神の偵察
ドラゴンから逃げ帰るように、いつもの部屋に戻ってきたオールグローリア。戻っては来たものの何かする事がある訳で無いのだが、当分の間は外に出る気分にもなれないのであった。
「あまり他者に対して、苦手意識を持つのは良くないと解っているのですが……。おや、何ごとですか?」
オールグローリアが思考の中に飲み込まれる寸前、部屋の中で不自然に渦巻く風に気づいた。こんなことが出来る存在に覚えは無いし、こんなことをする意味も解らない。それに、何だかこの渦巻く風自体に、意思のようなものを感じるのだ。
「初めまして。私は、四番目、フロウです」
まるでその渦巻く風が、生き物かと言うように、話しかけてきた。その事実にオールグローリアは驚くのだが、それ以上に、この異様に淡々とした口調に、少し前の嫌な記憶を彷彿とさせるのだ。とは言え、ドラゴン程に話が通じない、という事は、無い筈。
「私はオールグローリアと申します。フロウさん、どの様なご用件でしょうか」
「私は、主に調査行動を命じられています。何か変化があった場合、エンシェント様へと伝える事が役割です。現状、特別な命令は受けておりませんが、接触するべきと判断しました」
フロウの言葉は、まるで業務連絡のような、感情の無い音のように聞こえる。どうやら、エンシェントの従者のようだが、イニシエンの従者とは違い、自我がかなり希薄らしい。どちらの方が良いのかは判断がつかないが、話しやすさであれば、比べるまでも無い。
「私は、三番目、グラビです。主に、防衛行動を命じられて? います。それが役割、役割? はい、役割です。現状、フロウの護衛にあたっています」
どうやらエンシェントの従者はもう一人いたらしい。よく見るとフロウの隣に、何か歪みのようなものが見える。この、明らかに視認し難い姿は、何か荒事にあった場合、不意の一撃を加えるのに役立つのだろう。そうは言っても、そもそもダメージを与えられるイメージが沸かない。片や風であり、片や何だかよく解らない歪みなのである。
「なるほど、お二人の立場は理解できました。ですが、こちらには調査する必要性のあるような、そんなものは持ち合わせていませんよ?」
「それは私達が判断するものではありません。私のやるべき事は、変化をエンシェント様へと伝えることです。それ以上の権限は持ち合わせていません」
聞く耳を持ち合わせていないらしい。とは言え、見られて困るものが無いのも事実。急に現れてどうこう言ってくるのは気分のいいものでは無いが、好きなだけ調査させて、お引き取り願おうと、オールグローリアはあ判断する事にした。
「そうですか、では、気の済むまで調べてください」
「解りました。調査を開始します」
しかし、フロウはこの場から立ち去るつもりは無いらしい。それどころか、オールグローリアの周囲を竜巻が囲んでいる。何もグロリアス正教の調査をするとは一言も言っていないのだ、調査の対象は変化であり、最近変化したものと言えば。
「何をするつもりですか……?」
「私は、変化を調査しに来ました。どのような力があるのか、把握しておく必要があります」
フロウが調査する対象と言うのは、最近グロリアス正教に現れた存在。オールグローリアの事であったのだ。竜巻は円を描くように動きつつ、徐々に近づいてきている。この竜巻は飲み込んだ物体をねじ切る程の力があるらしく、飲み込まれた小物が粉砕されている。
「そんな物騒ですよ!? もう少し穏便に話を進められないのですか!」
オールグローリアは支配の糸を呼び出し、部屋の家具のいくつかに放つ。糸の繋がった家具は、一人でに動き出し、竜巻の進行を止める壁となっている。だが、どう見ても時間稼ぎにしかなっていない。一分もすれば粉砕されてしまうだろう。
「調査を継続します」
「いい加減にしてください! 争っても良い事は無いです!」
フロウは、風の刃を創り出し、切り裂くべく撃ちだした。オールグローリアには、迫りくる竜巻も、風の刃も防ぐ方法は無い。支配の糸は実体の無いものを操れないのだ。だが、もう一つ力があった。異空間への穴を創り出し、その中へと退避したのだ。
「これ以上は意味がありません。調査を終了します」
竜巻も、風の刃も、異空間への穴を通過する事は叶わず、空を切るだけであった。それを見たフロウは、これ以上何かをしても意味は無いと判断したのか、この場から掻き消えるかのように、姿を消した。
「やれやれ、まるで嵐のようで……グラビさん? 貴方は戻らなくても良いのですか?」
フロウはこの場から居なくなったが、グラビは留まっていたらしい。オールグローリアは警戒して異空間から出ないが、何かをしてくる様子は見られない。ただ、何かを呟いているようだ。
「私の役割。私の在り方。私とは、私とは?」
「貴方は貴方でしょう? 他の誰でも無い筈ですよ」
オールグローリアは、多くの人の祈りによって形創られた。それでも、誰かでは無く、祈りを受け入れる存在こそが、自分自身であると理解しているのだ。エンシェントの従者は、秩序の仕組みの一部でしかない、その部分が大きく違うと言える。
「私は、私……」
グラビはそれだけ言うと、姿を消した。どうやら立ち去ったらしい。荒れに荒れた部屋を見回すオールグローリアは、憂鬱な気分になるのであった。