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侯爵令嬢カルロッタの場合・1

 ラメッラ侯爵令嬢のカルロッタは、その類まれな美貌で、学園内でもかなり有名な少女だった。

 煌く金色の髪は、ゆるくカーブを描いて細身の身体を包み込んでいる。緑色の大きな瞳は、まるで宝玉のような煌き。そして温厚で優しい性格。彼女に憧れ、崇拝に近い想いを抱いている者もいた。

 そんな彼女の婚約者は、二歳年上のマウロだ。

 この国の宰相の息子で、カルロッタにとって彼は、それなりに近い親戚でもあった。だからこの婚約は親同士が決めたものではあったが、互いに幼い頃からよく知る間柄なのだ。

 その婚約相手のマウロにカルロッタが抱く想いは、かなり複雑なものだった。

 まだ幼い子どもの頃のカルロッタは、マウロのことが好きだった。

 優しくて、頼りになる兄のような存在。将来、彼と結婚するのだと聞かされて、その日の夜は嬉しくて眠れなかったことを、まだ覚えている。

 幼い愛だった。

 でもカルロッタの想いは、間違いなく本物だった。

 彼と結婚して、しあわせになる未来を夢見ていた。周囲の人たちもそんなカルロッタを優しく見守り、将来が楽しみねと言ってくれた。

 それなのに、優しかったマウロは成長するにつれて変わってしまった。

 カルロッタ本人がそうであるように、その親戚には美形が多く、マウロもまた人目を惹く美貌だった。カルロッタと同じ金色の髪に、青い瞳。背が高く、色気のある優しい声。

 そんな彼に夢中になったのは、カルロッタだけではなかったのだ。

 二つ年上の彼のもとには、成長するにつれ多くの女性が集まってきた。遊びの人も、本気の人もいた。いつも、たくさんの女性に囲まれていた。

 当然、婚約者であるカルロッタはそれが気懸りだった。

 自分という婚約者がいるのだから、どんなに誘われてもきっぱりと断ってほしい。そう願っていたのに、マウロはそうしなかった。

 年下のカルロッタがまだデビュタントを迎えていないことを理由に、夜会のたびに違う女性をエスコートしていたのだ。

 それを見送るカルロッタがどんな気持ちでいたか、マウロは知らないだろう。考えたこともないに違いない。

 いつも違う女性を連れているマウロは、いつしか社交界きってのプレイボーイとして知られるようになっていく。それは、ようやくカルロッタがデビュタントを迎えても変わらなかった。

 最初は婚約者として、きちんとエスコートしてくれる。でも、いつのまにかカルロッタの傍を離れ、多くの女性に囲まれて、彼女たちと楽しそうに笑っていた。

 そんな姿を見るたびに、少しずつ彼に対する想いは壊れていった。

 軽い態度で女性の頬に軽くキスをする姿を見るたびに、愛は薄れていった。

 最初は嫉妬して、彼に涙ながらに訴えたこともある。

 他の女性の誘いを受けないで。夜会ではわたくしのパートナーなのだから、ずっと傍にいて。何度、そう訴えたことか。

 でもマウロは、愛しているのは君だけだからと言って笑う。俺の心は、ずっと君の傍にいると。

 その言葉を信じられたのは、ほんの少しの間だけ。

 すぐにそれが、自分を適当にあしらうための言い訳だとわかった。

 カルロッタとファーストダンスを踊ったあとは、義務は果たしたと言わんばかりに傍を離れ、他の女性たちと楽しく過ごしている。

 そんな日々が一年も続いたあと。もういい、と思った。

 もう、幼い日の恋を終わらせよう。

 彼を愛していたのは、幼かった何も知らない自分。今はただ、不誠実な婚約者を煩わしく思うだけだ。

 カルロッタが彼に対する恋心を終わらせたことに気が付かず、マウロはいつものように君だけだと笑う。

 嫉妬なんかしなくてもいい。俺が愛しているのは、君だけだと。

 グロリアという庶民の女性と親しい仲になったときも、そうだった。でも他の貴族の女性たちとは違い、あきらかに彼女の態度は常識はずれで媚びたものだった。

 人前でも気にせずにマウロの腕に自分の腕を絡ませ、甘えるように身を寄せる。貴族である彼を敬称もつけずに名前で呼び、身体に触れる。

 注意をしたのは嫉妬からではなく、ただ不快だったからだ。

 それなのに何もわかっていないマウロは、カルロッタは相変わらず嫉妬深いと言って笑う。

「嫉妬深い女性は、そのうち嫌われてしまいますよ?」

 グロリアはそう言って、くすくすと楽しそうに笑った。

 その腕はあいかわらず、マウロの腕に絡んでいる。自分で嫉妬心を煽るようなことをしておいて、そうやって笑いものにするのか。

 昔の、マウロのことが好きでたまらなかった自分だったら、あまりのつらさに泣いて逃げ出していたかもしれない。

 でも、もうカルロッタの中には、彼に対する愛は一片も存在していない。

「嫉妬ですか。昔はたしかに、そのような想いを抱いていたこともありました。今となっては恥ずかしい、消してしまいたい過去です」

 自嘲しながら、そう言う。

 その言葉通り、嫉妬したことはもちろん彼を愛したことでさえ、記憶の中から消してしまいたい。

「カルロッタ?」

 その様子がいつもと違うことに気が付いたのか、ふとマウロが真顔になった。

 でも、今さら気が付いても、もう遅い。

 すべては手遅れだ。

「わたくしは別に、マウロが何をしようと関心がありません。ただ、家同士の取り決めである婚約を軽視されるのは、不愉快です。ただ、それだけですから」

 カルロッタはそう言って、身を翻した。


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