報復 - 文月 慶⑦
恐怖と呼ばれた3つの人影。
僕は彼らのことを知っているが、各々いつもとは違う雰囲気を放っている。
グラサンをかけ、機関銃のようなものを持ち迫ってくる者。
白いポロシャツをきっちりとジャージのズボンの中に入れ、清潔感をゴリ押ししている者。
そして、真ん中には吉波高校で最も恐れられている者。
その3人の正体は、小林先生、村川先生、そしてシャツインしている辻本先生だ。
色々と気になる部分があるんだが…。
まず、学校内で1番優しいと評判の小林先生。なんで、そんな物騒なものを持っている?
本物か? エアガンか何かか? もし後者なら、本物と見分けがつかないほど精巧に造られている。
次に極限までズボンを上げてシャツインしている辻本先生。その恰好はいったいどうした?
政府の人間を前に礼儀正しい装いをしようとした結果がこれか? 笑わせにきているとしか思えない。
最後に世界最恐の関西弁の使い手、村川先生。この人はいつも通りか。
右手に封筒のようなものを持っている。
ザッ……。
3人は僕のすぐ後ろまでやってきて立ち止まった。
村川「やっと……動けるようになった。儂、幽霊とか信じへん質やねんけど信じてしまいそうやわ」
生徒を指導しているときより口調は柔らかいが、ドスが利いた声に変わりはない。
そして、目はしっかりと御影を見据えている。
この3人や他の先生たちも、猿渡の能力にかかり、待機命令か何かを出されていたんだろう。
だが、日下部の父親が現れて奴を気絶させた。それがきっかけで能力から解放されたといった感じか。
村川先生がここに来たことで、奴は恐怖で指を鳴らすことができなくなったようだ。
こればかりは日下部の父親のお陰だ。基本、足手まといでしかなかったが…。
御影「これは村川先生、貴方の力かしら? 見たところ何も憑いてなさそうだけど」
猿渡を一瞥してから、臆することなく問いかける御影。
薄々気づいていたが、村川先生の恐怖は部外者には通じない。
彼を恐がるのは吉波高校の生徒だけだ。一部、彼を知っている他校の奴も怖がるかもしれないが…。
どんなに些細な校則違反でも見逃さず徹底的に説教する。入学して以来、怒鳴られたことのない生徒はいないはず。
今、御影が言ったように、彼は神憑でもなければ特質持ちでもない。
厳格な説教や指導によって、勝手に僕らが怖がっているだけだ。学校から1歩外に出れば、ただの太った中年にすぎない。
村川「つい……? よう分からんけど。御影先生、さっき市役所の人が来て、これを渡してくれって」
村川先生はそう言って御影に近づき、封筒を渡そうと前に差し出した。
彼ら3人は、僕らを助けに来たんじゃない。単にそれを渡しに来ただけだ。
そういえば、御影を政府の人間と知っているのは僕だけだったな。
水瀬たちから見ると、暴走しているただの英語教師。どこかで動きを封じられて身動きできなかった先生たちは何も知らない。
だとしたら、その機関銃とシャツインはいったい何なんだ?
