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女神のお膝元  作者: 常盤野信乃
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入宮編③

「それくらいの歳なら神宮に紛れ込ませても良さそうだな。」

 朔也が含んだ笑みを浮かべると勇が予想だにしなかった主の発言だったのか驚いた表情そのままに自分の主人の方へ即座に振り返った。

「確かに、処刑するのは惜しいと言いましたけど、今年の神宮に入れるとか自殺しに行くようなものですよ。主が側男として彼を御殿にいれるんですか?」

「いいや、卑者としてだ。」

 さらりと答えた朔也に勇は立ち上がって、朔也の側まで物凄い速度でまさかのはいはいで近づいた。

「いやいや、卑者って…!ええ…。今年ですよ?例年でも卑者となる人間は相当家庭が追い込まれていたり、土地を持たない農民の子供ですよ。そんなくらいの恐怖と絶望しかない場所に神界のことをまだよく知らない子供をあと三ヶ月で教育して入れるとか正気の沙汰ですか?静人が生き残るという確証でもあるんですか?俺はもっと、この子を丁寧に扱った方がいいと思いますよ!」

 勇は立て板に水の如く、朔也に身振り手振りも含めて必死で説明しているが、朔也はそれをニコニコと聞き流しているだけだ。

 静人は勇がそれほど止めようとする「卑者」がどれだけ酷いものか大奥の一番下の位である御末を想像し、ぞくりと肩を震わせた。

「うん、俺は確証があるから言っているんだけど。だいたい、卑者の利点を知らないのか?」

「卑者に利点なんてありますか…!」

 勇が泣き声にも近い高い声をあげている。

 最中、ガラガラと音を立てて、また新しい男がやって来た。男は扉を開けたその瞬間頬を緩めて、意地悪な笑みを浮かべた。

「勇がそーんな顔するなんてな!うわ、今絵師でも呼べば良かった。」

「葵?どうして俺の家に?」

 葵と呼ばれた男は短く切り込んだ髪に日の光に照らされた透き通った釣り目の青い目が特徴的な溌剌とした口ぶりだ。

「いや~、たまには立ち寄ってみようかなって。俺は基本審判者のお使い役だろ?対して仕事もない暇人だからさ、今日非番の勇の家でも……って、朔也様を家に連れ込んで何してたんだよ?お前は相手がいるというのに。」

「お前はどうしてそっちの方向にしか頭が働かないんだ。あと、別に相手はいないから。」

 葵はどうやら静人には気づいていないらしい。先程まで四つん這いになって朔也と話していた勇達しか視界には入っていないと思われる。

「まったく、俺はずっとお前が受け入れることを…って、誰?その子?えっ?服装、下界のものじゃねぇか。」

「ああ、そういえば主と俺以外には話していなかったな。」

 静人はペコリと正座したまま頭を下げると、葵はにこりと笑ってくれた。

「詳しく説明してもらおうか?お二人さん。」

 葵はどっかりと朔也の隣に座ると、勇が一つため息をついて、ことの顛末を話した。葵はその話しにすぐに顔をしかめた。

「おいおい、わがまま女神に外部の手の奴らって来るって神界終了のお知らせが来てんじゃねぇの?」

「お前、審判者が整理している書庫の本読んでいるだろ?悪い冗談はやめろ。確かに神界終了お知らせに近いものには来ているが、まだ回避できる方法があることくらい知っているよな?」

