それぞれのエンディング カルロッタ編
たとえ今は使わなくなった不要な道具でも、長年使ったものだと愛着を感じてしまう。手放したときに、寂しいと思ってしまう。
マウロに対する恋心も、それと同じ心境だった。
大切だったのは、もう過去のこと。
彼に対する未練は何もない。
すべてを終わらせて、かえってすっきりとした気持ちになったくらいだ。ただ長年大切にしてきたものを失った寂しさだけは、心に残っている。
「ただそれだけなのよ。だから心配しないでね」
そう告げると、心配そうにこちらを見ていたアリーナは、ようやく安堵したような顔で頷いてくれた。
「未練がないのは、すべてを出し尽くしたからね。彼のことをとても愛していたし、その分、本気で悩んで苦しんだわ。もうわたくしには、あれが限界だったの」
だから、マウロが本当はカルロッタを愛していたのだと聞かされても、心が動かなかった。カルロッタの中では、もう完全に終わっていたからだ。
「それを聞いて少し安心したわ。カルロッタが本気で婚約破棄を望んでいたのか、それとも私たちに巻き込まれてしまったのか、少し悩んでいたから」
「いくらわたくしでも、流されて婚約を破棄しようなんて思いません。間違いなく、わたくしの意志です。だから、アリーナ様がそんなことで思い悩む必要はありませんから」
そう告げると、アリーナはようやく安堵したようだ。
敵に対しては勇猛果敢なのに、味方に関することだとこんなふうに弱気になってしまう。そんな彼女がとても可愛らしく思えて、カルロッタは微笑んだ。
しばらく何か考え込んでいたアリーナは、ふとこんなことを言い出した。
「メリッサは、新しい魔導具の店に夢中のようね。その店主にも」
「ええ。気が合うみたいで、休みのたびに町に出ていると聞きました」
かなり年上のようだが、穏やかで優しい人柄だと聞く。彼なら、メリッサを傷つけることはないだろう。もっとも、彼にとっては妹のような存在でしかないようだ。これからメリッサがどう頑張るのか、傍で見守りたい。
「ルチアとテーオは……」
さらにアリーナは、そのふたりを話題にした。
「難しいかもしれない。オルランドは本当にひどい男だったから、ルチアは男性を信用することができないと言っていたもの。ザニーニ伯爵家は誠実に対応してくれたけれど、男性優位のあの家と、ルチアの相性はあまり良くないと思うわ」
「……そうね」
テーオの頑張り次第で、何とかある可能性はある。でもルチアがそれを望まなければ、どんなに彼が頑張っても意味はない。
幸いなのは、テーオ自身がそれをよく理解してくれていることか。テーオはルチア自身がそれを望まない限り、傍で静かに見守るに違いない。
「カルロッタは、これからどうするの?」
それからアリーナはそう切り出した。どうやら彼女は、最初からそれを聞きたかったようだ。まだ正式に発表していないが、どこかでカルロッタの婚約の噂を聞いてきたのかもしれない。
「新しい方と婚約するわ。大丈夫。わたくしの意志よ」
きっと心配してくれたのだろう。だから先にそう言った。
「本当に?」
「ええ。わたくし達は互いに目標があって、それを達成するためには婚約するのが一番だった。だから、契約結婚みたいなものね。恋愛はもう二度としたくないと思うから、わたくしにはちょうど良いお話なの」
「契約?」
驚くアリーナに、こくりと頷く。
幼い頃から一途にマウロを思い続けてきたカルロッタが、まさか契約結婚をするとは思わなかったようだ。
「彼は子爵家の次男だけど、とても優秀な人らしいの」
マウロの父親である宰相が、彼を養子にして、後継者として育てるつもりのようだ。
「彼が宰相になるためには高位の貴族の妻が必要だし、わたくしも宰相の妻になりたかった。だから、互いに利益のある結婚なの」
「あなたが、宰相の妻に?」
「ええ。アリーナ様を手助けするために」
カルロッタはそう言うと、まっすぐにアリーナを見つめて問いかけた。
「戦うつもりなのでしょう?」
そう言うと、今まで心配そうにカルロッタを見ていたアリーナの瞳が、鋭い光を帯びる。
「……ええ。もちろんよ。彼はわざわざこの国に来て、私に喧嘩を売ったのよ。今度は絶対に逃さない。次は必ず、私が勝ってみせるわ」
一国の王太子、しかも黒い噂ばかりの男に目を付けられたのだ。普通の令嬢なら、怯えるだけだろう。
だがアリーナは、明確に戦う意志を見せた。
レムス王国のエドガルドと対面したことで、政治や外交は国の問題であり、自分が深く関わるべきではないという考えを捨てたようだ。
「私が彼に及ばなかったのは、権限がなかったからよ。だったらそれを手に入れたらいい」
「もう一度、王太子妃を目指すのね」
カルロッタの問いに、アリーナは頷く。
今回の婚約破棄はすべて、リベラートとグロリアのせいだ。
たしかに王太子との婚約は解消されたが、アリーナはその被害者でしかない。さらに公爵家の令嬢で、幼い頃から妃教育を受けている。王太子がどちらに決まるのかまだわからないが、第二王子のルキーノも第三王子のジェラルドも、喜んで彼女を妃として迎えるだろう。
そんなアリーナを支えるために、カルロッタは宰相の妻という地位を望んだ。
「アリーナ様が戦い続ける限り、わたくしも影で支えたいと思います」
「そのために、婚約を?」
カルロッタは頷き、自分の意志だと重ねて彼女に告げた。
これは、マウロよりも遥かに優秀な次期宰相候補を、アリーナの味方にするための結婚でもある。
「そう。あなたが自分でそれを選んだのなら、私から言えるのはこれだけね。……ありがとう。とても心強いわ」
いずれルチアも文官として王城に勤めるようになる。メリッサが町で集めてくれる噂も、貴重な情報源だ。
アリーナなら必ず、望み通りの勝利を手に入れるだろう。
カルロッタはそう信じていた。




