公爵令嬢アリーナの戦い・1
いつもの仲間が集まって、恒例のお茶会が開かれた。
薔薇はもう散ってしまったが、手入れの行き届いた庭では、他の花が可憐に咲いていた。
インサーナ公爵家の令嬢アリーナは、そっと彼女たちの様子を伺う。
子爵令嬢のメリッサは、いつもと変わらず元気なようだ。
彼女の婚約者だったセストは、昔からよく知る幼馴染だと聞いていたから、無事に婚約を破棄しても落ち込んでしまうのではないかと心配していた。
でもメリッサにとってセストは、そこまでの存在ではなかったらしい。
むしろ思い入れがあるのは、彼の商会で扱っている魔導具のようだ。商会が新しいパトロンを見つけて業務を続けると聞いたときは、むしろ喜んでいた。
彼女曰く、一般的な幼馴染に対する情くらいは抱いていたが、迷惑を掛けられたことですべて吹き飛んでしまったらしい。
「自分のことを薄情だとは思わないわ。だって彼も商人の息子ならば、自分だけ利益を得るような関係が、成立するはずがないと知っているでしょうに。わたしのことを貶めて、それなのに援助だけは得たいなんて、わたしのこともお父様のことも馬鹿にしているわ」
メリッサはそう言った。
「いくら政略結婚でも、相手に対する敬意と譲歩は必要だわ。だって家族になるんだもの。それができない相手なら、いらないわ」
メリッサの父は庶子で、彼女は町で育ったらしい。
でも変に卑屈にならずに自分の考えをしっかりと持っていて、アリーナも彼女のことを好ましく思っていた。
「婚約者を決めるのは父だけど、また変な男だったら何度でも戦うわ」
そう言って、彼女は笑う。
昔なら、婚約破棄を恥と思うのは女性の方だった。だから男性側に非があっても、それを黙って受け入れた人も多いと聞く。
でも時代は大きく変わっている。
自分たちの親の世代なら当たり前だったことが、今はもう通用しない。
親世代では珍しく、現代的な思考を持っているのがルチアの父だった。娘に興味があることは何でも学ばせ、その視野を大きく広げた。
そんなロッセリーニ伯爵家とザニーニ伯爵家の縁組は、最初から相性が悪すぎた。ザニーニ伯爵家は昔から保守的な考えで、女性の社会進出を快く思っていなかった。そんな家にルチアが嫁げば、きっと苦労しただろう。
彼女もそれをよくわかっていたようで、最初から用意周到だった。
オルランドの不貞行為で婚約を破棄したというよりは、それすら利用して婚約破棄を勝ち取ったと言えるのかもしれない。彼女の完璧な根回しの前では、さすがのザニーニ伯爵も黙って慰謝料を払うしかなかったようだ。
ルチアはもう結婚するよりも、王城に勤める文官になることを目指しているようだ。女性で文官になった者はまだ誰もいないが、彼女ならやり遂げるかもしれない。
婚約破棄によるダメージは、まったくないようだ。
問題は、カルロッタだ。
アリーナはいつもより口数の少ない彼女を見て、心配そうに目を細める。
彼女の婚約者は宰相の息子で、カルロッタの親戚でもあるマウロだった。幼い頃のカルロッタはマウロに夢中で、それで身内同士の婚約が決まったらしい。
だから最初からマウロは、カルロッタが自分のことを好きだと知っていた。後から聞いた話によると、彼もまたカルロッタを愛していたようだ。
それがなぜ、あのような行為に結びつくのか、アリーナには理解しがたい。マウロは自分がカルロッタに愛されていると知りながら、別の女性とばかり過ごした。
彼女の目の前で、まるで見せつけるように他の女性とダンスをしていたときは、カルロッタの代わりに平手打ちをしてやりたいと思ったくらいだ。
マウロは愛する女性を不安にさせないように気遣うどころか、嫉妬してもらうことに愉悦を感じていたのだ。もう彼は遠い地方に行ってしまったが、一度くらいは叩いておきたかったと今も思う。
それでも自分の恋心がきっかけで結ばれた縁談だ。それを思うとなかなか言い出せず、その恋心が砕け散ってしまうまで、我慢を重ねてしまったらしい。見た目通り繊細なカルロッタが立ち直れるように、傍で支えなければと決意する。
(そして次は私の番ね……)
これからのことを思い、気を引き締める。
アリーナの婚約者は、王太子であるリベラートだ。
まだ王子の身分の頃ならまだしも、王太子になってからこのような騒ぎを起こすなんて、そこまで愚かな男だとは思わなかった。しかもこの一連の婚約破棄の原因ともいえるグロリアを、彼らに引き合わせたのはリベラートなのだ。
むしろグロリアがリベラートを利用して、彼らに近づいたのかもしれない。
お茶会を終えて自分の部屋に戻ったアリーナは、グロリアに関する調査書に、もう一度目を通した。
彼女は平民なので、学園に入学するためには後見人が必要となる。その後見人は、メリーギ男爵。アリーナは彼とグロリアがどんな関係であるのか、さらに詳しく調べてみた。どうやらグロリアの母とメリーギ男爵は、とても親しい間柄らしい。おそらく愛人だろう。ザニーニ伯爵もそうだったが、一夫一婦制が定着しつつあるこの国でも、まだ妻の他に愛人を持つ貴族は存在している。
グロリアは、そのメリーギ男爵の娘なのかもしれない。