少し警戒しているかのように封筒を受け取る御影。
封筒を空けて中に入っている紙に目を通した途端、顔色が変わる。
小林「な、何か暴れるようなことがあったらこ、こここれでううう撃ち殺せって……」
辻本「僕もねぇ、シャツインしなかったらねぇ、殺すって言われたんですよねぇ」
唇をぶるぶると震わせながら銃口を御影に向ける小林先生と、冷や汗を掻きながらジャージのズボンをぐっと上げる辻本先生。
とりあえず、そいつが市役所の人間じゃないのは確かだ。
文節ごとに“な”をつける辻本先生。敬語になると“ね”に変わるということを初めて知った。まぁ、どうでもいい話だが…。
機関銃を所持している組織と言えば、1つしかない。この国の軍隊だ。
この平和な国に、それ以外の者が機関銃を所持していることは恐らくないだろう。
御影に届いたのが軍隊からの通知だとすると、その内容によっては…。
ぐしゃっ
奴は読んでいた紙を丸めて後ろに放り投げた。そして、僕を見てニヤリと笑う。
御影「休戦としましょう。どうやら私たちは暴れすぎたようね」
勝った…。僕は政府の計画を壊すことで復讐を果たした。
心の底にずっとあった怒りや不快感などのわだかまりが解消された気分だ。
御影「これ以上、町に被害を出すわけにはいかないとの判断。あの緑の奴は貴方の攻撃…。撤退しろと命令が来たわ」
樹神の緑花王国が功を奏したか。
ただ幻霧を吸い上げるための作戦だったが…。奴らは町全体に被害が出るのを恐れたわけだ。
御影「報酬に関してだけど……」
「いらない。好きにしろ」
“BrainCreate”ならくれてやる。僕の応酬はお前らへの報復で充分賄えた。
それに未完成のものは僕が持っている。時間はかかるかもしれないが、完成版をもう一度創ることは不可能じゃない。
小林「文月くん、先生には敬語を使わないとダメだよ」
機関銃の銃口が僕に向けられる。優しいと評判の先生だが…。その動作に関しては村川先生よりも恐ろしい。
「す、すみません…」
僕は頭を下げて謝った。僕はホログラムだから危険はないが、発狂して乱射なんてされたら困るからな。
そうなったら、今度は本物のミサイルを撃ち込まれるかもしれない。
クソッ…、先生のせいで僕の気分は台無しだ。せっかく勝ったというのに…。
コツコツコツ
御影は瓦礫の上をハイヒールで巧みに歩き、僕の前までやって来た。
御影「それじゃ、精々気をつけて。今度、何かやらかしたら軍事介入も有り得る。嫌味や脅迫じゃなくて忠告よ」
彼女はそう言って踵を返し、瓦礫に挟まっている景川の元へ。
御影「さて、雲龍はどこかしら? そろそろ返してくれる?」
景川「………後日、返還します」
辺りを見渡しながら話す御影に対し、景川はそう返した。
賢明な判断だ。
政府の命令に背いて能力を使う気はないだろうが、今は返さないほうが良いだろう。
御影はふっと笑い、向こう側へと去っていった。校門とは真逆の方向なんだが…。
まぁ、鬼塚にやられた雲龍を置いて帰るわけにはいかないか。
村川「そういや、体育館が見当たらへんな」
辻本「確かに…。でもねぇ、建物がねぇ、なくなるなんてことはないですよね?」
村川「儂もそろそろ老眼か? 眼科いかなあかんかもしれへん…」
この瓦礫が元体育館だということは、今はまだ黙っておこう。
僕は振り返り、先生たちの下らない会話に割って入った。
「とりあえず、授業に戻りましょう。チャイムが鳴っても先生が来ないから、生徒はみんな遊びに行ってしまった。後、僕はホログラム。脱獄はしてません」
辻本先生は両手を顔の前に合わして申し訳なさそうにする。
辻本「ごめんな…。集団催眠かわからんけどな、先生みんな職員室から動けんかったんよな」
村川「よし、遊びに行った生徒を集めるで! 今回は儂らが悪い。特別に迎えに行ったる。儂の……真の愛車で」
そう言って2人はグラウンドを後にした。
小林先生は2人が完全にいなくなったのを確認し、僕に再び銃口を向ける。
そして、ガタガタと震えながら口を開いた。
小林「この瓦礫の山は体育館だよね?」
まぁ、少し考えればわかるだろうな。あの2人がバカなだけだ。
小林「真実を教えて。僕らが職員室にいる間、御影先生と何があったんだ?」
気弱で優しいだけの先生かと思っていたが…。いざというときには、大胆な行動に出る勘の良い先生でもある。
この先生は体育館を破壊した僕らを罰したいから聞いているんじゃない。
ただ、生徒を危険から守りたい。そういった意志が感じられる。
「わかりました。真実を話します」
御影との戦いだけではない。特質や神憑に関係して起こったこと全てを伝えるつもりだ。
ただし、1つ頼みがある。
「その前に銃を下ろしてください」
その機関銃をどこかに仕舞って二度と持たないでくれ…。
ーー こうして、政府への報復は何とか成功した。




