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女神のお膝元  作者: 常盤野信乃
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入宮編⑤

静人を気にすることもなく夕音は勇に挨拶をするが、勇は相変わらず微妙な顔を変えない。勇は葵や朔也がどれだけ説得しようが首を縦には降らなかった。しかし、朔也は強引に進めるとして勇は従わざるをえなかったのだ。

 夕音は玄関にあがると、草履を脱ぎ、胸の当たりで括っていた紐を取って、十二単のような服装になる。静人のわずかな平安時代の女性の服装の知識をなんとかふりしぼって思い出し、女性が十二単は普段から着ないことからこれは十二単は違うと思われる。しかし、静人の語彙力で表す言葉はない。

「お兄様、定規は持ってきましたよね?」

「ああ。でも、夕音は計るなよ?お前はまだ嫁に行く前なんだから。」

 葵が家の中の様子を見る夕音に答える。静人より一つ年上の女性だが、この世界での結婚適齢期はいったいいくつなのだろうか。

「わかっています。私は襦袢の上から合わせる役目ですから。それよりも、静人は早く家に戻った方がいいですよ?」

「あっ、はい…。」

 夕音の言葉のままに静人は家にあわてて入った。夕音の声が少しきつかったせいだろうか。

「俺の結界そんなに緩いですか?三重に張ったつもりなんですけど、静人が夕音様と対面したくらいの場所までは女神に気付かれないと思いますよ。」

 勇が答える。勇の話によると、静人は下界の人間であり、神界とは異質な空気を纏っているらしく、普通の神界の人間は気付かない程度だが、女神、及び、次期女神には気付かれてしまうらしい。そのため、勇が結界を張っているのだが、神界の人間は誰でも結界を訓練すれば張れるという下界の人間とは大幅な違いがあることに静人は驚かされた。

 ちなみに結界とは下界、乱界の人間を通さないように張るものらしいが、勇が今回張ったのは特殊なものであり、下界の人間の存在を消すものらしい。ただし、その人間自体は死なずに結界の中で存在できるという。

「そうそう。夕音、勇の結界は審判者でも一、二を争う強さを誇るんだぞ。なにせ、朔也様の護衛と審判者の両方を兼任しているのだから心配すんなって。」

「護衛と審判者を兼任…?お兄様一度もそんなことを言わなかったじゃないですか。初めて知りました。」

「あれ?言ってなかったか。勇は普段から夕音と話さないもんな。」

 葵がぺろっと舌を出しておちゃらけるが、勇の目が鋭い。

「あんまり俺の素性をべらべらと話すな。俺を狙う人間はわかるが、俺がいない際、主が狙われる場合もあるんだからな。」

 勇や葵が「護衛」と言うが、静人は言葉の意味だと思い、まったく尋ねたことはなかったが、二人の会話から察するに特別なものなのだろうか。しかし、朔也が狙われるとは皇族である人間が護衛一人しかいないということの方がよっぽど気になる。

