エピローグ - 後編
今回は、複数の人物の目線が書かれてます。
【 日下部 雅 】
外科医「うーん……特に外傷はないね」
ここは、吉波総合病院の外科の診察室だ。僕は今、ひげもじゃの先生にお尻を診察してもらってる。
正直、恥ずかしいね…。僕の後ろで僕の姿をしたシリウスも見ているんだ。
昨日、僕は御影先生が発生させたであろう20メートルを超える黒い物体にお尻を蹴り上げられた。なのに外傷は一切ないだって?
このひげもじゃサンタクロースは、てきとうな診察をしてる気がするね…。
僕のお尻は鋼鉄でできているとでも言いたいのかい?
「あ、あの痔とかにもなってないんですか? 昨日、思い切り蹴られたんですけど」
僕は杜撰な診察に怒りを感じ、昏倒劇臭屁を放ちたくなる衝動を抑えながら、冷静に問いかけた。
これが大人の対応って奴さ。いちいち放屁を放っていてはきりがないからね。
僕の質問に対してひげもじゃの先生は、おどけたような顔をして首を傾げた。
外科医「外傷ないって言ってるでしょ? 思い切り蹴られた痕は1つもない。ちょうど隣に精神科がある。そこにも行ってみなさい」
僕をバカにしているのかい? あの黒い物体は幻覚だったと?
そんなはずはない。あの場にいた全員が見えていたからね。
今、僕は貴方にお尻を向けている。相手にお尻を向けることは即ち、臨戦態勢ということ。
その気になればいつでも放屁を放てることを知らないから、そんな偉そうな口を利けるんだろうね。
だけど、これは神の力だ。こんなひげもじゃに使うのは勿体ない。こんなところ、とっとと出るとしよう。
僕は外科の先生に突きだしていたお尻を仕舞って、先生の方に振り返った。
「結構です。診察ありがとうございました」
頭を下げて診察室を出ようとすると…。
外科医「他に痛いところはないの? 僕が手術してあげるよ」
彼は右手にメス、左手に注射器を持って嬉々とした表情を見せた。
何だろう…。この笑顔からは本能的に恐怖を感じる。
恐怖と言えば、色々いたね。
恐怖を助長させ、従わせる力を持つ猿渡。
吉波高校最恐と言われている村川先生。
今は入院中だけど、背筋が凍りつくような雰囲気を放っている朧月くんとか。
どうやら、この町は恐怖に蝕まれているようだ………というのは冗談さ。
「いいえ、お尻以外のところは健康だと思います」
とりあえず、この場から離れたい。人体実験されそうな気がする。
外科医「えぇ~……」
僕がそう言うと、先生は眉をハの字にして肩を落とした。
外科医「じゃあ、せっかく来たわけだし、全部新しい内臓に入れ替えてみる?」
とてもヤバい発言だねそれは…。せっかくって何だよ。
臓器を全部移植するくらいなら、お尻をもっと入念に見てほしいんだけど…。
今お尻を突き出したらメスを刺されそうだ。
外科医「嫌ならお帰りください」
僕が嫌そうにしているのを察したのか、先生はぷいっと顔をそらして素っ気なく言い放った。
何かムカつくけど、意外とさっぱりしてるんだね。めちゃめちゃ食い下がられるかと思ったよ。
ふぅ…、僕は安全にここを出られそうだ。
僕は少し警戒しながら振り返り、出入り口のドアに手をかけた。
…………。
このまま帰って良いのだろうか?
若干だけど気にはなるよね。彼がどうして手術をしたいのか。もしかして、臓器を掻き集めて何かを企んでいる神憑なのでは?
もし、そうならこのまま野放しにしておくわけにはいかない。
そう考えた僕はもう一度振り返り、先生の目を見据えた。
「どうしてそこまで手術にこだわるのですか?」
彼はきょとんとした顔をして、思ったよりもあっさりと答える。
外科医「………え? 手術が好きだから。だって僕、外科医だもん」
二度と来るか、こんなとこ…。
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【 剣崎 怜 】
ここは、吉波総合病院の2階。主に入院患者を収容する病室がある階だ。
私はある病室のベッドに腰をかけ、訓練を行っているのだ。その訓練の内容とは…。
的場「ノオオオオォォォォン!!」
的場氏との対戦である。現在103連勝中、はっきり言ってこの鍛錬は生温い。
1フレームがしっかりと見える私に格闘ゲームで勝つことは不可能なのだ。的場氏が操作しているキャラクターの動き、全てが止まって見える。
私にとってはほとんど成長に繋がらない訓練であり、別の訓練をしようと提案しているのだが…。
的場「もう1回! もう1回じゃ!」
負けず嫌いな彼は言うことを聞いてくれない。
それに的場氏、このゲームが身体能力を向上させる効率の良い訓練だと言っていたが、それは本当なのか?
この訓練で、光速を超える唾液滑走を習得できると彼は言ったが、いったいどういう理屈なのだ?
もしや私は騙されている…? 療養中である彼の暇つぶしの相手にされているだけなのでは…?
