神々の戦い - 水瀬 友紀⑧
日下部の身体を借りたシリウスと、神憑の猿渡。
相手の出方をうかがっているのか、お互い向き合ったまま動かないでいる。
猿渡「………来いよ」
少しの間の静寂を経て、先に動いたのは猿渡だ。
彼は手の甲を下にして手招きをした。
それに対して、シリウスはニコリと微笑んで余裕の態度を見せる。
シリウス「随分、弱気だね。さっきの威勢はどこへ行ったんだい?」
煽られた猿渡は彼を睨みつけるけど、挑発に乗ることはなかった。
猿渡「お前の方こそ、なんで仕掛けてこない? 神のクセにビビってるのか?」
シリウスの挑発に対し、彼も冷静に挑発で返す。だけど、シリウスは神様だ。
僕らの絶対的上の存在。寛大な心と壮大な力を持つ神が、そんな安っぽい挑発に動じるはずがない。
シリウス「なら、こっちから行かせてもらうよ。君をぶち殺してやりたいところだけど…。そんなことしたら上から何されるかわからないから怪我しない程度に懲らしめてやる」
…………。
彼は僕が思っていた神様とは違い、とても器の小さい奴だった。
眉間に深くしわを寄せ、身体をわなわなと震わせている。
彼は本当に神なのか? そんな精神で神が務まるのかと思ってしまう。
先手を打つと決めたシリウスは、自身のお尻に手を添えた。
何か汚いな。まぁ、こういう技だから仕方ないとは思うけど…。
そして、彼はその手を前に出して何か丸いものを持ってるかのように指を曲げる。
猿渡「何だその………白っぽい水色の煙は? お前のケツから出てきたのか? クソ汚い…」
彼は決して煽ってるわけじゃない。本当に気持ち悪がってるのが表情から見てとれる。
だけど、彼の言っている白みがかった水色の煙…。そんなものは僕の目には一切見えない。
シリウスの手の上に存在しているのだろうか?
シリウス「おぉ、君にはやはり視えるんだね。流石は神に憑かれた人間」
それが視える猿渡に感心しているシリウス。
その隙に、彼は両手の指を使い、四角形の頂点を表すように2回ずつ鳴らしてこう言った。
猿渡「四方奏結界・城壁の音」
こちらの技も変わらず、僕には何も見えない。だけど多分、彼ら2人には何かが見えてるんだろう。
シリウス「なるほど。自分の前に壁を作ったんだね。でも………」
勝ちを確信したかのようにニヤリと笑うシリウス。
シリウス「それで防げると思ってるのかい?
___昏睡屁」
彼は指を曲げていた方の手を後ろに引き、猿渡に向かって何かを投げるように振りかぶる。
その直後に、猿渡は手で口を押さえ、動揺したのか少しよろめいた。
昏睡屁…。慶の情報によると、これを吸った人は10分程度で眠るように意識を失うらしい。
これを喰らった猿渡が負けるのも時間の問題か。激戦になることを予想していたから拍子抜けだけど、それと同時に安心した。
このまま終われば誰も傷つかずにすむから。
猿渡「昏睡屁か…。くそっ…なんで破られた? あれは城壁の音。絶え間なく空気を振動させ、全ての攻撃を無効化する音の壁のはずなのに…」
日下部「対人間には間違いなくそうだろうね。でも、僕は神そのもの。それに君に憑いてる神の位は僕以下だ。君に勝ち目はないんだよ」
動揺を隠せない猿渡と、余裕そうに説明をするシリウス。
確かに…。神本家が使うのと人間が使うのとでは精度が違うのかも。
それに聞いた感じ、神たちにも身分みたいなものがあるのかな? それも効く効かないに関係している?
猿渡はまだ諦めている感じではなさそうだ。彼は体勢を立て直し、指を鳴らす準備をする。
猿渡「知っているぞ、その技。文月から聞いている。後数分は持つはずだ。その前にあの技を決めれば………え?」
ドサッ
話してる途中で彼の身体はふらつき、うつ伏せに転倒した。
もう昏睡屁の効果が? 速すぎる…。
まだ意識は失ってないみたいだけど、立ち上がることができずに眠たそうな目をパチパチとさせる猿渡。
日下部「何言ってるんだい、すぐだよ?」
これが神クオリティのオナラか。ただでさえ傷つけずに完勝できる便利なオナラなのに即効なんてヤバすぎる!
