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女神のお膝元  作者: 常盤野信乃
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入宮編①

池の鯉が勇の頭の高さと同じくらい跳ねて、また池に戻っていった。

 本来、鯉がそれくらい跳ねれば驚くことだが、勇は「そんなこと」はどうでもよく、気を失った人間を背中に乗せ、地面に食い込むようにして倒れている目の前の主に目を奪われていた。手をばたつかせて、何とか地面からはいだそうとしており、勇はその手を掴んで引っ張り上げた。引っ張り上げられた主はゼエゼエと肩を揺らせ、息を吐いて、呼吸を整えようとしている。

「主、何があったんです?」

 勇は主に目の前に寝ている人間を指差して尋ねる。

 主は今日も神界の皇族とは思えない肌寒い冬の日にもかかわらず、薄着の天色の道着に白の袴という格好であり、長く伸びた髪も纏めず眠そうな顔をしていた。今年十七になる主だが、歳よりも大人に見えるほど凛々しい目に整った面立ちは父親そっくりだ。決して特段美少年とはいえないが、世間一般でいえばかなりの部類には入ると勇は判断する。

「いや、朝の散歩に池を見ていたら空から男の子が降ってきた。」

「主、そういう冗談はついても嫌われますよ?」

 勇は未だ地面に突っ伏し、気を失っている少年と思しき人間を見下ろしながら言った。

 今更気付いたが、少年の格好は神界の人間のものではなく、下界のものである。

 下界、神界と繋がった神界が管理しなければならない世界であり、下界の人々は「日本」という国として存在している思っている。もし、神界が戦争になれば下界は火山が大噴火をし、沢山の死傷者を出してしまうといった具合に神界と下界は親密だが、下界から神界への行き来は許されていないどころかできないようにその繋がりには結界が張ってある。さらにもし、何かの手違いで下界の人間が神界に来てしまってもそれは結界から入ってくる場合のみであり、空から降ってきたなどありえない。

「冗談でどうにかしようと思うのはお前だけだ。俺はそんなことは絶対にしないからな。」

「案外、冗談って気持ちは楽になりますよ?主はわからないでしょうけど。まぁ、そんなことはいいんです。仮に主の言ったことが本当だとして、この子どうします?女神に渡しますか?」

「…………お前、俺がお前に嘘ついたことがると思うか?」

「残念ながら一度も主の冗談は聞いたことがありませんので本当ですね。根に持つのはわかりましたから、この子ですよ。処罰するなら俺がさっさと処刑しますよ。」

 主の険しい目線がこちらへ向けられるが、勇は慣れたことのため無視した。

「空から降ってきた訳が知りたい。何があったのかわからない以上、簡単に処刑したら重要な事を逃してしまう可能性も高い。ひとまず勇、お前の家で預けられないか?」

「わかりました。主の御殿は絶対に無理ですものね。じゃあひとまずこの子は俺が預かっておきます。主はさっさと神宮を抜け出して来て下さいね。俺は茶巾ちゃきん門から出ますので。」

 主は頼んだというと、御殿へと戻っていく。勇は少年をおんぶすると、茶巾門へ向かう。

 神界の皇族、長である女神とその側室住まう御殿と勤める女性が働く御殿がある神宮しんきゅうは「表」と呼ばれ正門である紫蝶しちょう門の他に入口が三つある。一つは女性が神宮の仕事をこなす杏凛あんりん殿に一番近い星希せいき門、一つは女神の住まう御殿に一番近い凰令おうれい門、そして、勝手口として本当に小さな抜け穴のようなもう寂れて使われていない楓翔ふうしょう門こと、別名茶巾門である。

 赤色の門が寂れて茶色になり、雑巾の如く汚れていることから勇達審判者の間でそういう風に呼ばれているが、この門、見張りがまったくついていないことから抜け道のように勇や主は他用している。

 しかし、その茶巾門まで行くには周りの人間を気にして行かなければいけない。今は朝の総ぶれの時間帯であり、主以外の皇族は側室を含めて皆茶巾門の通り道に存在しない女神の御殿での大広間に集まっているため、これは警戒しなくてもいいだろう。警戒すべきは早く来てしまい、散歩しているかもしれない杏凛殿に勤める女性達だけだ。それほど警戒することもないが、一応慎重に進むべきである。

