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伯爵令嬢ルチアの場合・2

 そうして子爵令嬢メリッサから、無事に婚約を破棄したと報告を受けた、数日後。

 授業も終わり、そろそろ帰ろうかと思っていたところに、オルランドがグロリアを連れて教室に入ってきた。

 その背後には、多くの取り巻きを連れている。

 グロリアは目に涙を溜め、オルランドの制服の袖口を掴んで、彼に縋るように歩いていた。なるほど、あれは可愛らしいものだと、ルチアは変なところで感心する。

(私がやっても可愛らしく見えるかしら? いえ、無理ね。具合が悪いのかと言われてしまうだけだわ)

 それぞれ自分に似合った美しさがある。そう思い直す。

「ルチア! 君には失望……」

「オルランド様。ちょうど良いところに。お話があります」

 その腕にグロリアを抱きしめ、今まさに何かを宣言しようとした彼に、ルチアはにこりと笑ってそう告げた。

「えっ……。は、話だと?」

「はい。プライベートなことですが、ここでお話してもよろしいですか?」

 できれば、ふたりきりの方がいいのでは。そう提案したが、オルランドはそれを受け入れなかった。

「何だ、もったいぶって。ここで話せ」

「本当に、よろしいのですか?」

「くどいぞ。何を企んでいるのか知らないが、お前とふたりきりになどなってたまるか」

「そうですか」

 以前から思っていたことだが、オルランドとルチアは同じ伯爵家で、対等の立場のはずだ。それなのにどうして、こんなに上から目線なのだろう。その心理を聞いてみたいような気もするが、もう今後は関わらないだろうから、対処法を学んでも無駄だと思い直す。

「では、言わせていただきますね」

 ルチアは書類を取り出すと、そこに書かれていることを読み上げた。

「これは二か月ほど前のことですね。場所は、放課後の学園。目撃者は……」

 それは、今までのオルランドの罪状だった。

 政治に首を突っ込むような出しゃばりな女は、誰にも相手をされないと侮辱したこと。

 女は子どもを産んで家を守っていればいいのだという、女性の人権を無視した発言。

 さらにグロリアに嫉妬をしていじめたなどという、ありもしない事実をねつ造して、ルチアを罵倒したこと。

 また、ルチアの婚約者でありながら、グロリアと密会を繰り返していたこと。

 そのことを、詳しい日時と証言付きで、淡々と告発していく。

「私の名誉は傷つけられ、婚約者の不貞行為によって精神的苦痛も味わいました。よって慰謝料を請求し、婚約を破棄させていただきます」

「……なっ」

 呆然とルチアの言葉を聞いていたオルランドは、最後の慰謝料と婚約破棄という言葉に、ようやく反応した。

「何を勝手なことを。そんなでたらめ……」

「でたらめなどではありません。きちんと証人を複数、集めています」

「ふざけるな!」

 ばん、と派手な音がした。オルランドが机を叩き、ルチアを睨み据えている。さすがに彼に媚びるようにまとわりついていたグロリアも、強張った顔をして離れた。

「恐喝ですか? これも加えておきますね」

 だがルチアは顔色も変えずにそう言うと、席を立った。

「これ以上はお話をしても無駄のようですね。あなたのお父様にも、同じ書類を送っております。もし疑問があれば、そちらの書類をご覧ください」

「なっ……。父に?」

 激高していたオルランドは、急に狼狽える。

 彼の母親は息子にとても甘いと聞いていたが、父親である騎士団長はかなり厳しいらしい。多忙な父親はほとんど屋敷に帰ることはないそうだが、もし頻繁に息子に会っていたら、このようなことにはならなかっただろう。

 忙しいのはわかるが、それでも息子の失態は親の責任である。だからこそ、彼の父親に慰謝料を請求したのだ。

「ええ、もちろん。この婚約は私とあなたではなく、ザニーニ伯爵家とロッセリーニ伯爵との間で交わしたものです」

「それなら、お前だってグロリアをいじめた罪を償ってもらうぞ」

 動揺しながらも、何とか反撃する方法を模索していたらしいオルランドが、そう言ってルチアに詰め寄った。

その闘争心だけは、なかなかのものだ。

「それも、冤罪だと申し上げました。学園に入学してからの私の行動は、すべてこちらに記載してあります。もちろん、ちゃんとした証人もおります。これを見て、いつ私がその方をいじめたのか、説明していただけますか?」