1つ不安なのはこのオナラ、僕らも吸ってしまったんじゃないかということ。
シリウス「大丈夫、これは僕自身の力だ。放屁の軌道は自在に操れる。君たちにはかからないようにしているよ」
彼は僕を見て察したのか、巻き添えをくらう心配はないと教えてくれた。
本当はコントロールもできるのか。日下部自身も極めるとそんな感じになるのかな?
そしてシリウスの目線は、再び猿渡の方へ。
神憑だからなのか、無理矢理耐えているからなのかはわからない。彼は朦朧としつつも両腕で倒れそうになる身体を支えている。
そして、ぷるぷると震えながらも歯を食いしばり、力を目いっぱい振り絞って指を鳴らした。
パチンッ
猿渡「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ! 痛い痛いいたいいたぃ! クルシイクルシイクルシイィィィ!!」
指を鳴らした瞬間、彼は悶え苦しみ、絶叫しながらのたうち回る。
想像を絶する痛みを感じているのかのような叫び方だ…。自分自身に何かしらの能力を使ったんだろう。
無理矢理、眠気を飛ばそうとしているのか?
猿渡「ちょ……れい…。か、か……甘美の………音」
のたうち回りながらも、彼はもう一度震える手で指を鳴らした。
震えは完全に治まり、舌を出して頬を赤らめる猿渡。
視点が定まらない彼はゆっくりと上体を起こし、安堵の息を吐きつつニヤリと笑う。
1度苦痛を与えて眠気を飛ばし、次に快楽を与えて中和する。そういった感じだろうか。
猿渡「ふぅ…。叫喚の音……甘美の音。お陰ですっかり目が覚めたぜ…」
ドンッ!
それは一瞬だった。
僕の目の前にいたシリウスは、地面を蹴る音と共に、息の上がった猿渡の目の前に現れる。
そして、彼は猿渡にお尻を向けてニコリと微笑んでいた。
シリウス「宙屁・迅翼」
猿渡「……は? 馬鹿な!」
宙屁、日下部が空を飛ぶときに使っているオナラ。
多分それの超速い版で、シリウスは猿渡に詰め寄ったんだ。
時速100キロくらい出てる怜の唾液滑走にも引けを取らない速さに思えた。
そして、心なしか彼の背中に翼が生えているような気がする。
シリウス「技を自分自身に使うとは…。不意を突かれたにも関わらず、素晴らしい判断とそれを実行する精神力。良い戦いだったよ。これで終わりにしよう。猿渡、これが真の昏倒劇臭屁だ」
猿渡の善戦を賞賛したシリウスは、日下部の代名詞である昏倒劇臭屁を放とうとした。
言いかえると……放つことができなかったんだ。
猿渡…、彼は嫌味な奴だけど馬鹿じゃない。常に冷静で頭がキレる。
“日下部のお尻”という名の銃口を突きつけられても動揺しなかった。
銃口を突きつけられて発射される寸前でも彼は憎らしい笑顔を崩さない。
猿渡「なら、相討ち……いや、ギリギリ俺の勝ちってことで良いよな?」
今までと同じように、彼は日下部のお尻に向けて指を鳴らそうと突き出した。
猿渡「勅令・崩壊の音」
シリウス「………! 変更…! 相殺屁!」
勅令・崩壊の音。さっき言ってた説明の通りだと、音を聞いた人の精神を完全に破壊できる技だ。
それに対して、シリウスは昏倒劇臭屁から咄嗟に相殺屁に変更した。
僕らを守るために使ったこのオナラは、相手の効果を打ち消すようなものだと思われる。
猿渡は、慶から僕らの情報を聞かされていたんだろう。
彼は気絶ですんで、いつかは意識が戻る。対してシリウスは、精神を破壊され2度と元には戻れない。
ギリギリ勝ちって言ったのは、そういうことだ。
何か理由があって僕らや日下部を守ろうとしているシリウスにとっては安全が第一。
だから1度、効果を打ち消して距離をとって着地したんだ。
多分だけど、猿渡はここまで読んでいた。
距離をとったシリウスにすかさず次の技を繰り出そうと、両手の指を突き出す。
今度は六芒星の頂点を表すように両手で3回ずつ指を鳴らした。
今回の技は僕の目にもはっきりと映る。それぐらい強力な技なんだろうか。
着地したシリウスの足元に現れる六芒星の形をした赤紫色の魔法陣。
足元の魔法陣を視ているシリウスに、彼は勝ちを確信した様子でこう言った。
この技の名前は………
猿渡「響陣六芒星・呪詛踊狂傀儡の音」




