報復 - 文月 慶③
最弱は誰かと聞かれ、最強の鬼塚を指名して雲龍を返り討ちにさせた。
“RealWorld”に閉じ込めた勘の良い皇に接触して脱出を促した。
薬学に詳しい水瀬の母さんに協力してもらい、特製の毒入りじゃがいもを開発。
身体を全く傷つけずに即死に至らせる毒薬だ。致命的な外傷がない場合、神なら助けられると踏んでいた。
もし、その予想が外れていたら……いや、あまりそういうのは考えないでおこう。
それを日下部に食べさせて神本体を呼び出し、猿渡を倒させるつもりだった。
景川に憑いている神の介入がなければ勝っていただろう。
奴の介入さえなければ劇臭屁で気絶させられたんだが…。猿渡が戦闘不能にならない限り勝ち目はない。
1度は協力的な姿勢を見せたが、奴の性格上いつかは裏切るだろう。
だから、やむを得ず日下部のお父さんを電話で呼んだんだ。
まさか、あんなのが来るとは思わなかった。
親の権力を振りかざし、口頭で制圧して能力を使わせないようにするつもりだったんだが、物理的な暴力で解決してしまった。
正直、巻き添えを喰らった剣崎たちには悪いと思っている。
御影「あら、そう……。聞き分けのないクソガキね。親や先生にごねる感覚で国や政府に反抗するのやめてくれる?」
手の平返しも良いとこだ。僕がゲームやおもちゃで妥協するとでも思ったのか?
計画を潰すと宣言した僕に対して、御影は本性を現した。ギョロッとした目を細めて僕を睨みつける。
そして、彼女の表情や態度からかなりの余裕を感じられた。
まぁ、そうなるだろう。こいつの能力は強力かどうか以前に対処がほぼ不可能だ。
御影「もう手遅れよ。この状況で貴方にできることはないわ」
___双涅の霧。
こいつの能力を僕はこう名付けた。
獅子王に影響されたのか、若干厨二っぽい気がするが…。
奴に憑いているのは、この世の最小単位に関係する量子の神らしい。
嘘をついたところで何も変わらないだろうから恐らく本当だ。
御影「避難した生徒たちは絶望を視ている。放っておくだけでどんどん恐怖が募っていく」
奴はそう言って、頬を真っ赤に腫らして倒れている猿渡を指さした。
御影「彼が目覚め次第、この学校は私たちの支配下になるわ………死んでないわよね?」
彼女は2つの霧を使い分ける。“現霧”と“幻霧”。
水瀬らと避難した生徒たちに使ったのは幻霧の方だ。
字の通り、幻覚を見せる霧。
この霧を1度でも吸った人間には、どんな幻でも思い通りに見せることができる。いつ、どこにいても奴の好きなタイミングでだ。
そして、もう1つの霧。現霧は、幻ではなく実在するもの。
御影はこれらの霧を自在に操ることができる神憑だ。
この霧で様々な形を象り、例えば……擬似的な隕石を生成し、地面を吹き飛ばすみたいなことも可能とする。
ただ大元が霧のため、できることは限られるがな。炎や風、雷などの別のものには変換できない。
現霧で火を象ってぶつけられても、火本来の熱さはなく火傷を負うこともない。
さっき言った隕石を作り地面を吹き飛ばすというのは力技だ。霧を一カ所へ極限にまで集め、膨大な質量にしてぶつけるだけのこと。
まぁ、それでもかなりの威力になると思うが…。
そして、この2つの霧の粒子は、“RealWorld”の開発に大きく貢献した。
霧の粒子そのものをスマホに直接流し込むことで創ることができたアプリ。僕の技術や科学の力だけでは絶対にできない。
これは僕の憶測だが、あいつらが視た敵は幻霧による幻。これにかかってない僕には何もない場所に攻撃を振っているようにしか見えなかった。
彼らは、その幻の敵に吹き飛ばされ体育館の外へ。実際に吹き飛ばす際に僅かな現霧を使用したんだろう。
僕は倒れた猿渡を心配している御影から体育館の外に目を移した。
あれだけの勢いで吹き飛ばされたのに全員、無事だ。よくわからないが、幻霧と現霧の絶妙な加減がそうさせたのか?