「……な、何だと」

 オルランドは、ルチアに手渡された分厚い書類を持って、呆然とする。日時まで明確に記された行動にはすべて、学園の教師や王城の文官や騎士など、信頼できる者の証言まで書いてあった。

「これも、もちろんザニーニ伯爵にお送りしています」

「なぜだ? お前は、俺のために努力を続けていたのだろう? なぜ、婚約破棄など」

 それを聞いたルチアは、深い溜息をついた。

 やはりその前提が間違っていたのだ。

「私があなたのために何かしたことなど、今まで一度もありません。私の行動はすべて私のため、そして家のためです。あなたはもう、私にとってもロッセリーニ家にとっても必要なくなりました。だから切り捨てただけです」

 教室に残っていたクラスメートたちが、ざわめいている。

 だから、こんなに人の多いところで話さない方がよかったのにと思いながら、ルチアは立ち上がった。

「それでは、私はこれで。納得できないようでしたら、裁判を起こしてもかまいませんが、勝てる見込みはないと思います」

 そう言って、立ち去ろうとした。

 だが。

「ふざけるな! お前から婚約破棄するだと? そんなことが許されるはずがない!」

 怒り狂ったオルランドが、拳を振り上げる。

 さすがにあれはよけきれない。傷物になったら、慰謝料を三倍にしてやろうと思ったところで、誰かに庇われた。

 その人は片手でルチアを抱きしめ、片手でオルランドの拳を受け止めると、その腹に強烈な蹴りを加える。

「ぐわあっ」

 立派な体格をしていたオルランドが簡単に吹き飛んだことに驚き、ルチアは自分を庇ってくれた人を見上げる。

 細身な身体に、整った顔立ちをした若い男性だ。彼の細い腕のどこに、オルランドを蹴り上げる力があったのかと驚いた。

異母兄(にい)さん。これ以上恥を晒すのは、やめてくれないかな」

「お前……、テーオ……」

「このことを知った父さんは、かなり怒っているよ。もう義母(かあ)さんの援護も期待しない方がいい」

 そう言って、テーオと呼ばれたオルランドの異母弟(おとうと)は、ルチアに頭を下げた。

「愚兄が迷惑をかけてしまって本当に、申し訳ない。父は、婚約破棄にはもちろん応じるし、慰謝料もきちんと払うと言っています。もちろん、今の暴力行為も加算してください」

 彼はそう言うと、まだ悶絶しているオルランドを持ち上げた。驚くルチアに、にこりと笑いかける。

「では、失礼します。あ、これは僕が処理しておきますので」

 そう言って、オルランドを引き摺って去っていく。

 いつのまにか彼の取り巻きも、グロリアの姿も消えていた。

 その場に立ち尽くしていたルチアは、自分で計画した婚約破棄がうまくいったことも忘れて、呆然としていた。


 それから、数日後。

 無事に婚約破棄を果たしたと報告したルチアに、子爵令嬢のメリッサが声を上げる。

「その方、知っています! テーオ様ですよね。戦場でザニーニ伯爵と出逢い、剣を交えたという女傭兵と伯爵の子どもだと聞きました。オルランド様よりふたつ年下ですが、かなりの剣の遣い手らしいですよ」

「わたくしも聞いたことがあります」

侯爵令嬢のカルロッタも頷く。

「身分としては庶子でしたが、今回のことでオルランド様が勘当されたので、正式に嫡男となったそうです」

 そう言ったあとに、ルチアを覗き込んで微笑んだ。

「とても、ルチア好みの方よね?」

 細身で、綺麗な顔立ち。まさにその通りだった。

「……っ」

 思わず頬を染めて顔を背けたルチアに、公爵令嬢のアリーナが優しく言う。

「今度こそしあわせな婚約ができるように、祈っているわ」

「……ありがとうございます」

 まだ、婚約破棄したばかり。

 すぐに次のことなど考えられない。それでもいつかは、せめて夫婦として協力し合える相手と巡り合いたいと思う。

 もしそれが彼だったらと少し考えるが、こちらに非はないとはいえ、彼の異母兄と婚約破棄したばかりだ。当分、そんな話にはならないだろう。

「次は、カルロッタ様ですね」

 メリッサがそう言うと、彼女は少し困ったように笑う。

「そうね。少し手間取りそうだけど、頑張ってみるわ」

 

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