、証拠は見つかってないよ。だって、証言だけだもん。物的証拠が見つからないと女神は死刑を下さないからな。俺も証言に従って雅要家に乗り込んだことあるんだが、見事に乱界の人間と下界で繋がっていたんだよ。これは夕食に誘って酒を飲ませたら見事に酔っ払って全部話してくれたわ。」
葵がケラケラと笑っているが、やっぱり葵は恐ろしい人間だ。しかし、こういう状況に何回も会えば慣れるものだと考えられる。
「女神様が信頼している人間に証言させれば通るのでは?」
「あー、無理無理。見たり、聞いたりしたのは全員審判者だから絶対的に信じてくれない。」
「審判者だから?」
静人は首を傾げる。
「女神が物凄く男に執着しているっていうことは前、伝えたよな。」
勇の言葉に静人は頷く。
女神は現在側室、正室合わせて現在は三人しかいないが、閨に呼ばれた人間は一年で三十人に及ぶらしく、男と寝ないと暴れるという。神宮における一番下の位である卑者でも女神に気に入られることもあるらしい。
「神宮じゃ誰が聞いているかわからないし、もう結界張らなくても充分静人は下界の雰囲気を纏っていないな。そういえば。ちょっとすまん、葵、家に結界張らせてもらうな。」
「おう、わかった。」
一旦、勇が部屋を出る。静人は勇の表情が重苦しいことに気づく。あまりにも厳しい顔に静人は体がブルリと震えた。
「あー、今から話すことは勇の主である朔也様に関することだからな…。知っての通り、勇は朔也様大好きだから、女神のあの行いには腹が立って仕方がないんだ。だから話そうとしている時、思い出してああいう顔になっちまうんだ。」
そっと葵が耳打ちしてくれる。朔也はあの日一度静人を見て来てくれた以来、一度も会っていないが、食事中、朔也がどれだけ凄いか勇は静人を洗脳するかの如く何回も熱く話される。正直、何回聞かれされたかわからない。
「確かに、勇の話は朔也様以外は凄い簡潔なのに…。でもあんなに主の扱い雑ですよ?」
「だから朔也様大好きなんだよ。あいつ身分を極端に気にする奴なんだ。身分が上の相手にあんな扱いするのは相当相手を好きじゃないとやらないことなんだ。」
葵の顔が寂しいのは気のせいだろうか。
「おい、結界張り終わっただぞ。」
引き戸がバンッという派手な音を立てて勇が現れる。勇の顔がさきほどより怖い。あちらこちらで顔のシワが寄っている。静人は思わず、少し引いてしまった。
「勇…。わかりやすいぞ…。」
葵が苦笑いを浮かべながら鬼の形相に突っ込む。
「残念ながらこれ以上俺は顔を緩められない。」
「将来が心配だよ。お前の顔。」
葵の言葉に全くの同意だ。
「そういえば、葵、今日の稽古はしなくていいの?」
いつもならこの時間帯は既に素振りをしているところだ。今日はやけにのんびりしている。
「今日は休みだよ。休み。明日のためにゆっくり休んでおけ。おそらく身体的にも精神的にも明日はまずくなるからな。」
「確かに…。」
静人は明日のことを思い出し、急に吐き気がする。
「で、どこからか話そうか?」
そのうえ、勇が怖い。話を振ったのは静人だが、これは怖くて途端に休みたくなった。
「おい、静人、顔色悪いぞ。」
「き、急に頭痛と吐き気が…。多分、話はまだ聞けると思うし、俺、ちょっと休みたい…。」
「そうだな…。明日もあるし、勇、今日は話す必要がなさそうだから顔戻せ。」
葵が静人の背中をさすってくれる。その手がとても暖かく、少し気持ちが軽くなる。静人は勇の表情が緩まったのを確認し、ふらふらと立ち上がり、隣の寝室に戻った。
静人が寝室に入った後、勇と葵は顔を見合わせ途端に顔をしかめた。
「いいのか?明日以降、静人はこちら側の人間になることは間違いない。…………確認してみたが、やっぱり、お前何で泣きそうな顔になっている?いつも家族以外に俺と覚以外には胸の内を明かさない奴なのにな。あっ、主にもそこそこ本心は見せているけど。お前、珍しくあの子、気に入ったな?」
勇が潤んだ瞳から塩辛いものを出さないように顔をしかめる葵に尋ねる。
「気に入って何が悪いよ?………でも……何でだろうな…。静人はこちら側に来て欲しくないんだよ…。ほんと、あいつは綺麗だし。」
「うん。そうだな。でも、それじゃ神宮で生き残れない。わかっているだろ?」
「静人、神宮に入れたくなくなってきた…。」
「いつまでもここに居させたところで静人は神界では生き残れない。正直、俺も神宮に入れるのは今でも反対だが、神界は下界よりも治安は悪く、俺らも任務があるときには一人にさせなくちゃならない。静人を生かせるためにはこうするのが一番なんだよ。」
「そうだよな…。」
葵は空を見上げ、ふぅと一息入れ、何もない天井を見つめるのであった。




