報復 - 文月 慶⑤
生徒たちがあの校則を嫌がっていた理由。
それは、政府の支配下に置かれるからだと思っていた。確かにそれもあるだろう。
獅子王と日下部。彼らが特質持ちだということを僕が伝えなかったため、“RealWorld”への幽閉は免れるはずだった。
彼らを閉じ込めたくなかった理由は簡単。こちら側の戦力が不足しないようにするためだ。
そして、彼らは御影が来る前から生徒会に所属している。彼らがいれば内側からも崩せると踏んでいた。
しかし、2人は強引な手段に出て失敗し、“RealWorld”へ。
2人ともどちらかと言えば、冷静でリスクを負うことは極力しない性格だ。
普段なら、様子を見てあの場はやり過ごそうとするだろう。猿渡が神憑だとわかっただけでお尻を突き出すような奴じゃない。
彼らの性格上、敵の神憑や特質持ちが何人いるかを探ってから行動に移すと思われる。
それを水瀬らに伝えれば作戦が立てられ、より勝率は上がったはずだ。
なのに何故、あの場で倒そうとしたのか。
学校で起こっていたことは小型カメラを通して一部始終見ている。
正直、君ら2人のあの行動を見ていて苛立ちを覚えたよ。君らは優秀な補欠、頼もしいピンチヒッターのような存在だったんだ。
だが、その行動のお陰で僕は“王を覚醒させる答”を見つけた。
君たちがバカな判断をした理由。生徒たちがあの校則を嫌がる本当の理由は…。
こちらを悲しそうに見つめる鬼塚に対し、僕はある言葉を発した。
御影「……………0」
「坊z……」
ドオオオオオォォォォォォン!!
雷が落ちたかのような爆音に、僕の声は掻き消される。
僕の言葉が聞こえたのか、鬼塚は拳を真上に振りあげていた。
豪「うおおぉぉっ!?」
地面が大きく揺れた反動で、吹き飛ばされる日下部の父親。
問題ない、それくらいは予想の範囲内だ。無駄に鍛えられた全身の筋肉が内臓を守るだろう。致命傷にはならないはずだ。
僕がホログラムでなく、実際にここにいたら間違いなく消し飛んでいた。
御影「いったい何を…?」
奴の口調でわかる。かなり動揺しているみたいだな。一瞬すぎて何が起こったのかわからないのは僕も同じだ。
さて、上空を見てみよう。
音速を超えた速度で僕らに襲いかかろうとしていた無数の隕石は、跡形もなくどこかへ消えていた。
これが王の真の力。突きの風圧だけで全ての隕石を粉々にしたんだろう。
鬼塚「坊主は………嫌だ」
鬼塚は、振り上げた右手をゆっくりと戻しながらそう呟いた。
僕の思惑は間違っていなかったようだな。彼らが本当に嫌なのは、支配されることではなく坊主にされること。
よく考えればわかることだ。支配なんてとうの昔からされている。
親からの支配、先生からの支配、国からの支配など。
僕ら人間は生きている限り、何かしらの支配や制限を受けている。
法律やルールも言ってしまえば支配そのものだ。それらから逃れようと、あるいは逆らおうとすれば必ず罰則を課せられる。
日常に存在する“支配”に慣れている僕らは、支配者が学校の先生から政府の人間に変わり、校則が厳しくなったところで拒絶はしない。
できる限り校則を破らず、若干の不満を抱えながらも守ろうと努力するだろう。
猿渡は生徒が反抗しようとしたときの保険だ。
“御影帝学憲法”にあの項目さえ入れなければ、計画はもっとスムーズに進んだのかもしれない。
【 一、髪型・服装の乱れは風紀の乱れ。男子は坊主、女子は肩にかからない程度、もしくは髪をくくること。靴下と靴は白を基調にしたもの以外、履いてはならない。】
“坊主”というワードが墓穴を深く掘ってしまったようだ。
この項目があろうとなかろうと恐らくこの展開になったはず。
猿渡の能力を掻い潜り、吸った幻霧を無効化してもまた気づかないうちに喰らってしまう。
最終的には“幻霧・絶滅の画”に殺されるわけだ。
鬼塚が覚醒したのは、お前らがその項目を作ってしまったからに他ならない。これで僕らの負けはほとんどなくなった。
だが、油断してはいけない。
「よくやった。凶悪な坊主計画を防ぐまであと少しだ。油断はせず、全ての攻撃を捌いてくれ。その間、僕は御影に降伏するよう説得する」
僕は、自分の拳を見つめる鬼塚に注意を促す。
それに対して彼は頷き、両腕を顔の前に構えて空を見渡した。
御影「降伏? 隕石をいくら砕こうが幻霧を解かない限り、いくらでも攻撃できるのよ? 貴方たちが不利なのに変わりはない」
そうか、お前はそう思うのか。一方的に攻撃できたとしても、それは決定打にならないだろう。
鬼塚が本気になった今、全ての攻撃は通用しない。そして、幻から解放された水瀬たちがお前の本体を仕留めるのは時間の問題だ。
体育館のどこかに隠れていようが、唖毅羅となった獅子王が野生の勘で見つけ出す。
体育館の外に出れば、快楽を求めた樹神がお前の幻霧を吸い上げ続け無効化するだろう。
現実と虚構、両方からお前を叩く。
豪「おい、小僧! よくも吹き飛ばしやがって!」
鬼塚「すみません! 後でお詫びします。危ないから僕から離れてください」
また邪魔が入りそうだ。鬼塚、そいつは無視して攻撃に備えてくれ。
それにしても凄い身体能力だな。あれだけ吹き飛ばされているのに全く傷を負っていない。
豪「許さん! 喰らいやがれ!」
バチンッ!
