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女神のお膝元  作者: 常盤野信乃
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入宮編⑦

「そこ!脇が甘い!」

 勇が腕を組んで厳しい声をあげる。静人は葵の突きを寸での所でかわしすが、こちらが攻撃をする隙を与えてくれない。これで手を抜いていると思えないくらい細かく、素早い動きだ。

「おいおい、静人、右足!床についてる。踵を少しあげろ。基本姿勢は崩すな」

 攻撃を緩めない葵だが、きっちりと指示も送る。

 しかし、葵の指示を素直に行えるほど葵自身の攻撃が半端ではない。竹刀で一撃、一撃が重く、竹刀で止めることで精一杯だ。これで葵が剣術はそれほど得意ではなく、基本は隠密行動が得意とは信じられない。

「ほい、これで最後!」

 葵の攻撃に防戦一方になっていた隙に葵は静人の脇腹に竹刀を軽口当てた。

「無事、お前は死にました!」

 満面の笑みで言う葵だが、目は笑っていない。静人はようやく終わったのかとその場でヘナヘナと座り込んでしまった。もう腕も足もパンパンだ。

「だいぶ俺の斬撃に耐えられるようになったじゃん。飛ばされなくもなったし。あとは脇腹と喉元だな。手首は元から柔らかいのか、お前だいぶ上手いな。それと、基本姿勢だな。鏡で姿勢正しておけよ。それからすり足、ここ二往復でいいわ。足元崩れていたのは俺が決める直前くらいだったし。体力もついてきているし。正直、二週間ほどでここまで伸びるとは思わなかったぞ。」

 葵は褒めているようで要求が多い。汗を顔を布で拭う葵は武道場で大の字で寝転ぶ静人を見下ろして言う。目が浸みるくらい汗をかいている静人と比べて葵は爽やかな汗というべきものだ。

 葵の褒め言葉だが、これまでの二週間のことを思い出す。

 夕音の袴が仕立てるまでの三日、長いこと走り込みをさせられ、神界の仕組みや神宮の祭事などを頭に叩き込まれた。静人は記憶力はいい方だと思うが、さすがに三日で詰め込む量ではない情報量に倒れかけた。そんな日が毎日のように続き、今日も筋肉痛に筋肉痛を重ねるような感覚である。

 勇と共に暮らしているが、勇は料理も狩りも上手く、静人はひたすら稽古をさせられていた。疲れであまり食事をとりたくない中、体が育たないため、最近は粥を喉に掻き込めるよう勇が料理を工夫してくれている。

「勇、今日の夕飯なんだよ?」

「お前にやるものはない。だいたい、静人はともかくお前は自宅があるだろ。」

 今日も仲良く二人は痴話喧嘩を始めている。静人は勢いよく立ち上がると、竹刀を背中と両手で挟むようにして横に持つと、すり足の練習を始めるべく道場の奥まで走る。

 今の女神になって神界の都はだいぶ寂れてしまったらしく、静人達が稽古をつけている門下生がいなくなり、空き家となった道場が各地に存在しており、その一つで静人は勇達の下界だったら問題になる稽古量をつまされていた。

「静人、今日はどうだ?肉、食べられそうか?そうじゃないと、葵に食われる。」

「今日は少しだけいけそう。だいぶ慣れてきたし。葵に肉食われるのしゃくだし。」

「おいおい、静人ぉ~!」

 夕焼けがさす道場に弱々しく放つ葵に静人は苦笑いを浮かべるが、勇はそんな葵ににんまり笑った。

 静人自身、二週間同じようなきつい稽古量をこなしているとさすがに慣れてきて軽いものなら食べられるようになった。

「静人も言うようになったな。葵、静人はこれからまだどんどん化けるんだからな、覚悟しとけよ?」

「勇だって同じことになるぞ!」

「はいはい。じゃあお肉余りそうだし、食べにくればいいだろ?」

「勇、やっぱりいい奴~!」

 葵が飛びつこうとするが、勇がこれを読んでいたのかすっと横によけた。葵はどすんと派手な音を立てて道場に腹から落ちた。すり足の練習をしていた静人もこれには動きを止めて少し引いてしまった。