無傷の水瀬たちは、いつもと変わりない風景を前に立ち尽くしている。
御影の言う絶望とやらを見せられているんだろう。
さっき、“手遅れ”と言ったか。
彼女の計画は、吉波高校を支配下に置いて生徒を従順にさせること。
僕はホログラムをオンにしたまま、町中に配置した小型カメラが映し出すモニターに目をやった。
避難した生徒たちは点在しパニックに陥っている。
何もないところで蹲り、ガタガタと震える生徒。
叫び声を上げながら何かから逃げ惑うように走る生徒など。
それを見かけた一般人が心配し声をかけている様子もしばしば映り込んでいる。
御影「あら、随分大人しいじゃない。それに目が泳いでるわよ?」
猿渡が起きるまでに生徒たちの恐怖を解くか、幻霧を無効化しなければならない。
この状況を僕1人で覆すのは無理だ。
だからずっと……、
スマホを耳に当ててある助っ人の連絡を待っている。
そいつに準備をさせていた。水瀬たちが帰ってきたときからだ。
時間は充分あったはずだ。そろそろ準備完了を知らせる電話が届くはず。
ピロン ピロン。ピロン ピロン。
………っ! くそっ!
思った以上に大きかった着信音は、僕の鼓膜を刺激する。
だが、その不快感よりも政府の計画阻止を確信した嬉しさが勝って笑みが零れた。
御影「チッ……! こんなときに地震?」
舌打ちをしながら、辺りを見渡す御影。
「これは、ただの着信音。安心……いや、絶望しろ。お前らの計画が壊れる音だ」
僕は「応答」のボタンをスライドし、そいつからの電話に出た。
1人だけ体育館に来なかった奴がいる。皇に使えないと判断されて置いてこられた奴。
何もない水瀬でさえ連れてこられたのに何故、その特質持ちは戦力外になったのか。
あいつがどこまで考えているかはわからないが、恐らく体育館内では使えないため……そして、逆に足を引っぱりそうな性格上の問題。
ここまで言えばわかるだろう。そいつの名は…、
「やれ、樹神」
樹神『了解でぇす、親分♪』
地面が今まで以上に揺れ始める。
僕自身ここにはいないが、御影がバランスを崩し両手をついたことからかなりの揺れだと察した。
御影「なんでこのタイミングで地震なんか起こるのよ!」
だから、違うと言ってるだろ。物わかりの悪い奴だな。
これは樹神の特質、緑花王国だ。
だが、普通の緑花王国とは違う。赤いブロッコリーの方でもない。
それを超える規格外の化け物。こいつは水瀬たちが体育館で戦ってる間、ずっと埋まっていた。
グラウンドの砂の中にひっそりと根をはって成長していたんだ。黙々と光合成していたかいがあったな。
御影「何よこれ……。だから、地球環境何とかしろって私はずっと訴えてたのよ!」
割れた窓ガラスや開いている体育館の出入り口から見えた巨大なブロッコリーを見て驚愕している様子の御影。
こいつのデータも提供していたが、ここまでの規模とは思ってなかったみたいだな。
あまりに巨大すぎてブロッコリーとすら思っていないらしい。
僕は御影に対し、この技の名前を紹介した。
「緑花王国・樹神庭園。史上最大規模のブロッコリー。その範囲は、この町全体だ」
樹神、お前は本当に良い奴だ。今度、僕の刑務所に来たら高級料理をご馳走してやる。
“10万円を払う”。
このメッセージを送ると彼はすぐに快諾してくれた。また今度、お金を偽造する機械を造るとしよう。
ただこの町に巨大ブロッコリーを展開するだけじゃない。次の行動が決め手になる。
僕はスマホ越しに彼へ指示を出した。
