1日目 - 新庄 篤史②
あれは結構でけぇな。距離あるからわかんねぇけど2メートルくらいあるんじゃねぇの?
あれか? 英語の先生か? 外国人みんな背がデカいもんな。
一応、挨拶しとくか。ええと、英語のほうがいいよな?
合ってるかわかんねぇけど、
「は、ハロー。ナイスチューミーチュー?」
って感じか?
声が聞こえたのか黒い人は振り返る。俺はすげぇ勘違いをしていたみたいだ。
あいつは人なんかじゃねぇ…。
黒い艶のある身体に仮面ライダーみてぇな顔。
デカいゴキブリじゃねぇか。二足で立ってるから人間かと思ったぜ!
そのゴキブリはなんでか俺に近づいてきた。高校生にもなってこんなに見上げることなんてあるか?
こんなでけぇ奴、みんなは嫌がるだろうけど…。俺はそんなにゴキブリ嫌いじゃねぇ。
いつも家に入ってきたら逃がしてやってる。でも、こいつデカすぎん?
箒か何かで突いて追いだすか?
こんだけデカいとさすがにキモいな。突然変異か何か知らんけど。
仕方ねぇ。じいちゃんに申し訳ない気がするけど、これで突いて追いだすか…。
俺は巨大ゴキブリに更に近づき、金属バットの先端で優しくつついた。
「ほら、あっち行け。逃げねぇと誰かに殺されるぞ」
しかし、追い払おうとする俺の意志とは裏腹にそいつは詰めよってくる。
いや、だからなんでこっちに来る? 普通、ゴキブリて人見たら逃げるだろ。あっち行けよ。
そして、俺の胸ぐらを物凄い力で掴んで上に引っぱり上げようとしてきた。
普通に痛ぇよ。いつもは虫に優しい俺だったが、これにはイラッときて……
「…ッ! 痛ぇんだよ! ボケが!」
つい金属バットで顔面を殴ってしまった。
こいつを殴った拍子に掴まれた制服は破け、めっちゃ大事にしてたじぃちゃんの形見がひしゃげてしまう。
は? クソ硬ぇじゃん。やべぇ、バット握ってた手がじんじんする。
こいつ、ゴキブリじゃねぇ。後、じいちゃんごめん。
さすがにひしゃげたバットはダセぇから持ち歩けねぇわ。これはここに置いていく。
『もう鬼たちがそちらに向かっている』
って言ってたな。鬼ってこいつのことか? こういうのがいっぱいいるのか?
これ、クラス対抗戦とかそういうのじゃねぇな。とりあえず逃げねぇと。捕まると何かヤバい気がする。
そう思った俺は鬼に背を向け、逃げだした。
後ろからガシャガシャと金属のような音が聞こえる。
けっこう本気で走っていて振り返る余裕はねぇけど、多分追ってきてるな。
制服破れちまったよ。思い切り掴みやがって。結構、高ぇんだぞ…。
あの放送の奴、“殺す” とか “人質” とか言ってたな。俺の学校はテロか何かに巻き込まれたのか?
後、あまり覚えてねぇけど壊してもいいとも言ってた気がする。まぁ、それは無理だな。金属バットよりも硬ぇんだから。
もし、他にもいたら廊下を走ってると挟み撃ちになるかもしれねぇ。
そう思った俺は急いで階段を駆け降り、グラウンドに出る。
後ろからはもう追ってきていない。意外と鈍いんだな。
だけど、これはまずい…。ざっと2、30体はいるだろうか。この学校の生徒、数十人が追われている。
鬼が鈍いのもあってか捕まってそうな奴は見た感じいない。
校内は安全じゃねぇ。学校の外に出ねぇと。
同じことを思っているのか、他の生徒も校門へ向かって走っている。俺もそれに続いて走りだした。
鬼との距離がだんだんと開いていく。手ぇ抜いてるのかってくらい遅ぇな。それが最速なら誰も捕まらねぇぞ。
校門が見えてきた。もう目と鼻の先だ。出られる!
そう思った瞬間だった。
「アフロブレイク! アフロブレェェェェイク!!!」
校舎から聞こえてきた必殺技みてぇな叫び声。
まだ校舎に残ってる奴がいたのか?
アフロブレイク…。
アフロって、同じクラスのあのアフロか…?
ザザーッ!
俺は急ブレーキを掛けて、校舎の方へ振り返った。
あの叫び声は完全にビビって出たもんだ。
しかも、死ぬほどビビってる。
鬼に捕まったってことだよな。
多分、あのアフロだ。何かパチンコのことしか話さねぇクソしょうもねぇ奴だったっけ?
俺は、今出てきたばかりの校舎に向かって走り出した。
助けねぇと…。あの鬼、人捕まえたら何するかわかんねぇ…!
俺が逆走して、校舎の窓を見据えたその時だった。
ドサッ!!
校門に向かって走っていた生徒が全員、腹を抱えて笑いながら転倒したんだ。
は? 何笑ってんだよ。さっさと逃げろよ!
ドスッ!
「ギャハハハッ! ブレイクしたアフロ! パパイヤかよ!」
後ろから走ってきていた生徒も、爆笑しながら俺にぶつかって転倒した。
「おい、ツッコんでる場合じゃねぇぞ! 立て、逃げんだよ!」
俺はぶつかって来たこいつを起こそうとするけど…、ダメだ。
笑いまくりながらのたうち回ってるせいで、持ち上げられない!
「クソッ! みんな立てよ! お前も、お前も、お前も!! 鬼が来てんだ。殺されるかもしれねぇんだぞ!」
俺はみんなに呼びかけた。無理やり起こそうともした。
だけど、狂ったように笑って転げ回るあいつらを立たせることはできなかった。
そして…、
「すーっ…、これだから不良は…」
俺は何者かに後ろから首を絞められた。
力強いけど、めちゃくちゃ冷てぇ手だ。
クソッ、誰だ? 上手く息ができねぇ。
「これはきっと天罰なんだ。僕の大好きな地獄が訪れる」
生気を感じない細々とした声が俺の耳元で囁かれる。
この状況を楽しんでるのか? こいつか? ゴキブリみてぇな鬼を送り込んだのは…。
「みんな、僕の悦びに共鳴してくれてるんだね。君も素直に笑えよ、本当は面白いんだろ?」
どこか嬉しげにそう語る謎の人物。
いや、面白くねぇよ。
人や自分が死ぬかもしれねぇのに、笑えるわけねぇよ。
首を絞めている腕を退かそうとした俺に、奴は淡々とこう呟き始めた。
「アフロブレイク……アフロブレイク……アフロブレイク……」
クソッ、抵抗できねぇ。
あまりのサムさと息苦しさに、俺の身体から力が抜ける。
力の抜けた俺は、首を絞めるそいつと一緒にゆっくりと地面に倒れ込んだ。
あぁ…、あともう少しで逃げれたのに。
“アフロブレイク”か。
あの頭デカい奴の名前、思い出したぜ。
樹神 寛海。
お前はただ捕まって必死の抵抗でそう叫んだだけかもしれねぇ。
でも、お前のせいで、みんな逃げれなくなっちまったよ。
仰向けに倒れた俺は、みんなの幸せそうな笑い声を聞きながら空を見る。
恐怖と笑いが混じったカオスなグラウンドを、雲1つもねぇ綺麗な夕焼けが優しく見守っていた。
こんだけ笑えて死ねたら皆、悔いなんて残らねぇかもしれないな。