それぞれのエンディング マウロ編
完全に手に入れたと思っていた。
彼女の心が他に向くことはないと、頑なにそう信じていた。
カルロッタは自分を愛している。
だから、たとえ彼女の目の前で他の女性の手を取ったとしても、その女性とばかり踊ったとしても、ただ哀しそうな瞳で耐えているのだ。
自分でも、これが歪んだ感情だということはわかっている。
愛している女性を喜ばせたりしあわせにするのではなく、嫉妬させたり悲しませることで愛を確かめるなんて間違っている。
だが、カルロッタが悲しそうに自分を見るたびに、その瞳に込められた自分への愛情を強く感じて、暗い喜びが胸を満たす。
こうなったきっかけは、子どもじみた嫉妬だった。
幼い頃は、ただ素直に愛情を示すだけでよかった。カルロッタが好きだと言ってくれたので、微笑んで自分もそうだと言えば、それだけで心が通じた。このまま成長して、今と同じ気持ちを抱いたまま、結婚する。ふたりの間には、誰も入り込めないと信じていた。
だが、美しく成長したカルロッタは他の貴族の子息たちにも人気で、中にはさまざまな手段を用いて、本気で彼女を手に入れようとする男もいた。
それでもルロッタが愛しているのは、将来を約束したのはマウロだ。
どんなに彼女が自分を愛しているのか、他の男に見せつけたかった。
カルロッタの前で他の女性を誘い、彼女を放って置いてその女性と楽しそうにしていても、カルロッタの気持ちが離れることはない。
それを他の男たちに見せつけながら、マウロ自身も何度も彼女の愛を確かめていた。
愚かだった。
本当に、どうしようもないくらい、愚かな行為だった。
彼女も、彼女が与えてくれていた愛も軽視していた自分に、カルロッタはとうとう見切りをつけただ。
「嫉妬ですか。昔はたしかに、そのような想いを抱いていたこともありました。今となっては恥ずかしい、消してしまいたい過去です」
彼女の柔らかな唇が、美しい声が、信じられないような言葉を紡ぐ。
「カルロッタ?」
思わず名を呼んだ声が、無様に震えていた。
「わたくしは別に、マウロが何をしようと関心がありません。ただ、家同士の取り決めである婚約を軽視されるのは、不愉快です。ただ、それだけですから」
カルロッタはそう言って、身を翻した。
その言葉は、強がりや嫉妬から出たものではない。
彼女の心からの本心だった。
それがわかった瞬間、血の気が引く思いがした。
どんなときも愛してくれていたカルロッタが、自分から離れようとしている。
焦ったマウロは、腕に縋り付いていたどこかの令嬢を振り払い、必死にカルロッタの後を追った。
彼女が自分から離れるなんて、あり得ない。
嘘だ。
必死にそう思う傍ら、やりすぎたのだと自分自身を責める気持ちも同時に沸き起こる。
待ってほしいと必死に追い縋ったが、振り返ったカルロッタの視線はとても冷ややかなものだった。触れようとした手を避けるように後ろに下がられて、マウロの顔が歪む。
(嘘だ。カルロッタ。君を試すようなことは、もう二度としない。だから、いつものように笑っていてくれ……)
そんな身勝手な願いは、もちろん叶えられることはなかった。
愛していると言っても、彼女は笑うだけだ。
「そんな言葉に騙されるのは、幼い頃のわたくしだけよ。本当に愚かだったわ。そんな上辺だけの言葉を信じて、待ち続けるなんて」
「……カルロッタ?」
どんなに言葉を尽くしても、今までの行動をなかったことにすることは不可能だ。
だからどんなに必死に謝罪しても、愛していると訴えても、カルロッタの心が戻って来ることはなかった。
そして彼女はとうとう、婚約を解消するとまで言い出した。
信じたくない。
変わらないと信じていたものが、自分のものだと思っていたものが、この手をすり抜けていく。
「君は、俺を愛していたのではないのか?」
縋るように口にした言葉を、カルロッタはきっぱりと否定した。
「そうね。子どもの頃はそうだったわ。でもあれほどの仕打ちを受けて、まだあなたを愛するほど、わたくしは愚かではないの」
カルロッタは今まで、苦しかったと言った。悲しかったと。その苦しみと悲しみが、マウロに対する愛を粉々に砕いてしまったのだ。
完全に、自業自得だった。
「マウロが他の女性と一緒にいる姿を見るたびに、苦しかった。とても悲しかったわ。でも、もうあなたがどこで何をしようと、まったく気にならないの。だから今、わたくしはとてもしあわせよ」
愛する女性にそこまで言わせてしまった自分は、もう彼女の傍にいる資格はない。
カルロッタのことを思うなら、潔く諦め、彼女がしあわせになれるように祈るべきだった。
でも、諦められなかった。
歪んではいたが、彼女に対する愛はずっとこの胸に持ち続けていたのだ。彼女のしあわせは、自分がいなくなること。それを受け入れることができなくて、必死に縋った。
「俺は……。俺はただ、君が嫉妬すると、愛されていると実感できて、嬉しくて……。本当に、愛しているんだ。カルロッタ。婚約を破棄しないでくれ」
許しを請い、跪き。
何とか彼女を引き留めるようとした。
だがカルロッタは逃げ出してしまい、マウロはその場にひとり取り残された。
(……ああ、カルロッタ)
周囲の人間が、そんな自分を見て嘲笑っている。
みっともない、愚か者。
たしかにそんなふうに呼ばれても仕方がないくらい、自分の態度はひどいものだった。
昔の約束も、交わした愛も、すべては粉々に砕け散り、もう二度と戻らない。
それがわかったから、立ち上がることもできず、いつまでもその場に座り込んでいた。
それから正式に婚約は解消され、マウロは学園に戻ることも許されずに、そのまま地方の領地に向かうことになった。
彼女に悪いと思っているなら、せめてそのしあわせを祈れ。
父にはそう言われたが、彼女が他の男と婚約するかもしれないと思うだけで、気が狂いそうになる。
だが、たしかに父の言うように悪いのはすべて自分であり、このまま王都に留まっていたら、何度でもカルロッタのところに押し寄せてしまいそうだ。
だから、王都を離れた。
きっとこのまま、もう二度と彼女に会うことはないだろう。
それでもいつか。
彼女が戻ってきてくれるのではないか。
いつもの優しい笑顔で、自分を受け入れてくれるのではないか。
叶わないと自分でもわかっている夢を、それでも捨てきれずに、マウロは今日も王都にいるカルロッタを思う。