 主が住まう貞登殿の門からそろりと顔を覗かせると、辺りは当然静まり返っており、急いでいけば誰にも見つからずにすむだろう。勇は少年を今一度確認すると、一気に駆け出した。

 茶巾門までは予想よりも早くついたような気がしたが、勇は急いで茶巾門を開け、そのまま神宮から出たのであった。

 ホッと一息つくと、三日ぶりに帰る自分の家へ向かう。あとはもう誰に見つかっても問題はない。勇はのんびりと家路に着くのであった。


「…んぅ…。」

 静人が目を覚ますと、側には大きくぱっちりとした丸い目に顔までそれなりに丸いという青年がおり、こっちを睨むようにして見ていた。しかし、元の顔からか、それほど怖くはない。静人は状況が飲み込めず誤魔化すように苦笑いを浮かべ、目を逸らした。

「起きたな。」

 静かに放たれる男の声に静人は思わずビクリと反応してしまい、おもむろに体をあげて、敷布団の上で何故か正座をしてしまった。相手はわけがわからないという顔をして、静人を見つめた。当然の反応だ。

「あ、あの…。ここ、どこですか?俺さっきまで家にいたはずなんですけど…。」

 静人が朝起きてすぐに顔を洗いに玄関に向かったはずだが、起きた場所は見知らぬ木で出来た天井であり、部屋の中央には囲炉裏があるというタイムスリップしたかのような現場となっていた。

「家か…。ということは外ではない。………お前まさかとは思うけど、神界のことを知っているか?」

「ふぇ?」

 静人は目の前の人間が何を言っているかわけがわからず間抜けな声をあげてしまった。「神界」とはいったい何のことであろう。

「なるほど。お前は正規の道筋で神界に来たわけではないということはわかっていたけれど、当然といえば当然の事、本人が神界のことはわからないとなればお前は誰かしらに無理矢理こちらに呼び出された可能性が高いな。空から降って来るなんてどんな強引な手法を使われたんだ。」

「あの、俺、状況がまだ飲み込めないんで、いちから説明していただきたいのですが…。」

 静人は目の前で勝手に納得している青年の独り言に口を挟んだ。呼び出されたの、神界だの、空から降ってきただの、静人には飲み込めない単語ばかりだ。

「どうするか…。女神は下界の人間にかなり意識を持っているし、もしかしたら気配を感じているかもしれない…。家に結界を張る前に勘づかれていなければいいが…。」

 この男、静人とまともに会話する気はないらしい。下界などまたわからない単語が出てきたが、先ほどの神界という単語から組み合わせれば、静人が現在迷い込んでしまったここがおそらく神界であり、静人が先ほどまで生活していたのが下界だろう。

 しかし、確証はないため、静人はやはり青年と話しをしたい。一人でさきほどからぶつぶつ言っているが、静人は意を決して男のおでこに中指と親指で輪を作って勢いよく中指を押し当てるように離した。下界でいう「デコピン」だ。

「いてっ!何するんだ。」

 男の意識が静人へ向いた。男はおでこをおさえてこちらに怒りの目を向けるが、むしろ静人としては良かったとさえ思う。

「俺の話しを聞いてください。」

「あっ…。すまない…。お前だって下界から急に神界来させられて混乱しているのにな。」

「やっぱり、あなたの言うことを整理していたんですけど、ここが神界で、俺らの世界が下界何ですね?」

「そうだが…。お前、冷静だな…。普通混乱して話すらできないと思うが。」

「そうですね。混乱したかったですね。でも、話しを聞いてくれないおかげで落ち着きました。ありがとうございました。」

 静人はわざとうやうやしく頭を下げた。

「………すごいな。この返しといい、冷静な判断能力。こちらが恐ろしくなる程だ。だからかな。次の言葉は言いにくいが…。まあ、その時はその時だ。………少年、次に俺が言うことにはさすがにそんなに落ち着けないだろうな。」

 男は面白そうにニヤリと笑って静人を挑発する。静人は何が面白いのかわからないが、男の発言に耳を傾け、固唾を飲んだ。

「何ですか…?」

「お前、二度と帰れないぞ。下界に。そうだな、お前らの言葉で表すなら日本人として元の世界には戻れないだな。」

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