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公爵令嬢アリーナの戦い・2

 次にアリーナは、そのメリーギ男爵について詳しく調査をするように依頼した。

 ここまで念入りに事を運ぶのは、グロリアが近づいたのが、セストを除けば高位の貴族の子息ばかりであったからだ。セストも、いずれもっと大きくなったであろう商会の跡取りである。

 しかも、揃いも揃って女ひとりに陥落させられるような単純な者ばかり。

 傀儡にするには最高の人材だ。

 そう考えると、グロリアはただの男を誑かす悪女ではなくなる。

 誰かの命令を受けた工作員だとしたら、まず彼女を確保したあとに、その裏を探る必要があるだろう。

 だがアリーナは、グロリア本人のことはそう重要視していなかった。何度か対面したことがあったが、性格の悪い普通の少女だ。

 警戒すべきなのは、その背後にいる人物。

 今頃は、陥落したはずの男たちが次々に失脚して、危機感を持っているはずだ。

 おそらくメリーギ男爵程度ではない。

 もっと背後にいて、静かに事の成り行きを見守っている。もしグロリアが失敗したら、メリーギ男爵とグロリアは切り捨てられ、痕跡も残さずに撤退するに違いない。

 それを思えば、王太子であるリベラートに構っている時間はない。

 この国の王太子であるが故に逃げ場などなく、ひとりでは何もできないだろうリベラートよりも、まずグロリアを何とかしなくてはならないのだ。

 忙しいアリーナにとって、リベラートが自分を放っておくのは好都合。

 婚約者であるアリーナではなく、グロリアをパートナーに選んで夜会に参加するのも、彼女を観察するにはうってつけだ。

 アリーナが注意深くグロリアを観察していても、周囲は婚約者と踊る女性を悔しそうに見ているとしか思わないだろう。

 今夜の夜会もまた、リベラートはグロリアを連れて参加している。

 彼女は、リベラートに贈られただろうドレスを着て、得意げにアリーナの前を通り過ぎて行った。

 今日は若い貴族ばかりの交流会のような夜会だ。国王夫妻は参加しない。だからこそリベラートも、グロリアを連れてきたのだろう。

 グロリアがこちらを一瞥して、得意そうに笑う。

 普通なら、自分を崇拝していた男たちが次々に表舞台から姿を消したことに、危機感を抱きそうなものなのに、彼女はリベラートが残っていることに安心しているようだ。

 彼が王太子であることを考えると、おそらくグロリアも彼女の背後にいる者も、本命はリベラートなのだろう。

 だとしたら彼には、もう少し囮でいてもらう。

 どうせこのような失態を犯した彼が、このまま王太子でいられるはずがない。多少危険な目に合ってもかまわないだろう。

 踊るふたりを見つめるアリーナに、周囲からさまざまな視線が向けられる。同情、憐憫、侮蔑、嘲笑。それらを避けるように、扇で顔を隠す。

 彼女の視線は常に、グロリアに向けられていた。見る人が見れば、嫉妬するどころか、アリーナはリベラートを認識すらしていないことに気が付いたに違いない。

「ああ、アリーナ。何ということだ」

 ふいに声を掛けられて、アリーナは視線だけをそちらに向けた。

 背の高い、すらりとした細身の青年が、憐みの視線をこちらに向けている。

「ジェラルド殿下」

 それがリベラートの弟のジェラルドだと気付いたアリーナは、面倒だと思いつつ、優雅にカーテシーをする。

「婚約者の君を放っておいて、平民の女性を王城に連れて来るなんて。兄上は何を考えているのだろう」

 彼の憤りはもっともだが、そうしてもらわないとアリーナも困るのだ。だから、少し悲しそうに俯くだけで、何も言わなかった。

「僕なら、君を大切にするのに。そんな悲しそうな顔、絶対にさせたりしない」

 熱のこもった言葉だが、彼は兄が失脚し、自分が王太子になることを望んでいる。それには、アリーナの父であるインサーナ公爵の後ろ盾が必要になる。

 だが彼は、第三王子なのだ。

 父の本命は、穏やかで聡明な第二王子のルキーノだ。彼はあまりにも野心家すぎる。父がジェラルドを後押しすることはない。

 だからアリーナは、ここで初めてリベラートを見つめた。得意げにグロリアと踊る彼を見て、切なそうに目を細める。

「それでも私は、リベラート様の婚約者ですから」

 リベラートを慕っているように見えただろうか。そう思いながら、ちらりとジェラルドを見ると、彼は悔しそうに俯いていた。どうやら成功したようだ。

「でも、気を付けたほうがいい。兄上は君を、何としても婚約者から引きずり下ろすつもりだ。もし危険だと思ったら、僕を頼って」

 そう言うと、立ち去っていく。

 きっと彼は、リベラートが何をするつもりなのか知っている。それはリベラートの共犯者などではなく、兄を失脚させるために、常日頃観察しているのだろう。

(そこまで教えてくださるのなら、具体的な方法も伝えてくださったらいいのに)

 その後ろ姿を見送りながら、思わず溜息をつく。

 おそらくジェラルドは、アリーナが自分に泣きついてくるのを待っているのだ。だが、そんな日は永遠に来ない。

 罠を仕掛けるのはリベラートでもジェラルドでもない。

 この、アリーナなのだから。


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