怒りが収まらない日下部の父親は、両手を合わせて謝る鬼塚にあの強烈なビンタを放った。
豪「あああぁぁぁ~っ! 手が変な方向にいぃぃぃ!」
少し腫れただけの手首を押さえ、大げさなことを言いながら転倒するお父さん。
恐らく彼の身体はダイヤモンドより硬い。折れなかっただけマシだ。
御影「………調子狂うわね」
「早くしろ。降伏するか攻撃を続けるのか」
奴の溜め息らしき音が木霊する。そして、次の攻撃が放たれた。
御影「少し考えていたの___幻霧・天災地変の画」
なるほど、災害による攻撃か。
全方向から4つの災害が同時に現れた。
前方からは、雷を絶え間なく落とす大きな雷雲と複数の竜巻が。
後方からは、20メートルを超える津波がやってくる。
左右には火山が出現し、溶岩や火砕流がこちらに迫ってきていた。
そして、更に……、
ゴゴゴゴゴゴゴ………
大地を揺るがす大地震。普通なら立つことすら難しい。
豪「地震だ! ここには何もない! 頭を砂の中に隠せ!」
ズボッ…
彼は、さっき作った砂山に頭を埋めた。
僕はホログラムだが、幻霧が創り出したものには思い込みからか影響される。
今まで経験したことのない揺れに膝をつき、動けなくなった。
そんな中でも、鬼塚は拳を構えてしっかりと立っている。
御影「災害は力ではどうにもならない。死ぬ前に降伏しなさい」
それはどうだろう? 果たして鬼塚の力にその理屈は通用するのか。
ドンッ!
彼は右足を腰の位置まで上げてから、地面を踏み込んだ。
災害は力ずくではどうにもならない。どうやら、そんなことはなかったようだ。
あの大地震が一瞬にして収まった。恐らく踏み込んだ右足で揺れを抑え込んでいる。
御影「………は?」
鬼塚は背中を向けたまま、僕らを見据えてこう言った。
鬼塚「ごめん、ちょっと荒くなるかも。誰かわからないけど、おじさん……何かに捕まっててください!」
彼は右足で地面を蹴ってこちらに向かってきた。右足から解放された地面は再び揺れ始める。
僕を横切って少し行ったところで彼は止まり、僕らに迫ってくる津波を見据えた。
津波を殴って吹き飛ばすつもりなのか?
そんな僕の予想に反して、彼は両腕を振り上げ地面に思い切り拳を叩きつけた。
ドンッ! ビキッ……。
地面に真っ直ぐ入る大きな亀裂。その亀裂の末端は、ここから一切見えない。
まさかとは思うが…。
ゴゴゴゴゴ……
大地震の揺れも相まって、亀裂を境に向こう側の地面が隆起していく。
津波はまだ向こう側だ。
鬼塚「王の………中段蹴り!」
彼は隆起した地面の側面を蹴り飛ばした。蹴られた地面は僕らからどんどん離れていく。確かにこれで津波はやって来ない。
他の災害への対処も全く同じだった。地面に亀裂を入れて蹴り飛ばす。これの繰り返しだ。
鬼塚にとってはただの作業でしかない。真顔で淡々とこなしている。
まさかとは思うがこの亀裂……、
地球を真っ二つに割っているわけじゃないよな?
この場所は御影が創り出した幻だが、僕らの行動が現実に影響を及ぼさないとは限らない。
たった今、現実世界の人類は鬼塚のせいで滅んでしまったかもしれない。
全ての災害は地面ごと切り離され、僕らのいる場所はひと部屋分くらいの四角形になってしまった。
色々と聞きたいところだが、前方からはまだ雷雲と竜巻が向かってきている。
雲と竜巻に地面の有無は関係ない。さぁ、どうする?
鬼塚「あの竜巻は全て反時計回り……」
彼はそう言ってから両腕を横に広げ、時計回りにくるくると高速で回り始めた。
何を遊んでいるのかと思った矢先、彼を中心に大きな竜巻が発生する。
豪「うわああぁぁぁ! 助けてくれぇ!」
お父さんはその竜巻に巻き込まれ、遥か上空へ吹き飛ばされた。
何かに捕まってろと言われただろ。話を聞かないからそうなるんだ。
僕は何で平気なのかって?
