それぞれのエンディング セスト編
昔からよく知る幼馴染。
セストにとって、メリッサはそんな存在だった。
いつも自分の世話を焼きたがる、少しおせっかいな同い年の少女。母のように、姉のように、何かと口出しをしてくる。
それが少し、わずらわしい。
兄にそう漏らすと、きっとメリッサはお前のことが好きなんだろうと言われて、からかわれた。兄が言うには、女は好きな男の世話を焼きたがるらしい。
それからセストは、メリッサは自分のことが好きなんだと思うようになった。
だから父からメリッサと婚約するように言われたときは、彼女が懇願したのだとばかり思っていた。彼女は見た目もそう悪くないし、今は子爵家の令嬢だ。家のことを考えると、そう悪いことではない。
兄からは、なるべくメリッサを夢中にさせて、ガリーニ商会のために資金を出させるように言われていた。
商会のため。そう言われては、逆らうことはできない。
だから買い物に誘ったり、食事に誘ったりしていた。
婚約者同士とはいえ、幼馴染だったときと何も変わらなかったが、メリッサはそれで満足のようだ。
メリッサは自分に夢中なのだ。だから父が亡くなって商会の経営がうまくいかなかったときも、子爵家から多額の援助を受けることができたと信じていた。
このままメリッサと結婚して、セストは子爵家を継ぐことになる。商会の跡継ぎにもなれない次男にとっては、兄よりも上の立場になれるなんて最高のことだ。
けれどひとりの少女と知り合ってから、すべては変わってしまった。
グロリアはとても愛らしい少女だった。
同じ庶民ということもあり、他の貴族にはわからない苦労を分かち合ったことで、どんどん親しくなっていった。
メリッサと結婚する未来に不満はない。だけど、彼女はセストに夢中なのだから、多少のことは許すだろう。そんな甘えがあった。
そして、グロリアの周囲にはたくさんの男がいたこともあり、負けたくないと意気込んでしまった。婚約者であるメリッサに贈り物をするためだと商会から金を持ち出し、それでグロリアにたくさんの贈り物をした。彼女はとても喜んでくれて、愛らしい笑顔を向けてくれた。
だか、その笑顔も日ごとに曇っていく。理由を問い詰めると、嫉妬したメリッサがグロリアをいじめているらしい。話を聞いて、あまりにも悪質ないじめに憤慨した。
昔から世話好きで、おせっかいだが親切な女だと思っていただけに、原因が自分にあることも棚に上げて、メリッサを糾弾した。
失望したと大声で罵った。
好きな男にそこまで言われたら、反省すると思ったのだ。
だが、それから数日後。
メリッサはグロリアに謝罪することなく、むしろ婚約破棄を突き付けてきた。しかも、長年続けてきた商会への資金援助も打ち切るというのだ。
もちろん、脅しだろう。
彼女が婚約解消を望むはずもない。
貴族であることを利用して圧力をかけてきたメリッサには、もう怒りしかなかった。
だが、怒りのまま押しかけた彼女は、いつもと違っていた。
きつい視線に、突き放すような言葉で、この婚約は自分の意志ではないと告げた。父が決めたことだと。さらに、自分がそんなに魅力的だと思っているのかと嘲笑われ、かっとして怒鳴っていた。
「俺だって、お前のような高慢な女は嫌いだ。貴族だからって、偉そうに。お前だって普通の一般人だったくせに」
思えばそれは、けっして言ってはならない言葉だったのだ。あの言葉が、幼馴染だった関係もすべて壊してしまった。メリッサの視線が冷たくなったことをはっきりと感じ、焦ったセストは、謝れば満足なのかと口にしていた。
「別に謝ってもらっても、婚約解消を取り消すつもりはないわ」
メリッサはそう言って、今まで見たことがないほど冷たい顔で微笑む。
「あなたとわたしは、もう他人なの。二度と話しかけないで。ああ、学園に入ったのもお父様の後ろ盾があったからよね。もちろん、今後はそれもなくなるから、自分で代わりの人を探すか、入学金を支払ってね」
学園からも追い出されてしまう。
資金援助が断ち切られたら、商会も潰れるしかないだろう。
そして何よりも、ずっと傍で支えてくれたメリッサがいなくなってしまう。
無条件に自分を愛してくれていたメリッサの存在は、思っていたよりもずっと、セストの心を支えていてくれた。
今さらだ。
もうすべてが遅すぎる。
そう思いながらも、失いたくなかった。その焦りから、気が付けばグロリアを悪く言っていた。そう言えば、メリッサの機嫌が直ると思ったのだ。
「さようなら、セスト。もう会えないかもしれないけれど、元気でね」
だがそれが、メリッサが残した最後の言葉だった。
資金援助と、子爵家との繋がりを失ったガリーニ商会の業務は、急激に悪化していった。後見人がいなくなったセストは学園からも追い出され、兄と一緒に必死に商会を守ろうと懸命に働いた。
兄は自分が、メリッサがセストのことを好きだと言ってしまったからだと謝罪してくれたが、すべては自分の態度のせいだと、セストにもわかっていた。
メリッサはセストに愛情は抱いていなかったが、幼馴染としての友情は持っていてくれた。それをすべて台無しにしてしまったのは、セスト本人だ。
どうしてあんなに傲慢な態度で接してしまったのだろう。
いくら反省しても、もう彼女が自分のもとに戻ることは二度とない。
裕福な商人の未亡人に気に入られ、愛人になるなら資金援助をすると言われたときは、少しも躊躇わずに承知していた。このままでは商会は、倒産するしかなかったからだ。
こうなってみて初めて、何の見返りもなく資金援助してくれたコンカート子爵に対する感謝と、そんな大切な資金を私的なことに使ってしまった自分の愚かさが身に沁みる。
親子ほども離れた未亡人に傅きながら、セストは彼女から貰ったお金を一刻も早く兄に届けなくてはと、そればかり考えていた。