入宮編②
静人は男の発言に耳を疑った。言葉の意味はわかるが、内容はまったく理解できず、半笑いの声をあげて発言の意味を考えないように脳を動かそうとするが、男はそんな静人の顎を両手で挟むようにしてぐいっと掴み、男の方へと無理矢理向けさせた。
「冗談じゃないぞ。お前は家族ともう二度と会えない。どれだけ願ってもな。こちらへ来てしまったということはもうこちらの人間になってしまったことだよ。つまり、下界の人間ではなくなった。現実から目を逸らすな。」
男は先程までの不敵な笑みを引っ込め、無表情だが言葉の一つ一つが鉛玉のような威力を持たせた口撃で静人を脅した。
「……………。」
理解したくなかった脳内は男の言う通りで男の言葉通りにしろ、つまり、現実を受け止めろ命令して来る。男の圧力を避けるためにも。
「もちろん、そんな簡単に受け入れることは出来ないかもしれない。だけど、下界の人間がこちらへ来た瞬間許されないんだぞ。本来は即処刑だ。今現在ここで生きているだけすごいことなんだ。」
静人は運が良かったということだ。しかし、二度と家族と会えず、生活出来ないという残酷な宣告を聞かされるくらいだったら一思いに殺して欲しいくらいだ。それほど静人にとって今の宣告は受け止め難かった。
「そんなに受け止められないか…。きっとお前の家はとても幸せだったんだろうな。」
一瞬、静人の顎を掴んでいる男の手が緩んだ。男の顔を見れば目を細め、静人に羨望の眼差しを向けている。発言から鑑みるに男は家族に恵まれてこなかったのだろう。この目はかつての静人が近所の虐待され、保護された子供から向けられた目にそっくりだ。
静人もこれには男の目のあまりの虚しさにそれ以上下界の家族のことを考えるのを止めさせられた。男の目を見て自分が贅沢を望んでいたことを自覚させられたからだ。
「あなたは俺を生かしてくれたんですか?」
完全に家族と会えないということを受け入れたわけではないが、うじうじと考えても男の気持ちを察すると少し受け入れることができたのだ。殺されるはずの自分が生きているのだ、今はこの先自分がどうするか考えることにしよう。
「そうだな。お前が正規の道筋で神界から来なかったから情報が欲しいと思ったんだ。でも、気が変わった。お前は神界で生かしても価値がある。下界の人間の気配なんて一月もすれば消えるはずだろうし。俺がここでお前を育てる。」
ずいぶんと気に入られたものだ。
「いったいどこに俺に価値を見出だしたんですか?」
「物おじしないところだな。状況が変わって落ち着かなくてあっちやこっちには行かず、冷や汗一つかいていない。こんな将来が期待できる奴を殺すのは惜しいだけさ。それに、お前にはやってもらいたいことがある。」
額にしわを寄せると、男は口角をあげた。しかし、静人のやはり脳裏に家族の笑顔が散らつき、ここでの生活に不安を覚える。
「お前、死にたいのか?いい加減、家族のことは忘れろ。」
静人の不安の色が顔に出ていたのだろう。男のきつい言葉が静人の胸に飛んできては重たくのしかかる。先のことを考えようと決意したが、上手く心は動かないものだ。
死にたくない。しかし、ここがどういった場所かわからない以上、生活できるのか不安であるし、今頃静人を失った家族はどういう顔をしているのだろう。
「しゃんとしろ。せっかく腹を痛めて生んでくれたお袋さんのためにも生きろ。」
どこの熱血漫画の台詞だろうか。しかし、勇の言う通りだ。静人がこの境遇に怖じけづき、何も出来ないならそれこそ親不孝というもの。生を与えてくれた母のためにも父のためにも。
「……父さん、母さん今までありがとうございました。ちょっと早い親離れだったけど俺は元気でやるので。」
静人はぼそりと呟くと、男は満足したように静人の頭をくしゃくしゃと撫でた。少しだけ嬉しかった。