私は相談相手を間違ってしまったかもしれない。学生大戦時、共に背中を合わせて戦った彼なら信頼できると思っていたが…。
暇つぶしに付き合っている暇はない。私は強くならなければならないのだ。
今のままでは仲間を守ることは不可能。もっと強大で悪意のある敵が来たとき、今の私には何もできない。
朧月「静かに……ここ病院……」
隣のベッドで寝ていた朧月氏が病室の白いカーテンから顔を出す。
すまない、朧月氏…。私を庇ったせいで火傷を負った左足に響いただろう。
後で彼には、私からきつく注意しておこう。
的場「はぁ……はぁ……全然勝てん」
現在、104連勝中。ただお見舞いのつもりで朝に来たのだが、気づけば日が沈みかけている。
的場「違うゲームするぞ。俺の得意なFPSじゃ」
FPS……。ファーストパーソンシューティングの略称。要は撃ち殺し合いをする物騒なゲームのことである。
この手のゲームをやったことはないが、良いだろう。いつものように動体視力で捻じ伏せるのみ。
「了解した。もうすぐ日が暮れる。これをラストゲームとしよう。操作方法とルールだけ教えてくれ」
的場氏、君がどんなに得意なジャンルで私に挑もうが関係ないのだ。私より動体視力が遥かに劣っている時点で君に勝ち目はない。
私は揺らぐことのない自信を胸の内に秘め、コントローラーを強く握った。
的場「ええと、まずじゃな……Aボタンでぇ…」
一通り、説明が終わったところで勝負が始まる。
最後も気持ち良く勝って帰るとしよう。明日からまた新しい鍛錬法を考えねばならない。
ラストゲームだからといって、私は気遣いや手加減はしない。勝たせてもらうぞ!
…………バカな。なぜ私の攻撃が当たらないのだ?
この動体視力で相手の動きを見定めて撃っているはずなのに…。
まるで私の放った銃弾が的場氏のキャラクターを避けるかのように逸れていく。
的場「お前の弾、真っ直ぐしか飛んでこんけん簡単じゃ」
何を言っているのだ? 銃弾は普通、直線にしか進まないはず。
まさか……!
「このゲーム、弾道を曲げれるのか? 先に説明しないとは卑怯であるぞ!」
的場「さぁなぁ! 俺はどのFPSでも曲げれるけどなぁ!」
的場氏の操作するキャラクターから銃弾が放たれる。
焦るでない。私は1フレームが見えている。避けることなど他愛もないのだ。
私は冷静に自分のキャラクターを銃弾の軌道から外れるように操作した……つもりだった。
「うおぉぉっ!」
しかし、私のキャラクターは情けない野太い声を上げて倒れ込む。直後に、私の操作している画面には『YOU LOSE』という文字が現れた。
たったの一撃で私は負けたのだ。
ヘッドショットとやらか。頭に命中すれば一撃で死に至るというシステムだ。
確かに私は避けたはず…。いったい何が起こったのだ?
「もう一度だ。もう一度、私と勝負しろ!」
今度は私からリベンジを申込み、バトルは再開する。
「うおぉぉっ!」
「うおぉぉっ!」
「うおぉぉっ!」
「うおぉぉっ!」
「うおぉぉっ!」
幾度となく聞かされる私のキャラクターの情けない声。
わからない、わからない! 何故避けられない? 何故、私の弾は当たらないのだ!
現在、23連敗中。ありえない、ありえない!
私は……私は動体視力を極めたガチゲーマーなのだぞ!
「うおぉぉっ!」
『YOU LOSE』
「人間風情にこの私が負けるだとぉ!? うおおおぉぉぉぉ!!」
幾度の敗戦に、私は理性を失い発狂した。
朧月「うるさい…!」
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【 新庄 篤史 】
『昨日、吉波町を襲った緑の大災害は、専門家の分析によってブロッコリーの構造と酷似していることが明らかになりました』
付けっぱなしにしてた台所のテレビから物騒なニュースが流れる。
昨日、家の周りが緑になったのはこの災害って奴のせいか?
ちょうどあのとき、俺はパズダイ (パズル&ダイナソーの略称) の超強ぇボス戦やってたんだ。
あのボスはかなりタフで、追い詰めるまでに3日もかかったんだぜ。後、もう一息で倒せるってときに地震みてぇなのが起こって手元が狂っちまった。
そのたった1つのミスでゲームオーバーってわけだ。
誰かのせいならよ、そいつ見つけてぶっ飛ばしてやりゃあ気が済むんだけどな…。災害に仕返しってできねぇからクッソ腹立つんだよ!
『幸い、今回の災害で死傷者や倒壊した建物等はありませんでした。突如現れたとされる緑の災害の原因はよくわかっておらず、専門家が究明を急いでいるとのことです』
奇跡的に怪我人は0ってわけか。確かに俺の家も壊れてねぇし、知り合いが死んだって話も聞いてねぇな。
俺は机にあったテレビのリモコンで別のチャンネルに変えた。
司会『しかし、これ謎だね。ブロッコリーって…。これも地球温暖化が関係してるのかね?』
ワイドショーって奴か? 今はどのチャンネルにしても、あの災害のことばっかりだな。
…………。見るもんがねぇな。
俺はテレビを消し、机に立てかけてあったあの金属バットを手に持った。
「今日も素振りだ、じいちゃん2世」
俺はもっと強くならなきゃならねぇ。凌が大怪我をしたんだ。
今後も鬼ごっこや学生大戦みてぇなことを仕掛けてくるテロリストがいるかもしれねぇ。
この金髪のせいで停学にされたのはある意味、強くなれるチャンスなんだよ。
いや、学校行かずに良くてラッキーなんて思ってるわけじゃないぜ…?
俺が凌を……仲間を……吉波高校を守る番人になってやる。
1日に最低でも素振り10回はするって決めてんだ。自分で作った約束は絶対に破らねぇ。
強くなったら、俺はこの金髪をどうにかして学校に復帰する!
それまでに留年確定してなきゃいいけどな。
【エピローグ、完結】
 




