神の役割
オールグローリアは教会の中にある、隠された部屋の中へ、豪華な法衣を纏う、優しげな表情の老人、教祖リダイルと共に来ていた。この人物こそが、神聖の管理者メビウスの姿の一つであり、グロリアス正教で活動する為の姿である。
「さて、貴様には私の代わりにこの組織を管理してもらう」
「それが、私の役割ですか?」
「そうだ。私にとって、この組織は役割を終えた。後の事は好きにすると良い」
グロリアス正教はメビウスが自ら創立した組織である。その目的は、祈りの力を集めて従者を生み出す事。ここにオールグローリアが居る時点で、その役割は終えたと言っても良い。だからと言って、それは表向きの目的ではない。解散など出来ないと言える。
「それは……無責任と言うものではありませんか?」
「そこまで考慮出来るのなら、貴様に任せる事が出来るというものだ。これから先の世界でも、表の事は任せるつもりだ」
オールグローリアは困ったような表情になる、納得が出来ないらしい。それでも、メビウスの言う事に逆らうことは出来ない。それに、人々の祈りに答えなくてはならない。そんな脅迫めいたものが頭を占めている。グロリアス正教を見捨てることは出来ない。
「メビウス様は、どうするのですか?」
「私は影響下にあるもう一つの組織、エリヤ協会の方へ向かうつもりだ。後で貴様と同じ従者、ハイドワンエルを連れてこよう」
メビウスは二つの組織を創立した。天使に縋るグロリアス正教と、自身の力を信じるエリヤ協会。イリア協会の希望の力を集め、誕生したのが、人たる天使と呼であり、希望の天使ハイドワンエルである。オールグローリアと違い、その姿は人その物であり、上に立つというよりも、人々に紛れて活動している。因みに、今はまだ天使と言う呼称は無い
「私に任せるとの事ですが……、何をしたら良いのでしょう」
「貴様は祈りによって誕生した。ならば、人々の祈りを聞くことが出来るはずだ。先ずはどこまで出来るのか、力を確認する事だ」
メビウスはそれだけ言うと、優し気な老人リダイルの姿から、目付きの悪く、近寄りがたい人相の男の姿に変わる。エリヤ協会で活動する為の姿であり、その時の名前はバウトという事になっている。メビウスは、得た名前の数だけ姿を得ることが出来るのだが、その名前と姿を全ての人の記憶から消えた時、その姿も消える。変化できるという事は、まだバウトと言う名前を憶えている存在が居るという事だ。
「……もう行ってしまうのですか?」
「いや、この世界の現状について説明してからにしよう。貴様にはここに留まってもらう予定だが、知らないよりは、知っていた方が良い」
「解りました」
メビウスの影響下にあるのは、グロリアス正教とエリヤ協会だが、あくまでそれは組織でしかない。エンシェントは海の向こうの遠くの島にある〈異次元の森〉の中に潜み、精々従者を送り込んでくるくらいで、あまり気にする必要は無いが、問題はイニシエンとレアルと言える。
「先ず、このグロリアス正教の位置だが、レアルの支配領域である〈機鋼都市連合〉の外れに位置している。この〈機鋼都市連合〉だが、科学技術が発展した合理主義の国と言って良い。その中で生活に疲れた者達が、このグロリアス正教に集まってくる」
「なるほど……。合理主義の圧に耐えられなかった者達なのですね」
効率的に、合理的に動く社会の中には、余裕と言うものが少なく、能力の劣る人の居場所は多くない。だからこそ、心が荒んでしまう人達が絶えないのだ。グロリアス正教はそういった人たちの受け皿と言っても良い。
「そして、エリヤ協会だが、イニシエンの支配領域である〈赤光王国〉の中に存在している。エリヤ協会に関しては、ある意味〈赤光王国〉公認と言っても良いだろう。神は無く、人の力に希望を抱く。そんな方針がイニシエンに気に入られたようだ」
そんな〈赤光王国〉公認となっているエリヤ協会は、数多くの王国民が加入していて、国の中で何らかの問題が起きた時、その問題を解決する便利屋と言うような側面も持っている。更に言えば、人の力の解放として、武力さえも持っていたりする為、治安を維持という意味でも動いている。
「待ってください。そうなると、グロリアス正教と、エリヤ協会は食い違います」
「そうだ。もし〈赤光王国〉と〈機鋼都市連合〉がぶつかる場合、グロリアス正教とエリヤ協会がぶつかる可能性もある。教えとは、そういうものだ。だが、逆に考えろ。そのどちらかは残るだろう」
〈赤光王国〉と〈機鋼都市連合〉はあまり仲が良くない。そうなると、争いが起きる可能性は否定しきれない。あまり激しくなる前に〈北悼山脈〉からドラゴンが下りてきて、争いを止めるだろうが、グロリアス正教とエリヤ協会の両方が無傷で残るとは限らない。
「……私は、疑問に思います。それでいいのでしょうか」
「正しさは、夢物語の中に存在しない。より多くを救え、より最善を目指せ。道を違えるな、空想の中に現実は存在しない。解るな、出来ない事は正しさでは無い」