報復 - 文月 慶④
僕らに狙いを定めた無数の隕石が炎に包まれて落ちてくる。
思い込みがどうとか言っている御影自身が嘘をついてなければ、これは幻霧……、幻の方だ。
それに隕石の落下速度は秒速約15キロメートル、音速の50倍以上と言われている。
本来なら、こんな視認できる速さじゃない。幻だから何でもありの調節ができるんだろう。
だとしたら、降り注ぐ全ての隕石に当たろうが、砂漠のような景色を見せられようが実害はないはず。
それに、僕はホログラムでここにはいない。
なのに……、
なんでこんなに喉が渇く? なんでこんなに熱気が?
こんな話を聞いたことがある。
『顔色悪いね、大丈夫?』
そう言われ続けた健康的な人間が日に日に弱っていったという話。言った側に悪気があったかは知らないが…。
“プラシーボ効果”、思考の現実化。
思い込みによって自身の身体に変化を来すというもの。
偽薬を投与したにも関わらず、症状が回復したり和らいだりする現象が代表的だ。
これに関する実験や検証、実例は少なくない。先に実験の一環と伝えられて行った場合でも人によっては効いたらしい。
御影がやっているのは、それの超強化バージョンてところだろう。
人間はほとんど視覚に頼って生きている。こんなものを見せつけられて思い込まない方がおかしい。
幻を見せられた経験があるならまだしも、僕らは初体験だ。初回キャンペーンで命だけは取らないでほしいところだが。
どんなに幻だと言い聞かせようが、脳はそれを本物だと認識する。必死に言い聞かせて幻霧を自力で解くのは至難の業だ。
樹神のブロッコリーを体育館の床から生やしてもう一度吸わせることは不可能じゃない。
だが、あいつとの連絡は途絶えた。繋がったところで今はラリっているから無理だろう。
鬼塚「これが僕らの最期か。悪くはないかもしれない。こんなに大きな流れ星を……こんなに近くで見ながら死ねるなら。お父さんと見たハワイの光景より趣がある」
あの最強の鬼塚でさえ、死を前にするとおかしくなるのか。両手を空に掲げて目をキラキラとさせている。
豪「あっついな…。この温度はもう“夏は暑い”じゃなくて“湯が熱い”の方の“あつい”だな……………待て、ここはどこだ! 雅いぃぃぃぃ!」
今ここでまともなのは僕だけになってしまった。まぁ、無理もない。
ゆっくりと確実に迫ってくる幻の隕石。かなりの熱気に汗が滝のように流れてくる。
あえて隕石の速度を落としているのは、僕が降伏を宣言するまで待つつもりだからか?
僕の所有物を奪ったわりには随分、良心的じゃないか。罪のない国民の命は奪いたくないようだな。
いつでも殺せるという余裕か? 残念だが、僕らに猶予を与えた時点でお前の負けだ。
僕はおかしくなってしまった鬼塚を指さして声をかけた。
「鬼塚、僕らはまだ死なない。君が僕らを守るからだ。王撃__攻撃を許可する」
すると、希望に満ちたような目からは光が消え、彼は困ったような顔をする。
鬼塚「え!? あの隕石、全部殴れってこと? 無理だよ!」
最強の肉体を手にしているのに、なんでそんなに弱気なんだ…。
ここにいるのは、若干熱に強い親父とただの人間の僕。隕石を破壊できる可能性があるのは君だけだ。
御影「降伏しないのかしら? せっかく待ってあげているのに」
また何処からともなく、奴の声が聞こえてきた。
反撃しようとしていることを勘づかれたか? 何とか説得しないと…。
「君は小学2年生、8才のときに突きの風圧で僕の骨を砕いた。覚えているな?」
鬼塚「う、うん……」
思い出したくなかったのか、悪いと思っているのか。彼はどこか辛そうな顔をして固唾を飲んだ。
あのときのことを責めているわけじゃない。ただ、その強大な力を今使ってほしいだけだ。
豪「何だって!? ほほほほ骨を砕いたぁ!? それは犯罪だ、自首しに行こう。大丈夫、おっちゃんがついてるさ!」
虫歯が一切なさそうな白い歯を見せ、親指をぴんと立てるお父さん。
頼むから黙って砂山でも作っててくれ。親の権力が通用しない今、貴方は用無しだ。
てか、まず自首するなら自分が先だろ。高威力のビンタも充分犯罪だ。
僕は彼を無視して、鬼塚に話を続けた。
「今は高校2年生、17歳だ。あれから9年、身体は成長している。今、突きの風圧で砕ける物は何だと思う?」
鬼塚「い、隕石って言いたいんでしょ? む、無理だから。そこらに落ちてる小石ならワンチャンあるかもしれないけど」
違う、君はもうそんな領域にはいない。何が壊せて、何が壊せないとかそういう問題じゃない。
天は君に最強の力を与えた。その引き換えに君は精神力が皆無の状態で生まれたんだ。
君が何かを壊せないことがあるとすると、それは精神的な問題になってくる。やる気だったり罪悪感だったり自信が足りなかったりとかな。
その精神的な壁を越えたときだけ、君は最強の力を発揮するんだ。
17歳の君に砕ける物は何か。
僕が言いたいのは……、
「砕きたいと思ったもの全てだ」
自信を持て鬼塚、決意を固めろ鬼塚!