「よくここまで成長させたな。仕上げだ、幻霧を一気に吸い上げろ」
植物も僕らと同じように呼吸をする。その感覚で、町中に撒布された幻霧をブロッコリーたちに吸わせるんだ。
これで生徒たちは御影の幻から解き放たれるだろう。
僕が指示を出してから数秒。生徒たちは頭を上げて辺りを見渡した。水瀬たちも同じように…。
『うわああぁぁぁぁぁ! 何なんだよ、これ!?』
『もう終わりだ! 黒いデカいのが緑になって増えた!』
『お怒りじゃ…。森の神様のお怒りじゃ!』
そして、この町は阿鼻叫喚の地獄と化した。
幻から解き放たれても、恐怖は振り払えなかったようだ。
ブロッコリーは実体で全員に見えるため、町全体に恐怖が浸透してしまった。
まぁ、少しの辛抱だ。御影が降伏したら、すぐに緑花王国を解除すればいい。
樹神『ふへへへっ♪ 1円でパチ打ったら勝ちまくって5千億兆万円に~!』
モニターが埋まってる彼を映し出す。この前、僕が見たいものをすぐ見れるように人工知能を搭載した。
僕の表情や身体の動きから見たいものを分析し、映し出してくれる。まだ精度は荒いが…。
吸った幻霧で都合の良い幻を見てるようだな。地面から出ている足をバタバタとさせている。
こいつを見ている場合じゃない。今、猿渡が起きると大惨事だ。
早いところ降伏させないと…。僕は自身のホログラムを鬼塚たちの目の前に移動させた。
もちろん、鬼塚の周りには水瀬たちがいる。目の前に現れた僕に対して口々に言ってくるが、こいつらの相手をする暇はない。
「鬼塚、決着をつけるぞ。早く体育館に戻ってこい。説明は後だ」
正直、彼がいればだいたいは解決する。幻霧を封じた今、彼が殴ると脅せば降伏してくれるだろう。
僕の言葉に、鬼塚は少し戸惑いつつも首を縦に振って体育館へ走っていく。
僕もホログラムを体育館内に戻し、こちらに走ってくる彼を待たずに御影に話しかけた。
「幻霧は封じた。恐怖はより募ったが。猿渡に指示を出そうものなら、巨大ブロッコリーが民間人に危害を加えるだろう」
僕の発言を聞いてか、奴の顔は若干引きつる。
僕は政府からしたら凶悪なテロリストだ。この脅しは奴らには現実味があり、充分に通用する。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
僕の後ろから大きな足音を立てつつ、鬼塚がやって来た。
体育館の床には陥没するほどの大きなヒビがいくつか入っている。出入り口からこちらに向かって一直線状に…。
鬼塚「はぁ……はぁ……! 文月くん、もう何が何だかわかんないけど、僕は君を信じるよ」
慌てて力加減をミスったか。お陰で体育館は再起不能なまでにボロボロだ。
豪「う、う~ん…。はっ……! 俺は何を…! 雅、どこだ?」
日下部の放屁を喰らって気絶していた彼の父親が、ふらつきながらも起き上がった。
バカな……もう目を覚ましただと? 僕はそれを喰らって数時間、意識を失っていたのに。
強靭な肉体と精神力のお陰というわけか。
ふっ…、父親の復活は予想外だったが、かなり都合が良い。
学校内で親の権力は最強だ。その最強の権力と2つの最強の肉体が揃えば、誰であろうと降伏するだろう。
少し間が空いたが、僕は彼女に続きを話した。
「どちらか選べ。降伏して計画を中止し、撤退するか。それとも、この2人に骨を粉々に砕かれて死ぬか」
御影、チェックメイトだ。
お前の敗因は油断。その対策が難しい能力なら負けないと慢心していたんだろう。
