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女神のお膝元  作者: 常盤野信乃
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入宮編⑥

夕音は布をいくつも腕に抱えて立ち上がる。かなりの量だが、ふらつくこともなく足取りしっかりと勇達の前まで来た。

「夕音、どれだけ持ってきたんだよ…。すげえ量だな…。」

「これでも少ないほうです。風呂敷に入らなかったんですもの。よいしょっ…と…。」

 夕音は床にどさりと布達を散乱させるかの如く置くと、一つ一つ柄を見せるために布を伸ばしてくれる。七つほどあるのだろうか、これを一回で持っていった夕音の筋肉はどこにあるのだろうか。

「静人、好きなものを選んでくださいね。これで私が静人の袿を仕立てますので。もちろん、道着も袴もしますよ。」

「えっ?夕音様が仕立てるのですか…?」 

「夕音はとても裁縫を得意としており、何枚も依頼が来るくらいなんだよ。俺の妹の自慢!」

 何故か葵が胸をはっている。

「神界の女性も下界の女性もそうだと思うが、裁縫を嗜むのは趣味趣向として素晴らしいという考え方だからな。貴族の出なら皆裁縫を幼い頃からしているんだ。静人は裁縫は出来るのか?」

「ミシンがありますから…そんな手縫いは出来ません…。」

 静人は苦笑いを浮かべながら小学六年生の時に作ったエプロンをミシンで気持ち良く縫っていたことを思い出した。

「ミシン…。下界は本当に文明が進むことが許されていて羨ましいです。」

「下界は許されていないのですか?」

 夕音の反応に静人は葵に振り返って尋ねる。

「神界は下界の管理ということがあってな。むやみやたらに文明を進めると、下界になんらかの影響を与えかねないため、神界は文明をわざと進めないようにしているんだ。だから下界に行く審判者はそちらへ行く前にとんでもない量の情報を入れさせられる。」

 葵が自身の体験を思い浮かべたのか、苦い顔をしている。

「葵は記憶力いい方だっただろ。俺はお前よりも何倍も時間がかかったぞ。」

「その代わり、お前、座学だけすれば良かったくらい強かっただろうが。」

「お二方、思い出話はよろしいですから。静人の袴、どれがいいか決めてください。男物ならば動き易さも含めて考えてください。」

 二人が小競り合いを始める前に夕音が間に入って口を挟んだ。二人がそちらを凝視して固まってしまった。

「そりゃあ袴の動き易さとか丈くらいしか気にするところないしな。色は紺だろ。白とか汚れが目立つし。柄物も布が重いし。」

「葵の言う通りだ。夕音様、これ頼めるか?」

 勇が中央に広げられた布を指さして答えた。夕音は頷くと、今度は静人の目の前に立ち、すぐに背後に回ると、外掛けを脱いで静人の肩に乗せた。その重量に静人は肩がズルリと落ちた。

「俺、これ着るんですか…?」

「そうですよ。私は今肩が随分軽いですね。静人、この重さに慣れてください。静人に似合うものはもう決めてしまったので早速帰って仕立てます。そうすると、私はさあ帰って仕事をしなければ!ということで、お兄様私は戻ります。」

 夕音はそれまでの布をかき集めて、素早く風呂敷に包むと、外掛けを紐で膝のほうで結ぶと布のついた傘を被って杖を持ってあっという間に扉を開けて行ってしまった。

「台風みたいだな…。」

 静人はボソリと呟いたのであった。

「さーて、静人?袴が出来たら俺らがしっかりとお前に稽古をつけるぞ。どぎついから覚悟しろよ?それまでは走り込みくらいでいいか?筋力もちょっと調べるか。そのぶかぶかの服じゃ動きにくいし、勇、桶に水汲んである?」