君の夢はヒーローになること。なら、ここにいる無力な人間2人を守るんだ。
鬼塚「ごめんなさい! めちゃくちゃ励ましてくれてるのはわかるんだけど…! 何を言われても僕には無理だ」
彼は顔の前で手を合わせて、僕にそう謝った。
おい、マジかよ…。展開的には僕のセリフではっとして覚醒する感じだっただろ。
御影「5秒数えるわ。それまでに降伏しないと本当に殺すわよ?」
チッ……、鬼塚の強さに気づかれたか。“砕きたいもの全て壊せる”なんて言ったらそうなるのも仕方ない。
気づかれようが関係ないと思っていた。鬼塚がやる気さえ出せばどうなろうと勝てるからだ。
多分、隕石くらいなら壊せるだろ?
鬼塚「ちょっと待って! 事情がよくわからないんだけど…。降参したら解放してくれるんですか?」
鬼塚は、御影を探すかのように空を見回しながらそう問いかけた。
そういえば、いきなり体育館に呼び戻したっきり事情を説明していなかったな。そんな余裕なかったから仕方ないか…。
鬼塚……いや、水瀬たちが知っているのはあの校則のことくらいか?
御影「5………ええ、そうよ。降参し、御影帝学憲法の五ヶ条に従うならね」
御影は数を数えながら、鬼塚の問いに答える。
下らない。政府の支配下に置き、統制するためだけに作った都合の良い校則だ。
誰も賛同していなかった。全員、猿渡に従わされていただけだ。
鬼塚が雲龍を倒したときの歓声がそれを物語っている。
彼は僕を見て深くゆっくりと頷いた。
鬼塚「降参しよう、文月くん」
ダメだ、やめろ。僕の報復はどうなる? また政府に屈しろと言うのか?
それに、水瀬たちとの信頼関係まで取り戻せなくなってしまう。いや、それは二の次か。
降参すれば、二度も屈した上に信頼関係は壊れ、僕の学校は支配される。
ここで負けたら全てにおいて負けるわけだ。僕はただ良いように利用されただけの存在に…。
「悪いな、鬼塚。死んでも降伏はしない」
もしかしたら、彼は校則をしっかりと読んでいないのかもな。
鬼塚、君が屈したら吉波学校と僕は終わるんだ。
「冷静に考えてくれ、あの校則を呑めば終わりだ。学校の決定権は御影に帰属し、命令に絶対逆らえなくなる。逆らえば退学かそれと同等の処分を受けるだろう。そんな学校になって良いのか!」
少し口調が強くなってしまった。声を荒げた僕に驚いたのか、彼は1歩下がる。
御影「4………するならしなさい。これでもゆっくり数えてるの」
鬼塚「それでも良いよ! 死ぬよりかは全然良い!」
考えを頑なに変えない鬼塚。
クソッ……何が………何がきっかけだった? 雲龍に対して攻撃した時、何が原動力になったんだ?
御影「3………文月、貴方が降伏しないと2人とも死ぬけど良いの?」
余裕そうな御影の声が聞こえるが、後2秒で鬼塚の力を引き出せばこっちのものだ。
考えろ……彼の原動力になるもの。何でも良い、思い出せ……何か良い方法は…!
豪「………え? 俺、死ぬ? あ、隕石……え、何………ココ……ドコ?」
ずっと白い歯を剥き出しにして固まっていたお父さんが頭を抱え出した。
安心しろ、貴方を大事な息子の元へ返してやると言いたいところだが…。
御影「2………まさか自棄になった? 悪いけど、そういうのは考慮しない。私が0と言うまでに降伏の意志を示しなさい」
額に手を当てて考えている姿がそう見えるのか。どんなに必死に考えても名案が浮かばない。
鬼塚、何故あのときは雲龍を…? 御影の能力に対しても攻撃をしていた。
鬼塚「文月くん、生きるんだ! できる限り僕がフォローする! 君は敵じゃないって弁解するから!」
御影「1………わかった。容赦しないわ。次、0と言った瞬間に隕石の速度は音速を超えて貴方たちを粉砕する」
僕のフォロー? 弁解……?
守るためか。
人を守ろうとするときにだけ、精神的な壁を越えて力を使うとしたら…。
今、力を使わないのは隕石を砕くことよりも降伏して解放されるほうが守れる確率が高いと踏んだからだ。
この憶測が当たっていれば、僕らは詰んでいる。降伏する以外、生きのびる道はない。
他人の命を巻き込む気はなかった。人を守るという鬼塚の意志を尊重して降伏しようとしたが…。
御影「……………0」
僕のプライドが邪魔をしたのか降伏することができなかった。
だが、答なら見つけた。
獅子王、日下部…。あのときのお前らの発言が答えそのものだ。
隕石が音速を超えて降り注ごうとしてる中、僕は鬼塚に一言呟いた。