「知っているけど、俺達がどうにもできないだろうが。」

「葵、だからこの少年を神宮に入宮させるんだ。」

「だから、主、今年はまずいですって!いくらなんでもこの子にそんな重圧をかけちゃいけませんよ。」

 勇が考えを変えようとしない朔也に声を荒げるが、そんな勇に葵は肩を組んで顔を覗かせた。

「神宮ねぇ…。そんなやわな場所じゃないのに神界の『し』も知らない少年を使うわけ?朔也様もこの少年に何を期待しているのです?」

 葵は、決して優しい人ではないらしい。すると、先程の笑みが少し怖く感じる。

「葵、お前は来たばかりだからな。静人は大場けする存在だ。甘く見てると、お前も寝首をかかれるぞ。」

 朔也は冷たく静人を見る葵を咎める。葵は静人をじっと見つめるため、静人も集中力を切らさぬよう葵を見つめ返す。鋭い目つきに押されそうだが、なんとか拳を握り踏ん張る。

「へぇお前、やるじゃん。俺さ、目つきの悪さには自信あるんだけどな。みーんな少しでも目を細くしたら逃げるんだぜ。」

「自信を持つものがちょっと変わってますね。俺には絶対無理なので素直に凄いと思います。」

 静人は重圧から誤魔化すように口角をあげるが、相手もわかっていたようで、

「俺や勇以外には通るくらい上手だな。」

 と表情を戻した。

 静人はホッと一息つくと、気づくと自分に影がさした。顔をあげると葵が静人を見下ろした。

「お前は朔也様の言う通り、神宮に行かせた方がいいと思う。勇、確かに今年はとんでもない年になることは間違いないが、こいつは絶対に末子を守ってくれるさ。」

「末子…?」

 静人は首を傾げる。

「神界における次期女神に次ぐ権力を持ち、次期女神が育てることになっている子供さ。どんな傷でも癒すことが出来る能力を持ち、後に新しい宮家を与えられるんだ。そのため、末子の父親は外戚として権力を振るうことが出来るのさ。『末子の父親の家』だからくらいまかり通るくらいの巨大な権力を得られるんだ。」

「それが今年ということですか…。」

 静人は母が見ていた大奥の時代劇を思いだし、ぶるりと肩を震わせた。

「そうだ。だがな、末子はこの二千年誕生していない。」

 勇が声を低くして発言した。声音でそれがとんでもないことは見て取れた。二千年という数字も静人は意味がわからない。

「まあ、その前にまずは色々と静人に教えにゃならんことがあるんだけどな。神界は、下界を管理している役目を持っていて、そこがこの二つの世界の明確的な違いだ。」

「神界が管理する?」

 静人は意味がわからずまた首をひねった。

「まぁそうは言っても、自然に任せるというか、過干渉は絶対しない。だが、この神界と下界は繋がっており、下界が不安定になれば神界も不安定になる。当然、逆もしかり。まあ自然災害など天災はそれは自然なこととしている。もちろん人災は違うぞ。例えば、そうだなお前達の世界でいうなら、世界大戦とか?あれはうちら神界も大変だったんだぞ。あちこち人斬りが出て、治安が悪い、悪い。俺達の仕事の量がとんでもないことになったんだから。」

 葵の発言に勇は同じくうん、うんと何度も頷いた。

「ん?世界大戦って少なくとも七十年以上前ですけど、皆さん、いくつですか?」

「神界と下界の時の流れはだいぶ違うからな。葵も俺も十九だけど、下界の人間二百年くらい生きているな。だからおよそ六年前になるのか。俺達新人の時じゃないか。だからしんどかった思い出しかないのか。」

 勇は苦笑いしているが、静人は地面に計算図を書きながら下界と神界の時の流れを確認する。神界の六年前が下界のおよそ七十年前ということだから、神界の一年は下界の十二年ということだ。

「うわぁ…。俺まだ一日も過ごしていないけど、もうだいぶ経っているよなぁ…。」

「てか、お前本当に冷静だな。さっさと計算しているじゃないか。そうだな。何せ、時の進みは同じだけれど下界の一年が神界の一ヶ月、何せ、神界で一日過ごせば下界は約十二日経っているのだからな。今お前は二日ほど行方不明になっている。」

 さらっと言われたが、これはもう家族の無事をここで祈るしかない。改めて現実を突きつけられた。

「そういや、何で下界は神界のことを知らないのに神界は下界のことを知っているんですか?どちらも知っておけばより管理しやすくなると思いますが。」

「ああ、それ?下界がもう一つの世界と繋がっているからさ。」

「もう一つの世界…。」

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