「ある。昨日のうちに汲んでおいたから。当然静人ようにな。静人、さっ、家の裏手に回るぞ。」

「えっ?すこしくらい休ませてくれよ…。」

「おっ、静人が敬語を使わなくなったぞ。」

 つい、口が滑ってしまった。静人は慌てて口を塞ぐ。敬語は別に苦手ではないが、やはり目上の人間にこれはまずい。

「あっ、構わないぞ。逆に敬語の方が俺は面倒だから。名前も勇で呼び捨てでいいぞ。」

「本当に?」

 静人は勇を覗き込むと勇が頭をポンっと軽く叩くと、その意を見せる。静人は距離が縮まったことにすこし嬉しくなって目を細めた。

「………いい笑顔。」

 勇はそれだけ言うと、草履を履いて屋敷を出る。静人もその背後をついて行く。

 屋敷の裏手に回ると、水が汲まれた釣瓶が二つおいてあった。かなりの量が入っており、静人は一歩後ずさりしてしまった。

「おいおい、これくらい持てないと。素振り百本出来ないぞ。」

「素振り?百本?へっ?俺、戦いに行くの?神宮って戦でもしているの?」

「戦はしているぞ。ああ、刀を振り回しているとかそういうもんじゃないぞ。毒とか…隠密とか…。毒の知識も静人は入れておかないとな。食べ合わせとか…。下界とはだいぶ違うし。」

「もう頭がはち切れそうなのにまだ知識を入れなくちゃいけないのかよ…。」

「そういうことだ。さっ、釣瓶を持て。そうだな…三十秒くらいかな…。それくらい出来るか?」

「駄目元でやる。」

 静人は覚悟を決めて腕を捲ると、フンッと力を入れて釣瓶を掴んだ。

「うわっ…。」

 静人は何とか歯を食いしばり、力を振り絞って重みを感じつつ耐える。目でみて重いと思ったが、予想以上だった。腕が段々と下がっていく中、静人は腰が曲がりそうになるが、

「腰を曲げるな。釣瓶を落としてもいい。猫背には絶対になるな。」

「はいっ…!」

 勇の喝に背中を伸ばすと、持ち直すことは出来ず、釣瓶を離してしまった。バシャリと水が地面に飛び散る音がする。

「まぁ、ついこの前下界に来ましたっていう奴はこんなもんだよな。お前、武道をした経験は?」

「ない。中学の授業の剣道は二年生からだし。」

「今日はとりあえずすり足だけしておくか。これ以上筋力訓練をすると、筋肉痛になってしまうし。」

「すり足…えっと…。」

「剣道における基本的な足裁きだ。竹刀笹くれていないのあったかな…。」 

 わからない単語が飛び交う。静人は体育の教科書の中身を思い浮かべるが、如何せん体育の座学を真剣に受けたことがないために思い出せない。

「竹刀っていうのは、竹で出来ているのわかるな?笹くれっていうのはその竹がいたんで、竹が削れてしまったものだ。ちなみにもしこのまま使ってしまうと削れたものが目に入ることもあって危険なんだ。だから剣道におけるそういう竹刀は絶対に使っちゃいけない。勇はとんでもないくらいの量の竹刀をささくれさせるんだよ。困るよな。」

 葵はにやついて勇を見る。勇は葵にため息をつくと、裏手にあった竹刀を掴むと葵に不適な笑みを浮かべた。

「ごめんって!それ、ささくれているだろ?」

「家の外に置いているんだからな。そりゃあな?お前のその軽口を摘むには調度いいだろ?俺も剣術はそれほどうまくないけど、お前の方が下手くそだろ?」

「すいませんでした!だからさ、静人の稽古つけよ?ねっ?」

 葵が何度も勇に頭を下げて平身低頭のお手本のようになっている。

「次言ったら秋月持って来るからな。」

「はい。」

 勇は竹刀を置くと、家の玄関の方へ戻っていく。未だ釣瓶を持っていた腕が痺れている。勇や葵が改めて凄いと思えた。

「明日は狩りを教えるか。葵、昼前には来いよ。来ないと、お前の分全て狩りとってやるから。」

「へーい。」

 葵と勇は互いを見合わせながらにこやかに笑っており、静人は二人の仲の良さを感じる今日この頃であった。

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