「静人、俺らは先に戻って作っておくから日が落ちる前に終わらせて家に帰ってこいよ。さっ、行くぞ、葵、いつまで痛がっている。溝落ちに入ったらごめんな。」

 言葉に謝罪の気持ちが全く入っていない。勇は葵を引きずるようにして道場から出て行き、静人はささっとすり足を終えると、鏡の前で素振りの姿勢を確認し、それも終えると、道場の裏手から雑巾をとって掃除を始める。いくら空き家とはいえ使っている身であり、きちんと掃除をしなければもとの持ち主に失礼だ。

 広い道場を全て拭き終わった頃には日が沈みかけており、静人は急いで鍔を竹刀から外し、竹刀入れにしまって、それを肩にかけて、勇の家まで走り出す。

 家まであと少しとなった時、

「待って…!」

「へっ?」

 辺りに誰もいない。静人に話しかけているのは間違いないだろうが、静人はゾワリとして立ち止まって首を派手に動かす。幽霊を信じたことはない。しかし、これが幻聴でなければ静人はそういうことになる。

「いやいや、帰ろ。」

 静人は無視して走りだそうとするが、

「待ちなさいと言っているでしょう?」

「幻聴…。幻聴…。」

 無視して自分に言い聞かせるように静人は家に直行する。

「幻聴じゃないわ。少しでいいのよ。幽霊でもないし、ちょっとだけ話しを聞いて。」

「あなたの言葉、信じられると思いますか?」

 静人は唇を奮わせながら言葉に返す。声は涼やかで女性らしい声であり、静人は下界の映画の影響でそれが余計に不気味に感じてしまう。

「確かにそうね。でも信じてほしい。証明するものはないけれど…。あなたに頼みたいことがあるの。」

「いやいや、姿形も見えない人をそんな簡単に信じられる人間はこの世じゃなくて二次元の人に言ってください。頼みは他の人に言ってください。俺はこなせる自信ありませんので!」

 静人は逃げるように駆け出す。最近なにかおかしいものでも食べたのだろうか。それとも、神界には麻薬のようなものがあちらこちらにあるのだろうか。

「静人、止まりなさい…!」

 体が途端に止まった。幽霊の金縛りであろうか。ただし、口は動かせるようだ。

「どうして俺の名前を…?」

「それは教えられないわ…。だけど、多分あなたとはいずれ会うだろうしそこはすぐに判明するだろうし気にしなくていいのよ。それでね、静人あなた、神宮に来るでしょう?智隼達と協力して末子を誕生させて欲しいの。」

「急に言われても…。それにどうして俺を選んだのですか?」

 闇夜に急に声を何処からともなく声をかけられ、頼み事を押し付けられるのはいささか不本意だ。

「静人は下界の人間だもの。あなたはきっと客観的に物事を見られる。」

「………。あなたは俺の何もかもを知ってそうですね…。」

 静人は警戒している意味を表す言葉を述べる。しかし、どこか優しい声に静人は全否定できない。

「静人、あなたに託して申し訳ないと思っているわ。でも…。」

「いいですよ。もう。わかりました。何となくですけどあなたを信じます。神界の人間は俺みたいな下界の人間を悪用する可能性もなくはない。まぁ、それは逆もしかり。下界の人間も言えるけど…。俺をあなたは信じてくれるんですね?じゃあ俺も信じないとだめですね。すいません。」

 静人は誰もいない道にぺこりと頭を下げた。

「フフ…。静人、そうよ。あなたはこの神界を救ってくれると思っているのよ?その期待も裏切らないでね。」

「そんな重圧かけないでください。ひとまず、あなたの頼み、わかりました。その、智隼でしたっけ?その人間ってどういう人間かわかりますか?」

「大丈夫よ、智隼から近づくと思うし。あの子は人懐っこいから静人を見つけたら飛びつくと思うから。」

「うわっ…。想像しただけで背中痛めそうですね…。似たような人間を知っていますから。」

 少し釣り目のよく同僚の審判者に飛び上がって抱き着こうとしている人間を脳裏に浮かべ静人はぼやいた。

「フフ、そうね。葵は智隼と似ているものがあるのだしね。それじゃあよろしく頼むわね。」

「はい。こちこそよろしくお願いします。」

 どうして葵を知っているのかわからないが、気にせずに静人はもう一度頭を下げると、道を駆け抜け勇の家に勢いよく戻るのであった。

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