公爵令嬢アリーナの戦い・5
それから数日後。
アリーナのもとに、侯爵令嬢のカルロッタが訪ねてきた。
今日は恒例のお茶会ではなかったが、例の従姉が数日間この国に滞在していたので、約束通りレムス王国の内情について探ってくれたようだ。
「アリーナ様。突然訪問してしまって、申し訳ありません」
そう言ったカルロッタは以前よりも元気そうだ。仲の良い従姉と会い、色々と話を聞いてもらったことが気分転換になったようだ。
「いいえ、気にしないで。むしろ私が頼んだことなのに、わざわざ来てもらってごめんなさいね」
いつもお茶会をしていたテラスではなく、アリーナの部屋に彼女を迎え入れ、侍女にお茶を淹れてもらう。
カルロッタが従姉にもらったというそのお茶は、花の香りがした。
「とても良い香りね」
「はい。レムス王国で今、とても流行っているそうです」
一口飲むと、独特の清涼感とわずかな苦みがあるが、それが心地良く感じる。
レムス王国には大きな港があり、他の大陸との交流も盛んにおこなわれていると聞く。これも、他国から流通してきたものかもしれない。
「レムス王国の内情について、お従姉さまに色々と聞いてみました」
よく話を聞いて見ると、カルロッタの従姉は、三人の王子のうち、二番目の王子の婚約者と友人らしい。カルロッタは自分の婚約から話を誘導し、うまく聞き出すことができたようだ。
三人の王子で争っていると噂されていたが、実際に王位を争っているのは、その第二王子と第三王子のふたりらしい。
レムス王国の第一王子は他国の王女と熱烈な恋をしていて、その国に婿入りすることを希望しているようだ。
有能な王子だったらしく、国王はそれに反対して、彼を王太子にしようとしていたらしい。だがそれを実行する前に亡くなってしまった。おそらく彼は、王位継承権を放棄して愛する王女の国に行くだろう。
その長兄が他国に婿入りを希望していることもあり、レムス王国の王太子は、第二王子か第三王子のどちらかになる。
今はそのふたりで、王位継承権を激しく争っているそうだ。
「お従姉さまの友人は、幸運にもその第二王子であるニコラス様の婚約者でした」
だからより詳しい内情を聞くことができたと、カルロッタは言う。
第二王子は第一王子と同じく正妃の子で、普通なら争う余地もなく、彼が王太子に決まりそうなものだ。
だが第三王子であるエドガルドの勢いが、思いのほか強いらしい。彼は側妃の息子だったが、その側妃も有力貴族の娘らしく、第二王子を凌ぐほどの勢いを得ているようだ。
この国に干渉してきたのは、その追い詰められた第二王子か、もしくは王位を得て、さらに勢力を拡大しようとしている第三王子なのか。
アリーナは、それぞれの王子の人となりを尋ねてみた。
「そうですね。第二王子のニコラス様は、清廉潔白な方のようです。不正はもちろん、どんなに些細な賄賂も許さないとか。お従姉さまの友人も、彼の厳格さに少し疲れているようだと心配していました」
「……そう」
それを聞いて、血筋で勝っているはずの彼が、王太子になれない理由がわかったような気がした。貴族社会も政治も、本来ならクリーンであるべきだが、現実ではなかなかそうはいかない。あまりにも潔白を求めすぎると、内側から崩壊してしまう恐れがある。
だがレムス王国の実情など、アリーナには関係のない話だ。
(それだけ潔癖な男なら、メリーギ男爵に命じて、あのグロリアを使うなんてことはしないはず。だとしたら、可能性があるのはその第三王子ね)
エドガルドはなかなか抜け目のない男のようで、頭脳は優秀、魔法もそれなりに使えて、交友関係が広い。美貌で王の心を射止めた側妃に似た容貌で、貴族の女性にもかなり人気があるようだ。
さらに第一、第二王子よりは気楽な立場だということを利用して、ときには変装して町に出ることもあった。噂では、スラム街にさえ立ち寄っていたらしい。
それなら、裏社会の人間と知り合う機会もあったということだ。
彼が一連の事件の黒幕ではないか。
アリーナはカルロッタの話を聞いて、そう結論を出す。
エドガルドがこの国に手を出してきた理由は、今のところ不明だ。この国を裏側から支配することで、自分に有利になるように動かせるようにしたかったのか。もしくは別の理由があったのかもしれない。
だが相手が王位に就くかもしれない第三王子では、さすがにアリーナの手に余る。
確実な証拠を掴み、父を通して国王陛下に提出する。そして重要参考人としてグロリアの身を確保してもらわなくてはならない。
相手はもう、グロリアの命を脅かしているのだから。
(でも……)
アリーナは、ふと思う。
それほどの男が雇ったプロが、階段から落とすだけなんて手ぬるい方法を取るだろうか。
もっと確実で、人目に付かない方法など山ほどある。
何か理由がありそうだとは、思った。
でもそれが、先にこちらから婚約を破棄するといった方法で彼の計画を破綻させたアリーナに、向こうも目を付けていたなんて、そのときはまったく知らなかった。