それぞれのエンディング メリッサ編
公爵令嬢アリーナのために情報収集をするようになってから、町に行く機会が増えた。
もともと暮らしていた場所なのだから、護衛などもいらない。ただ普通の町娘のような装いをして、話を聞いて回るだけだ。
こうしていると昔に戻ったような気がして、少しだけ感傷的になる。
ただ父が貴族の血を引いているだけの、普通の少女だった自分が、いつのまにか子爵家の令嬢と呼ばれるようになった。誰もが、メリッサは幸運だったと言う。
たしかに、その通りなのだろう。
借家で暮らしていたのに子爵家の屋敷に住むようになって、身の回りの世話をしてくれるメイドもいる。今までは雲の上の人だった、高位の貴族の令嬢たちとも知り合うことができた。
でも、あのまま町で暮らしていても、きっと不幸になることはなかった。もしかしたら、セストとも普通の幼馴染として、仲良く暮らしていたかもしれない。
悲しくはない。
セストの行動には本当に苛立ったし、学園を辞めたことも、彼の自業自得だ。
ただ少しだけ、昔のことを思い出してしまうときがある。
それだけだ。
「あれ、新しい店ができてる……」
いつもの大通りを歩いていたとき、見たことのない店を見つけた。どうやら新しく出店したようだ。何となく近寄って店先を覗き込んだメリッサは、そこが魔導具の店だと気が付いた。
(わぁ……、綺麗……)
魔力を注いで明かりを灯すランプがあった。ランプシェードが花のようになっていて、その繊細な造りに感動したメリッサは、ふらりと店の中に足を踏み入れる。
魔導具店独特の、魔力が混じり合った雰囲気。セストの商会も、いつもこんな感じだったと思い出す。
「いらっしゃいませ」
穏やかな男性の声がして、そちらを見る。
狭いカウンターに、大柄な男性が窮屈そうに収まっていた。年は三十代くらいか。背丈も横幅もメリッサの倍くらいありそうだが、こちらを見つめる瞳は穏やかで、とても優しい。
「あの、ショーウィンドウにあるランプを見せてもらってもいいですか?」
そう尋ねると、彼はもちろんと言って立ち上がろうとした。だが、その途端に狭いカウンターに膝をぶつけたのか、小さく呻いている。
「だ、大丈夫ですか?」
「はい、すみません。どうもそそっかしくて。ええと、どちらのランプですか?」
「花の形をした方です」
彼はショーウィンドウから慎重な手つきでランプを取り出すと、カウンターの上に置いた。メリッサはそれをじっくりと眺める。
「……綺麗」
「明かりを点けてみましょうか」
彼が魔力を注ぎ込むと、ランプは温かみのあるオレンジ色に光った。
「寝室などに置いていただけると、よろしいかと思います」
ランプの支柱も花の茎のようになっていて、とても綺麗な造りだ。
「とても素敵……。こんなに綺麗な魔導具を見たのは、ひさしぶりだわ」
セストの商会に通っていた頃を思い出しながら、メリッサはそう呟いた。もうあの店に行くことはないだろうと思うと、少しだけ寂しくなる。
「ありがとうございます。じつは、この店の魔導具はすべて、私が作っていまして」
大柄な店主はそう言って、照れたように笑った。
「え、あなたが?」
まるで熊のような大男が、こんな繊細な魔導具を作っているなんて思わなかった。
思わず声を上げてしまったメリッサは、次の瞬間に失礼だったと気が付いて慌てて謝罪する。
「ごめんなさい。ちょっとびっくりしてしまって」
「いえいえ、よく言われますので、お気になさらず。この店もまだ開店したばかりで、まだまだこれからです」
そう言って笑う彼の雰囲気は、やはりこのランプのように繊細で、そして優しい。
「あの、これ買います。とても気に入りました」
寝室にこのランプを置いたら、きっと悩み事なんて忘れて、ゆっくり眠れるに違いない。
「ありがとうございます。では、お包みしますね」
店主は、ランプを丁寧に包んでくれた。買ったあとも、定期的にメンテナンスもしてくれると言う。
「わたし、魔導具を見るのが好きなんです。また来てもいいですか?」
「ええ、もちろんです。歓迎しますよ」
穏やかにそう言ってくれた彼の笑顔に、胸が温かくなる。
メリッサは買ったばかりのランプを大切に抱えて、店を出た。
あのまま町で暮らしていても、しあわせになったと思っていた。でも、メリッサは今だってしあわせだ。
セストは去ってしまったが、大切な友達がいる。好みの魔導具を扱っている店も見つけた。いつのまにか自分が笑っていることに気が付いて、メリッサは振り返る。
店は消えたりせずに、ちゃんとそこに存在していた。
お気に入りのものがひとつあるだけで、しあわせになれる。そんな自分を単純だと思うが、嫌いではなかった。
最近疲れている様子のアリーナにこの店のランプを贈ったら、きっと元気になるに違いない。今度は彼女に贈る品物を見に行こう。
そう思いながら、メリッサは馴染みの町をゆっくりと歩いて行った。