「頑張ったな、少年。やっぱりこの短期間に受け入れるお前は生きるべきだな。俺が手取り足取りこの世界のこと教えるから。」
「少年じゃありません。川岸静人です。俺にもちゃんと名前あるんですからね?」
「それじゃ、静人…。」
その時だった。
ガラガラと引き戸が開かれ、外から天色の道着と白い袴を着た男が入ってきた。長い紙は赤い紐で一つまとめにされており、栗色の髪が風になびく姿が美しい。
「主、ほんといいところで入ってきますね。ちょうど良かったですけど。」
男が敬語を使うということは男よりも身分が高い人間であることは間違いないだろう。
「静人、挨拶しろ。こちらは神界の皇族の一人、女神の長男で朔也だ。」
「こ、こんにちは…。」
「女の子?」
きょとんと首を傾げて、静人に対して一言目がそれとは想像できなかった。静人も肩透かしをくらってしまい、床にひっくり返りかけた。何とか体制を立て直すと、首を派手に横に降った。
「えっ?男?」
「そうですよ主。見りゃわかるでしょう?どこをどう見たら女に見えるんですか。」
勇がこめかみを押さえながら呆れているが、静人自身、女の子に間違えられるなんてしょっちゅうであり、たまに男装しているのかとさえ聞かれたことがある。何せ、自分で言うのもあれだが、身長も女子の平均くらいしかないという程、低身長っぷりである。逆にどうやって静人を一目見た瞬間、性別を当てた勇はさも当然かのように言っているのかその理由を尋ねたい。
「すまないな。だがしかし、お前、ほんと、見た目で判断する能力長けているよな。だいたいお前が見た目で判断した人間像当たっていることが怖い。」
「そりゃどうもありがとうございます。でも、そんなこといいので、主、静人から話しを聞きましょう?」
勇の主への態度が酷い。かなり雑に扱っているが、目の前に立つ主は慣れているのか草履を脱いで玄関をあがると、囲炉裏を挟んで静人達の目の前であぐらをかく。
「先に少しだけ聴いたんですけど、静人はどうやら正規の手段でここへ呼び出されたわけではないようです。だから、ここを知ってわざわざ下界からこんにちはではないですね。」
「だろうな。それくらいは予想がついたが、静人と言ったか?お前、ここ、神界へ来る前後のこと覚えていないか?」
「鮮明に覚えていますよ。何せ、目が覚めたら二度と家族に会えないと宣告される異世界に飛ばされたんですから嫌でも頭をいったん整理してしまいますね。」
静人はケロリと言ってのけたが、朔也の反応が意外だった。特段変なことを言ったつもりはないが、朔也は目を大きく見開き、口を少し開けて驚いている。
「すごいでしょう?物おじしないところとか、この冷静さ。惚れ惚れしますよ。処刑なんか惜しいですよね?」
「まったく、お前、何か幼い時に辛いことでもあったか?そうじゃなきゃこんなに早熟するもんじゃないぞ。」
朔也の言う通り、静人は周りから大人びすぎているだの、子供にしては頭の回転が異常だと言われた過去がある。しかし、残念ながら世間一般でいう「普通」の家庭で育った人間であり、無い物ねだりをするくらい恵まれていた。
「生憎、俺はただの十三歳です。暗い過去も家庭の事情もありませんから。ただ、大人っぽいのは事実ですね。」
「じゅうさんさい?」
勇が先程の冷静さが感じられないほど素っ頓狂な声をあげて口をぱくぱくさせている。朔也も同様に組んでいた腕をだらりと解いて驚いたままその場から動けなくなっている。
「お前、そんなにいっていたのか。てっきり十歳くらいかと…。」
「下界でいうと、中学一年生ですから。低身長故に必ず小学生に間違えられますけどね。」
静人はにんまり笑うと、来年も絶対に小学生料金でいろいろ行けたなと想像するのであった。




