神の反骨
レイトアとグネデアが訪れてから、数日ばかりの時間が経った。オールグローリアからしてみれば何も変化の無い日常であり、何の来客も無かったという事にもなる。ただ、今日はどうやら、イニシエンの従者、ディーアとギレーアの二人が来るらしい。
「折角ですから、お茶の用意でもしてみましょうか」
オールグローリアは、何時貰ったのかも思い出せない茶葉を取り出すと、見よう見まねでお茶の準備を始めた。何故かお茶が緑色ではなく、赤っぽくなっていたが、気にせず続行する。そんなこんなと準備が終わった頃に、来訪者がやって来た。
「私はディーアと申します。オールグローリア様で宜しいでしょうか?」
ディーアは人当たり良さそうな柔らかいイメージの女性の姿をしていた。それだけを見ればなんという事は無いが、もう一人の来訪者が縄で縛られて居ることと、その縄の先がこの人の手の中にあることを考えると、優しそうな雰囲気が吹き飛んでしまいそうでもあった。
「はい、私がオールグローリアです。ところで、その、もう一人は……」
「あぁ、申し訳ありません。こちらはギレーアなのですが、少々反抗的でして、このようにしておかなければ逃げてしまうのです」
ギレーアも女性の姿をしていたが、ディーアとは対照的にやけに刺々しい雰囲気である。今も鋭い眼光で睨み付けている程には、ここに来ることが気に入らなかったらしい。
「そうですか。少しは気を緩めてはどうですか? お茶でもどうぞ」
とりあえずお茶を勧めてみるものの、ギレーアはそっぽ向いている。何から何まで気に入らないらしい。それを見たディーアは呆れた表情をするものの、それについては言及しないで、頂きますとお茶を一口。その瞬間、表情が固まった。そして、何も言わずにお茶をテーブルの上へ戻した。口に合わなかったらしい。
「私の権限は憤怒です。怒りを増幅してしまう弊害がある為、このような姿になっています。権限は絶対的ではありますが、制御出来ないものでは無いのです。特に、私達のような欲の形を得た存在にとっては」
そう言ってにこりと笑顔を見せるディーア。そして、その言葉はギレーアに言い聞かせるようでもあった。確かに、怒りを増幅してしまうのならば、その怒りそのものを感じさせないように振る舞う。対処としてはかなり解りやすい。
「なるほど。その答えを見出だすまでは、大変だったのではありませんか?」
「確かに色々とありました。権限も、与えられたものだけでは制御が出来ないのです。在り方を見出だして、自分だけの権限の解釈を手に入れる。それまでは振り回されてしまいますからね。それからも、在り方には縛られてしまうのですけれど」
グレスアの権限は傲慢。それは自分の折れない自我として見出だした。だからこそ、自身の言動が他者に影響されてはならない。ディーアの権限である憤怒、それは制御されるべき活力として見出だし、今まさに、在り方を見出だそうとしているのだろう。そして、その時に権限を自分のものとすると同時に、在り方に縛られる事になる。
「権限に振り回されて、在り方に縛られる。存在を固定化するのは本当に受け入れるべきなのでしょうか」
「確かに、失うものも多くあります。在り方に縛られますし、姿を変えるのも簡単ではなくなります。ですが、個である私達にとって、個を確立するのは大切な事なのです。ある意味、貴女方とは真逆かも知れません」
イニシエンの従者は個であり。徐々に自身を定めて、在り方を見出だし、権限を自分のものにする。そして、ただ一人の存在となって固定化する。メビウスの従者は、ただ一人の存在となることはなく、存在が固定化される事はないのだ。何故なら、複数の他者の存在によって存在を証明しているからだ。
「どちらにしても、初めから完成では無いという事ですね」
「そうですね。そう言う意味であれば、エンシェントの従者が一番近いでしょう。私達は敢えて遠回りをしています。私としては、あのような存在にはなりたくありません」
オールグローリアはフロウとグラビを思い出す。確かに、あのような存在にはなりたくない。世界の仕組みとして完成はしていたとしても、一つの意思を持っている筈なのだから。そう考えると、一番遠回りな存在は誰と言えるだろうか。
「確かにそうですね。ところでギレーアさん、落ち着きましたか?」
「落ち着きましたかだと? 無理やり連れてこられてふざけてんのか?」
ようやく口を開いたかと思えば、この調子である。不機嫌さを隠そうともしていない。ここまであからさまだと、もういいかとも思えてくるが、それを許さない存在が隣にいる。
「ギレーアさん? あのグレスアさんがこんな事で納得してくれると思いますか?」
「あぁもう! 解ったよ! 俺の権限は色欲だ! クソダサい上に、この世界でどう扱えば良いのか解らないもの押し付けられた! 全部イニシエンが適当に決めたからだ!」
相当にお怒りらしい。怒りという事で、何となくディーアに目線を向けてみる、首を横に振られた。それは兎も角として、受け取った権限をそのまま受け取る必要は無い、自分だけの形にすれば良いだけだ。その事はギレーアも解っている筈なのだが、納得が出来ないらしい。
「ギレーアさんは、一体どうしたいのですか?」
「どうしたいかだと? そんなもん解れば苦労はしない! お前らは自分で決める必要がなくて気楽かもしれないけどな!」
個と集団。性質としては真逆と言えるかも知れないが、個であるからといって集団を、集団であるからと言って個を無視する訳にはいかない。グレスアはオールグローリアに個としての話を聞かせるため、ギレーア達には、集団としての話を聞かせるという考えがあった筈だ。お互いを、自分の管轄の外を知っておくのは、何かのときに役に立つのだろうと。
「それでは、次は私の話をする事にしましょう」
そんな考えを知ってか知らずか、オールグローリアは、話を聞いた分、自身も話をする事にした。




