神々の戦い - 水瀬 友紀⑦
「日下部、目を覚ましてくれ!」
心臓マッサージやAED……僕にできることは全てやった。
けれど意識は戻らず、彼は大の字になって倒れたままだ。友達が白目を剥き、泡を吹いているのを見るのはとても辛い。
保健体育で習った心肺蘇生法は全て試したつもりだ。残るは人工呼吸のみ…。
「誰か……! 助けてくれ! 誰でもいい、彼に人工呼吸を!」
僕が周りに助けを求めると、みんな下を俯いて黙り込む。
手を挙げる人は誰1人としていなかった。人工呼吸を躊躇いなくできる勇者はここにはいないのか?
くそっ……人命がかかっているというのに! どうして、そんなに薄情なんだ…!
文月「自分でやったらいいだろ?」
何言ってるんだ、慶。そんな汚らわしいことできるわけないだろ!
そもそも君の発言でこうなったんだよ…。
日下部、ごめん…。君に人工呼吸できる人はここにはいない。
助けられなくて………ごめん。
自分の無力さと仲間を失った悲しみからだろうか。自然と出てくる涙と鼻水を隠すため、僕は顔を覆って静かに泣いた。
僕の周りにいたジミーズ……いや、銀河系軍団の仲間たちも釣られて泣き始める。
猿渡「お、おい…。ほ、ほんとに死んでるのか? な、何かの作戦とかじゃなくて?」
彼は僕らが泣きだすまで、日下部が死んでるとは思ってなかったらしい。
「こ、これが嘘に見えるか? あれはホントに毒入りだったんだ…。ぼ、僕は君の命令に逆らえず、友達を殺してしまったんだよ!」
僕がそう答えると、彼の顔が徐々に青ざめていくのがわかった。
彼の目には光がなくなり、震えながら頭を抱える。
猿渡「うう嘘だろ? お、俺が殺した…? 違う違う違う……。そんなつもりはなかった」
“殺す気はなかった”。
彼は自分に対して必死に言い聞かせるかのように何度もそう呟いた。
猿渡「俺は殺してない…! 何も考えずに……言われた通りやっただけだ!」
文月「おい、僕のせいにするのか? 最終的に判断したのは君じゃないか。罪のなすりつけはやめてくれ。ふっ……また刑期が伸びるだろ」
みんなが悲しんでる中、彼はヘラヘラしながら冗談ぽくあしらった。
人が死んでるのに…。見損なったよ…、君は鬼ごっこを起こしてから、どこかおかしくなってしまった。
君はこんな状況でも笑っていられるのか。
いつもヘラヘラしてふざけてる皇だって今に限っては……、
笑っている…。
僕は勝手に、彼も泣いているものだと思い込んでいた。
とんっ
皇は僕の肩に手を置いて、いつものような笑顔を作る。
皇「泣くのはまだ早いぜ!」
声のトーンでわかった。
彼は多分、泣くのを我慢している。込み上げてくる涙を堪えて、僕らを励まそうとしてくれているんだ。
僕らのリーダー (自称)。仲間を弔うための彼なりの表現なんだろう。
文月「そうか! お前がそう言うなら……」
皇の仲間想いな発言を聞いて、彼の目はキラキラと輝いた。
文月「実験は成功。僕たちの仮説は正しかったようだな」
彼の言ってることが全く理解できない。実験てどういうことだ…。日下部は君がした実験の一環で命を落としたのか?
君は中学からの同期。そんな非人道的なことに彼を利用したなんて僕は信じたくない。
頼むからこれ以上、皇や僕らの想いを踏みにじるようなことは言わないでくれ…。
皇「実験? よくわからねぇが…。まぁ、俺の勘が当たるのは当たり前。お前ら、負けるぜぇ?」
実験という言葉に、首を傾げてからニヤリと笑う皇。
もう彼の言ってることすら、理解できなくなった。
彼らはどの次元で会話してるんだ? それとも、目の前で友達が死んだショックで僕の理解力が下がってるのか?
猿渡「おい、実験って何の話だ?」
それぞれが言いたいことを口々に言ってると、ある奇跡が起きた。
むくりっ
日下部が上体を起こしたんだ。
でも…、安堵や喜びの感情は束の間に終わり、不安や心配といった感情が上まわる。
日下部「これが人間……これが実体……か。中々悪くないかもね」
彼が息を吹き返して最初に発した言葉。
口調はいつもとほとんど変わらないけど、何か妙な感じがする。
彼は紛れもない日下部 雅本人だ。けれど、僕が起き上がった彼を見て直感的に思ったのは……、
………誰?
日下部らしき人物は立ち上がり、自分の身体や僕らをまじまじと見てから話し始めた。
日下部「すまない、自己紹介が遅れたね。僕は日下部に憑いている神だ。シリウスと言えばわかるのかな?」
シリウス……、いつも日下部が言っていた謎の存在。
その正体は、神憑に憑いている神の1人?
猿渡「勅令・喪心の音!」
パチンッ
猿渡は、彼が自己紹介を終えるや否や、自身の技を僕らやシリウスがいる方向に放った。
そんな彼の表情からは、焦りや若干の恐怖が感じとれる。
しかし、最初の技と同じく何かが起こった実感はまだ沸かない。今度はいったい何をされたんだろう?
日下部「まだ話してる最中だよ? 不意討ちはマナー違反じゃないかい? いや、そうでもないか」
彼はいつの間にか、猿渡に背中を向けて立っていた。そんな彼を見て、僕はどうしてか守られたような気分になる。
日下部「境域型・相殺屁。僕の前側にいる彼らに、君の技は通用しない」
案外、その感覚は間違いではなかったみたいだ。
いつオナラしたのかわからなかった。恐ろしく速い放屁だ。これが神本家の力…。
あまりかっこいいとは思えないけど。
猿渡「………チッ」
日下部「さて、自己紹介の続きをしよう。僕は見ての通り、力の神だ」
舌打ちをする猿渡に対し、シリウスと名乗る彼は前を向いて話を続ける。
………そうなんだ。誰がどう考えてもオナラの神にしか見えないと思うけど。
ドンッ!
そして、自分が力の神だと証明しようとしたのか、自身の拳を思い切り床に叩きつけた。
結構、痛かったのか顔をしかめて手をぶんぶんと振っている。
地割れや地震が起こったりすることはなく、ただ彼は手を痛めただけだった。
日下部「くそっ…。身体ごと借りても放屁しか使えないようだね。まぁいいさ…。お披露目はこれで終わりにしよう」
彼は痛めてない方の手で猿渡を指さした。
日下部「勝手な都合で悪いんだけど、僕は君を倒す。日下部に何かあると僕が困るからね」
猿渡「あぁ、良いぜ。俺も何となく、お前はここで倒しとかないといけない気がする」
2人の間にピリピリとした空気が流れる。
御影「猿渡、用心しなさい」
猿渡「了解です」
“神に憑かれた人間”と“人間に憑いた神”の戦いが今、始まった。