ホログラムである以上、普通の攻撃の影響は受けないはずだ。御影の幻霧だけが特殊で、それを介したものの影響は受けてしまうといったところだろう。
わかりやすく言うと、この状況では味方の攻撃に巻き込まれることはなく、敵の攻撃だけ喰らうということだ。
御影の複数の竜巻は反対方向に回った鬼塚によって相殺され、雷雲も全て彼の竜巻に引きよせられた。
彼が回転を止めると同時に、吸い込まれた雷雲も何故か消失。これも王の力…、ということにしておこう。
御影「チッ……! でも、1人は排除した。貴方たちも死にたくなければ降伏しなさい」
御影の舌打ちがこの砂漠を木霊した。
いや、お前じゃなくて排除したのは鬼塚だ。
まだ自分が優位に立っている気でいるのか? 勘違いも甚だしい。
それに水瀬たちは何をしている? 早く本体を叩け。
待て……。僕が御影の能力を説明しなかったからビビって動けないのか?
ブロッコリーで幻霧を解いた時点で何となくわかるだろ?
仮にわからなかったとしても、こっちには奴がいる。
直感の皇……。奴はいったい何をしている?
まさか、この期に及んでコーラ買いに行ってるんじゃないだろうな?
御影「でも、後2人ね。良いことを思いついたわ。こうするの!」
往生際の悪い奴だ。また何かやってくるのか…。
とりあえず、鬼塚に対応を……いや、これはまずいな。
上空僅か10メートルほどの所に、大量の核ミサイルが出現する。
破壊は可能だが、殴った瞬間に爆発し僕らは死ぬだろう。殴らなくてもいつかは爆発する。
御影「壊して死ぬか、壊さずに死ぬか、降伏するかを選びなさい!」
クソッ、皇、お前……僕らよりコーラを選んだのか。
水瀬、お前なら少し考えればわかったはずだ。
獅子王、野生の勘をどうして使わない?
…………。降伏するしかないか。
鬼塚、君は僕に生きろと言ってくれた。
僕の命、そして君の命……後、一応、日下部の父親の命を尊重する。
核ミサイルの間に見える青い空。僕はそこに向かって降伏を宣言しようとした。
鬼塚「ダメだ、文月くん! 一緒に死のう」
………ん? さっきと真逆のことを言ってないか?
あれだけ人を守ることに固執していた君がどうして?
鬼塚「ハゲになるくらいなら死んだほうが良い。大丈夫、こんな距離で被弾すれば痛みもなく一瞬だから」
真剣な表情でそう語る鬼塚。
また説得をしないといけないのか。
「落ち着け、ハゲじゃなく坊主だ。生きていれば髪は自ずと生えてくる。僕は自分のエゴで他人を死なせる気はない」
そう、これは僕のエゴだ。
政府への報復のために鬼塚を体育館へ連れてきた。
“BrainCreate”の完成版を取り返したいがため、“RealWorld”を創るために仲間を捨てて手を組んだ。
僕は今後もそうやって生きていくだろう。
自分のやりたいことを最優先し、手段を厭わない。それが時には人を裏切って傷つけるかもしれない。
今回や鬼ごっこのときのようにな。
だが、僕の行動で人を死なせることは絶対にあってはならない。怪我をさせることもトラウマになるようなことも極力したくはない。
鬼塚、君が何と言おうと僕は降伏させてもらう。
僕は空に向かって言葉を発した。
「わかった。核ミサイルはさすがに厳しい。僕らは………」
鬼塚「やめろ! やめるんだ、文月くん! 考え直すんだ、文月くん! 文月くん! 文月いいぃぃぃぃ!!」
うるさいな…。今、何回、僕を呼んだ?
御影「降伏しないのね? わかったわ………発射」
全ての核ミサイルに火がついた。
嘘だろ……? 鬼塚の声がうるさすぎて僕の声が聞こえなかったのか?
はぁ、最後の望みだ。
「鬼塚、王撃だ」
核ミサイルは間違いなく爆発する。僕とお父さんは死に、最強の身体を持つ君はもしかしたら生き残るかもしれない。
これに賭けるとするよ。
ただ爆発を待つだけで何もすることがなくなった僕はそっと目を閉じる。
その直後に、ここにいる誰のものでもない声が聞こえた気がした。
「……………吸収」
一方、水瀬たちはブロッコリーに挟まれた民間人の救助をしていた。
御影の本体を叩けなかったのはそれが理由だ。皇は文月が危ないことに気づいているみたいだったが………
皇「まぁ、大丈夫だろ」
水瀬「何、サボってるんだ! 手伝ってくれ!」
彼は水瀬たちに救助活動を続行させた。