そうでなければ、もっと僕の裏切りを警戒し、行動を制限したり監視を強化したりしていたはず。
そうでなければ…、提供したデータによく目を通して各特質持ちごとの対策をもっと練っていたはずだ。
まぁ、鬼塚に関しては仕方ない。基本、勝ち目はなく渡したデータにもなかったからな。
最終的に町中を幻霧を撒くか生徒たちに吸わせるかしておけば、何とかなると思っていたんだろう。
確かに樹神がいなければ、わかっていても対処はできなかった。
植物が呼吸をすることを知っていたんなら、先に樹神を潰すべきだったな。
まぁここ数日間は“RealWorld”の中にいたから、潰すタイミングはさっきまでの時間以外ほぼなかったと思うが。
僕は学んだんだ。
油断したせいで、無敵の鬼を率いて圧倒的に有利なはずの状況で敗れた。
学生大戦のときもだ。日下部1人で制圧できると慢心し、他の作戦を考えてなかったせいで苦戦を強いられてしまった。
あのときは、危うく人が死にかけた。いや、1人死んだか…。
だから、もう油断はしない。
徹底的に対策し、完膚なきまでに潰す。相手が降伏するまでは絶対に気を緩めない。
さぁ、早く降伏を宣言しろ。
鬼塚「ダメだよ! 暴力で解決するのは良くないよ!」
豪「彼の言うとおり! 暴力反対だ。女性なら尚更だ!」
彼らは必死な顔で僕に抗議する。
おい、やめろ。ただの脅しだってことくらいわかるだろ?
君たちがそんなことを言うと相手が安心してしまう。
それに鬼塚が言うのはわかるが…。日下部豪、オナラが臭すぎて記憶ぶっ飛んだのか?
無差別に叩きまくっていた貴方に反対されたくないんだが。
御影「ふふふ………」
くそっ! 安心させてしまったか。妥協案とか出してきて降伏させるのが少し面倒になりそうだ。
僕が油断していなくても、他がしていたらこうなる。鬼塚には後でそれを教えよう。
おい……
……………何だ? ここは?
何の前振りもなく風景が一気に変わる。体育館から砂漠のような場所へ。
雲1つない晴れ渡った青い空と平坦に続く砂原。
ホログラムの座標がバグを起こしたか?
ふと気配を感じて後ろに振り返ると、不安な顔をしている鬼塚と、砂の山を作ろうとしている日下部の父親がいた。
鬼塚「え、何…? ここ、どこ?」
豪「よぉし! おっちゃんと砂の城を作るぞ!」
ホログラムがおかしくなったわけじゃない。それに喉が渇く…。
奴の能力か? 実際に飛ばされた?
御影「この力の良いところは、いつ吸ったかわからないことよ」
どこからか奴の声が聞こえてくる。
僕はホログラム越しに話していた。吸うはずがない。
まさか、最初に接触したとき既に喰らっていたのか?
御影「幻霧・絶滅の画」
御影の言葉と同時に、上空に無数の隕石が出現した。それらは、僕らを全方向から囲い込むように降ってくる。
熱い…。僕は、その熱さと太陽の眩しさに思わず腕で目を覆った。
これだけ距離があるのに、炎を纏う隕石からの熱気を感じる。
げんむ……。これはどっちのほうだ? 幻か実体か、それとも両方か。
豪「とりあえず、ベースはできたぞ。それにしても急に暑くなってきたな…」
彼は砂の城を作るのに夢中でまだ隕石に気づいていない。
日下部が父親を嫌うのも何となくわかる気がする。
鬼塚は至って普通の反応だ。自分に向かってくる隕石に対して足を震わせている。
そして、僕は自分でも驚くくらい冷静だった。
そんな僕らをどこかで見ているのか、御影は嘲笑うような口調でこう言った。
御影「人は思い込みで死ぬって聞くけど、本当かしら? さぁ、降伏しなさい」




