プロローグ
公爵家の美しい庭園には、薔薇が咲き乱れていた。今まさに見頃を迎えているその薔薇がよく見えるように配置されたテーブルでは、四人の令嬢が優雅にお茶会をしている。
その中心に居るのは、公爵令嬢のアリーナ。銀色のまっすぐな髪に、青い瞳。凛とした雰囲気の美しい少女で、高貴な身分にふさわしい優雅さと気高さを兼ね揃えていた。
その隣にいる金色の髪をした少女は、侯爵令嬢のカルロッタ。優しげな雰囲気の温和な少女で、穏やかな笑みを浮かべていた。
アリーナの向かい側に座っているのは、伯爵令嬢のルチア。黒髪にすらりとした身体つきの、真面目そうな少女だ。背筋をぴんと伸ばし、まっすぐな目をしていた。
最後のひとりは、子爵令嬢のメリッサ。茶色の髪をした活発そうな少女で、好奇心の強そうな瞳は、美しい薔薇を見たり、他の令嬢たちの装いを見つめて感嘆の溜息をついたりしている。
身分の違う彼女たちには、共通点があった。
それはそれぞれの婚約者が、ひとりの女性に夢中になっているということ。
公爵令嬢アリーナの婚約者は、王太子であるリベラート。
侯爵令嬢カルロッタの婚約者は、宰相の息子であるマウロ。
伯爵令嬢ルチアの婚約者は、騎士団長の息子であるオルランド。
そして子爵令嬢の婚約者は、大商会の次男のセストだ。
彼女たちもその婚約者も、王立魔法学園に通い、魔法を学んでいる最中だ。
学園には魔法の素質を持った者なら誰でも入学できるが、市民に魔法の素質を持つ者が少なく、ほとんどが貴族の令息と令嬢である。それでも学園では身分を持ち込まないことが規則であり、市民だからといって差別することは禁止されている。
もちろん彼女たちに、市民を差別するような意識はない。だが、それぞれの婚約者が夢中になっている少女は、身分の枠がないのをいいことに、学園ではやりたい放題だった。
彼女の名前は、グロリア。
いちごのような真っ赤な髪の、かわいらしい少女だった。
もっとも、婚約者のいる男性とふたりきりになってはいけないなど、市民の彼女が知らないのも無理はない。知らないのなら仕方ないと思ってそれを伝えると、なぜか彼女は泣き出してしまい、タイミングよく誰かの婚約者が駆け込んできて、グロリアを庇う。
注意しただけだと言っても、彼らは信じない。挙句の果てに、グロリアに嫉妬して彼女をいじめたことにしたがる。
「どうしてわたくしが、嫉妬などしなければならないのでしょう」
そう言って溜息をついたのは、侯爵令嬢のカルロッタだ。
「婚約など、お父様が決めたこと。わたくしは別に、マウロ様が何をしようと関心がありません。ただ、家同士の取り決めである婚約を軽視されるのは、不愉快です。そうお伝えしただけですわ」
それがなぜ、嫉妬などという言葉に結びつくのか。
「私もオルランド様に言われました。嫉妬心でか弱い少女を苛めるなど、恥を知れと。何のことですかとお尋ねしたら、とぼけるのかと怒鳴られて。言いがかりで相手を恫喝するオルランド様のふるまいのほうが、よほど恥ずかしいことですのに」
伯爵令嬢のルチアはそう言って、溜息をついた。
「私は、父に婚約解消を申し入れようと思います。あのように人前で怒鳴りつけるような品位のない方などと、結婚したくありません」
「わたしも、そうするつもり」
子爵令嬢のメリッサが、同意するように大きく頷いた。
「セストとは幼馴染で、それなりに仲良しだと思っていたけど。何もしていないのに、君には失望したよ、なんて言われて、黙っているわけにはいかないもの。もちろん、証拠もきっちりと集めたわ。セストの商会への援助も、もうやめる」
「そう。皆さまはもう、決意していらっしゃるのね」
そう言って頷いたのは、公爵令嬢のアリーナだ。
「私の婚約者は王太子であるリベラート殿下ですから、少し時間が掛かってしまうかもしれません。でも、この婚約は必ず破棄していただくつもりです。ですから皆様は、先に計画を実行してください。準備はもう、よろしいですか?」
「わたくしは、もう少し掛かりそうです」
そう言ったのは、侯爵令嬢のカルロッタだ。婚約者が宰相の息子であるため、少し揉めそうだということだ。
「私はまだ、これからです。ですが父にさえ話を通せば、すぐに実行できるかと。もともと父は、この婚約に反対でしたから」
伯爵令嬢のルシアがそう言うと、子爵令嬢のメリッサが手を上げる。
「じゃあ、わたしからやらせていただきます。もう準備はすべて終わっていますから」
「ええ、よろしくね。もし何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってね。私たちが全力で、あなたを支援するわ」
アリーナがそう言うと、他の令嬢たちも頷いた。
こうして、令嬢たちの断罪が始まった。