それぞれのエンディング アリーナの決意・2
「レムス王国のニコラス殿下……」
彼は、やや疲れたように見える顔をアリーナに向けて、謝罪の言葉を口にする。
「弟が、あなたに迷惑をかけてしまったと聞いた。……すまなかった」
「いえ、殿下が謝罪をなさるようなことでは……」
後継者争いに敗れたとはいえ、ニコラスはレムス王国の王族だ。一方で、アリーナはまだ王太子の婚約者に過ぎない。
そんな彼に深々と頭を下げられ、アリーナは戸惑う。
助けを求めるようにルキーノを見ると、彼は静かな瞳でアリーナを見つめている。
この会見には、何か意味がありそうだ。
アリーナは静かに考えを巡らせた。
今のニコラスは、弟のエドガルドに後継者争いで敗れ、微妙な立場にいるはず。エドガルドはもうすぐ、レムス王国の国王となる。
そんな時期に、わざわざこの国を訪れたのは何故なのか。
しかも、彼は婚約者まで伴っている。伴侶ではなく婚約者を伴って外遊することは、ほとんどないことだ。
(もしかしてニコラス殿下は……)
亡命、という言葉が浮かぶ。
彼は、ルキーノと戦うことを選ばなかったジェラルドとは、真逆の道を選択したのではないか。
そんな彼が、この国の王太子となったルキーノのところに、婚約者とともに客人として滞在している。それはこの国がニコラスを支持し、次期レムス国王となるエドガルドと対立するということだ。
(まさか、そんなことになっていたなんて……)
何度も王城に来ていたのに、そんな気配は微塵も感じ取れなかった。アリーナは、やはり公爵令嬢という立場では得られる情報には限界があると痛感する。
でもこの国が、エドガルドを敵だと認定したのは少し予想外だった。
アリーナ個人としては、彼は敵だ。いつか必ず打ち倒すと誓った相手である。
だが、それはあくまでもアリーナ個人の感情であり、彼はレムス王国の次期国王だ。そんなエドガルドに、そう簡単に喧嘩を売ってはいけないと自重していた。
あの日。
わざわざアリーナに会いに来た彼に、下手に反撃しなかったのも、彼がもうすぐレムス王国の国王になるという思いがあったからだ。
いくら敵だと認識していても、さすがに隣国の国王をリベラートたちと同じ扱いをするわけにはいかない。
だがルキーノはそんなエドガルドに遠慮などまったくせずに、彼と敵対していたニコラスを、堂々とこの国の客人として扱っている。
戸惑いながらルキーノを見ると、彼は優しく笑みを浮かべる。
「もちろん私の独断ではない。この国の方針だよ」
「国の、ですか?」
「そうだ。彼のことを詳しく調査してみたら、あまり信頼できる人物ではなさそうだったからね。それに、彼はおそらく自分の父である前国王を暗殺している」
「!」
あり得ないことではない、とアリーナも思っていた。
レムス国王の死は、あまりにも突然だったと聞いている。
持病もなく、健康そのものだった国王は、ある朝突然亡くなっていたらしい。王室付きの医師は心臓に持病があったと言ったようだが、息子であるニコラスはまったく知らなかったと言う。
エドガルドが医師を買収したのではないかと、ニコラスは考えているようだ。レムス王国の第一王子で王太子だったふたりの兄は、いち早く他国に逃れたお陰で暗殺を免れている。
「さすがに暗殺、買収をするような男を認めるわけにはいかない。それがこの国だけではなく、周辺の国が出した答えだ。ニコラス殿下には、我々も最大限の支援をするつもりだよ」
「……そう、だったのですね」
戦うと決めた相手は、すでに追い込まれていた。
だが、あの男がその程度で降参するはずがない。それもよくわかっている。
「厳しい戦いになりそうですね」
ぽつりと呟いたアリーナの言葉に、ルキーノは頷いた。
「そうだね。きっと、長期戦にもなるだろう。彼が周辺の国に戦争を仕掛けることがないように、少しずつ圧力をかけて国力を削いでいく必要がある」
「はい」
エドガルドはもうすぐ、レムス王国の国王になる。
そうなったら彼はまず、自分に対抗できる唯一の存在であるニコラスを消そうとする。彼がその前に脱出できたのは、幸いだった。
「彼をうまく国外に出してくれたのは、カルロッタ嬢と彼女の婚約者だよ」
「カルロッタが?」
驚いて彼女を見つめると、今まで黙っていたカルロッタは、アリーナを見て笑みを浮かべる。たしかに彼女はレムス王国に従姉がいると言っていた。見たところ、その従姉もこの国に逃れているようだ。
アリーナの役に立ちたい。
カルロッタは、そう言ってくれた言葉通りのことをしてくれた。
「彼女の婚約者は、とても優秀な人間のようだ。きっと私達の力になってくれるだろう」
ルキーノはそう言って、微笑んだ。
宰相の妻を目指すカルロッタの作戦も、どうやら順調のようだ。ルチアもきっと、近いうちに女性初の文官になるに違いない。
仲間たちは、普通の令嬢なら一生の傷になるだろう婚約破棄などものともせずに、目標に向かって一歩ずつ進んでいる。
それがとても誇らしく、頼もしい。
アリーナはルキーノに同意するように笑みを返しながら、そんなことを考えていた。