「静人、顔に出てる。まっ、いろいろ教えるから今日はお前のきらびやかな道着と袴を作るんだからな。」

 葵が背後から肩をぽんっと叩いた。

「『きらびやか』はやめてください。俺、派手なのは嫌いなので。あと、そんなに出てました?」

 葵に振り返って静人は苦笑いを浮かべる。

「出てた、出てた。静人、これは訓練しないとな。神宮だったらすぐお前首と胴体が離れちまうぞ。」

「悪い冗談はやめてください。」

 葵はケラケラと笑っているが、言っていることと、想像したことがあまりにも乖離しており、静人は思わず鳥肌が立った。

「三ヶ月もあれば俺達二人で育てるんだ。神宮では泣く子も黙る卑者になるだろうし、静人、そんなに怯えるな。」

 勇も勇だ。冷静に静人を励ましているが、静人をどんな人間にするつもりか。

「お三人方、早く採寸してしまいましょう。私、静人のうちきなども考えたいんですから!私、静人を気に入ってしまったので。」

「袿…?」

 静人は首を傾げるが、両隣の二人の審判者は口元を抑えて笑いをこらえている。

「確かに…っ。うん、これは…。俺も確かに想像したら…。」

「静人、袿っていうのは簡単に家ばと女性用の服の名前だ。つまり、静人の女装用の服まで作りたいということさ。」

「………ええ……。またぁ……?何で…?」

 静人は小さく呟く。女装は慣れたものではない。

「さっ、静人。採寸するぞ。身長いくらなんだ?」

 葵が静人の背中を押しながら勇の家に入れた。勇もその後ろから入って行った。

「えっと…百四十三だから…一尺は三十八センチで…割り算すると…三尺十寸くらいですかね…。」

 竹取物語の記述から一寸のことをなんとか思い出し、音楽の教科書に載っていた尺八の記述を思い出し、静人は頭の中で暗算して答えた。音楽の時間、あまりに眠くて教科書のどうでもいいところを読んで助かったのは人生でこれきりだと思う。

「静人、下界の単位で大丈夫だぞ。俺達は審判者で下界のことはよく知っている。それに、神界がその単位を使っているとは限らないだろう?まっ、この世界の単位はそれで間違っちゃいないけど。」

「あっ…。確かに…。」

 勝手に平安時代の世界観と決めつけていた。確かにこの世界は下界に似ているが、決して同じというわけではない。静人の思い込みで下界の人間だとばれてしまう可能性があることを痛感させられた。

「じゃあお兄様、私は奥の部屋で待っていますのでできるだけ早く採寸を終わらせてくださいね。」

「おう。」

 夕音は寝室でもある奥の部屋に三人が家に入ったことを確認してすぐ行ってしまった。

「静人、よし、さっそくだが、服を脱げ。身長はだいたいわかったが、胸囲や股下も重要だ。定規はここにあるし。」

 葵は懐から定規を取り出した。小学校でよく見る数字の書かれていない木製の印で目盛りが刻まれている五十センチのものだ。

「わかりました。脱ぐので、後ろ向いてもらっていいですか?脱いでいる姿見られるの男同士でもさすがに恥ずかしいので。」

「了解。」

 くるりと二人が同時に静人に背を向ける。

 静人は勇から貸してもらっていただぼっとした袴と道着を脱いでいく。袴が静人の身長に対してかなり長いものであり、よく裾を踏んで転げていた。道着も道着で袖が長く、汁物を飲む際も濡れてしまいそうで気をつけなければならなかった。

「終わりました。」

 道着と袴を脱いでも全裸というわけではない。「さらし」といった白い糸でできた織物をお腹辺りから巻いて隠す部分を隠しているのだ。

「改めて静人の肢体って女性っぽいよな。勇、はと胸だった?」

「ああ。」

 この卑猥な会話、どうにかしてほしい。二人とも十代男とはいえ、下界だったら訴えられてもおかしくない会話を躊躇いもなく話している。静人はどうにも神界のこういう部分には慣れない。

「よし、計るから。静人じっとしておけ。あと、そんな顔を強張らせるな。俺達は変なことする気はさらさらないからな。」

 葵が肩を落として、ため息をつく。ただ、あんな会話をされると、警戒されるのもわかって欲しい。

 静人は葵の言うままにじっとして、身長、股下、胸囲などを順序通り計られると、再び着替えた。

「やっぱり、小さいな…。股下と胴体だったらやっぱり胴体の方が長いな。」

 葵がにやついて静人の顔を見るが、静人はそっぽを向いた。

「もういいですから。あとは皆さんで決めてください。色とかにこだわりはないですから。」

「そんなに拗ねるなよ…。悪かったって…。」

 葵が顔の前で手を合わせて謝罪の形を見せる。静人もそれほど根には持ちたくないためわかりましたと言って、静人は夕音を呼びに行く。

「夕音様、終わりましたよ。」

 襖を開けて瞬間、夕音の顔が静人の目に映った。

 葵の妹とは思えないほど美しく、可憐であった。それはもう言葉では表せないくらいに。

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