公爵令嬢アリーナの戦い・8
それは、王城で開かれた夜会でのことだった。
この夜会の参加者は学園に通う若い貴族ばかりで、王城にて定期的に行われるものだ。普段はなかなか顔を合わせることのない、学年の違う者とも交流することができる貴重な時間となっていた。
前回の夜会では、リベラートは堂々とグロリアをエスコートして話題になっていたことを思い出す。
あの頃はアリーナも彼を慕っているように見せかけていた。
だからか、婚約者に放って置かれているアリーナに対する同情と侮蔑の視線が数多く向けられて、煩わしかったことを思い出す。
でも、あれから状況はかなり変化している。
今日もアリーナは、ひとりで参加していた。
リベラートがアリーナをエスコートするはずがないが、もし来ても、こちらから断っただろう。もう彼は、アリーナの婚約者ではない。
父に証拠を提出したときに、アリーナはリベラートとの婚約を解消してほしいと訴えた。仲間たちは本人に告げたようだが、さすがに王太子との婚約では、国王陛下の許可が必要になる。父にも依存がないようで、すぐに承知してくれた。
こうしてアリーナは、ようやくリベラートから解放された。婚約していた期間は長かったが、煩わしいことばかりで、よかった思い出などひとつもない。ようやく解放されたという安堵が大きかった。アリーナはもう王太子の婚約者ではないし、リベラートも王太子でいられる時間は、もうわずかだろう。
メリッサやルチア、そしてカルロッタも、不誠実な婚約者を切り捨てて婚約を解消している。そのことによって、女性たちの意識もかなり変化しているようだ。
過去には、自由にできるのは学生のうちだけだと、たとえ婚約者がいても他の異性と恋愛を楽しむ者がいた。一世代前では、卒業後にはその恋人を愛人として迎える者さえもいたようだ。
でも今は、いくら政略結婚でも互いに誠実であることが求められるようになっている。貴族社会である限り、まだ政略結婚はなくならないだろうが、男女の在り方は大きく変化していた。もう女性ばかりが我慢する時代ではないのだ。
それを示すような彼女たちの婚約破棄に、不誠実な婚約者を捨て、前向きに生きようとする女性が増えている。
そんなメリッサ、ルチア、カルロッタの中心にいたのが、アリーナだ。
いくら王太子とはいえ、時代に逆らうように婚約者ではない女性を連れ歩くリベラートに、周囲から向けられる目は厳しいものになっている。もう彼は王太子どころか、王族としても失格だろう。
(これは私が黙って見ていても、勝手に自滅するわね)
しかもグロリアは、調査が終われば拘束される身だ。ならばこのまま、静かに見守ろう。
そう思っていた。
それなのに、いつのまにかアリーナの前には、リベラートとグロリアがいる。
リベラートはグロリアを守るように抱き締めながら、アリーナを睨んでいた。
思わず溜息が出そうになった。
もう婚約者ではないというのに、何の用だろう。
彼らの相手をするのは、とても面倒だ。それなのに周囲の人たちは、期待に満ちた瞳でこちらを見ている。溜息をつきながら、アリーナは目の前のふたりを見つめた。
用事があるのなら、向こうから言い出せばいい。それなのにリベラートは、アリーナの視線に気圧されたかのように、なかなか口を開かない。
「……何か御用でしょうか?」
このままでは時間の無駄だと悟り、アリーナはそれだけを口にした。王太子に対する態度ではないが、彼の肩書はもう名ばかりだ。
新しい王太子がジェラルドになるか、それとも第二王子のルキーノになるかどうかはわからないが、近いうちにどちらかが王太子に決定するだろう。
アリーナの問いかけに、ようやくリベラートは勇気を振り絞ったようだ。怯えるグロリアの肩を抱きながら、アリーナに向かって言った。
「グロリアの命を何度も狙ったのは、お前だな?」
またその話題のようだ。
どうしても彼は、アリーナを犯人にしたいらしい。
「いいえ、違います」
「誤魔化しても無駄だ!」
「私には、彼女を害する理由がありません」
むしろ、ひそかに守っていたくらいだ。
だが、ふたりがその言葉に納得するはずがなかった。
ふたりの仲を羨んでいたのだろうとか、自分の地位が脅かされると思ったのだろう、などと、言いがかりをつけてくる。
「そんな女を、王太子妃にすることなどできない。私はお前との婚約を……」
「あの、リベラート様」
彼の言葉に疑問を覚えて、アリーナは口を挟む。
「私はもう婚約者ではありません。婚約が解消されたことを、御存知ないのでしょうか?」
「……は?」
間抜けな声で、リベラートは問い返した。どうやら本当に知らないらしい。さすがにアリーナも、当事者である彼が知らないとは思わなかった。
「ど、どういうことだ?」
「父を通して、正式に国王陛下に婚約解消を申し入れました。すでに受理されているはずです。ですから私はもうリベラート様の婚約者ではありませんし、彼女を害する理由もありません」