公爵令嬢アリーナの戦い・9
さすがにアリーナも、リベラート本人がそれを知らないとは思わなかった。
だが彼は周囲にどんなに諫められようと、グロリアを傍に置くことをやめなかったというから、もう周囲にも、とっくに見限られていたのだ。
おそらく、この夜会が最後の舞台だったのだろう。彼と会うのも、今日が最後かもしれない。
婚約者として過ごした時間を思い出す。
最後までアリーナを貶めようとしたリベラートとの思い出は、不快なものでしかない。でも、それをすべて終わらせることができるのだから、やはり今日は記念すべき日なのかもしれない。
「リベラート様」
もうアリーナが、彼を殿下と呼んでいないことにも気付いていないようだ。
「それほど愛していらっしゃるグロリア様と、これからもずっと一緒に過ごせるように、私もお祈りしております」
にこりと笑って、そう言い放つ。
彼の長所を探し出すとしたら、グロリアに一途なところか。何を言われても誰に諫められても、彼女の言葉だけを頑なに信じている。
だがそのグロリアは、近いうちに国家反逆罪で拘束されることが決定している。
彼女と一緒にいるということは、リベラートも同じ運命を辿るということだ。彼は利用された側だが、婚約を解消されたことさえ知らないままだったことを考えると、切り捨てられる可能性が高い。
「どこだろうと、おふたりでいられるならしあわせでしょう」
ある程度の地位にいる者は、無能であることも罪なのだ。
「……!」
状況を把握するのは、リベラートよりもグロリアの方が早かった。
「私は頼まれただけなのよ。悪いのはあの人……、メリーギ男爵よ!」
そう叫びながら、自分の肩を抱くリベラートの腕を振り払う。
「グロリア?」
最愛の女性に振り払われ、リベラートは呆然としてその名を呼ぶ。
彼にしてみれば、命を狙われているという彼女の言葉を信じて、グロリアを守るためにアリーナの前に立っていたのだ。だから急に態度を変えた彼女の変化に、ついていけないようだ。
だが、そんなリベラートの戸惑いをグロリアは気にも留めない。
「この人や、その取り巻きたちを誘惑すれば、お金をたくさんくれるって言ったから。ただそれだけよ。それ以上のことなんて知らないから!」
彼女なりに、本当に命を狙われているかもしれないと思って、危機感を抱いていたのだろう。でも、グロリアにとって唯一の味方であったリベラートを切り捨てたのは、完全に失敗だった。
もう彼女の味方は誰もいない。
アリーナも、グロリアに証拠としての価値しか認めていなかった。
「金のために、誘惑……。まさか、嘘だろう……」
信じられないとでも言うように自分を見つめるリベラートに、グロリアはやけになったように叫ぶ。
「そうよ。町の男たちよりも簡単だったわ。でも、私は頼まれたことを、その通りにやっただけ。他のことは何も知らない。だから……」
グロリアの告白は続いている。
さすがにアリーナも、夜会の最中で内情を叫ばれるとは思わなかった。
困ったアリーナが左右を見渡すと、衛兵がこちらに向かっているのが見えた。
やはり、リベラートは泳がされていたようだ。衛兵も最初から配置されていた可能性がある。
彼らはすばやくグロリアを拘束すると、呆然としたままのリベラートも連れ去って行った。これから彼がどうなるかわからないが、もう王太子ではいられないことは確かだ。
ひとり残されたアリーナは、周囲から集まる視線から逃れるように、控え室に向かった。
(まさかこんなことになるとは、思わなかったわ)
誰もいない控え室で、壁際に置かれた椅子に座って溜息をつく。
リベラートがまだグロリアの言葉を信じて自分を断罪しようとするとは思わなかったし、婚約破棄のことさえ知らないとは思わなかった。しかも、あんなに大勢の前でグロリアが開き直って罪を告白するとは。
だが、これですべてが終わったと言えるだろう。
アリーナの婚約も無事に解消され、仲間たちと同じように自由になった。
自分と仲間たちを悩ませたグロリアも拘束され、これからは犯した罪を償うために、その生涯を捧げることになるだろう。
それなのに。
「……」
目的は達したのに心が晴れないのは、真犯人まで辿り着けなかったからか。
レムス王国のエドガルド。
彼は確実に王太子となるだろう。
エドガルドとこの国の戦いは、これからもまだ続くような気がする。
(私はもう、関わり合いのないことだけど……)
王太子の婚約者ではなくなったアリーナが、国政に関わることはない。
そんなことを考えていたアリーナは、ふと誰かの気配を感じて顔を上げた。心配した仲間たちが、様子を見に来てくれたのかもしれない。