王の一撃 - 鬼塚 琉蓮④
僕の名前は……、鬼塚 琉蓮。
格闘家のような名前だけど、僕はそうじゃない。身長が低いこと以外は何の特徴もない、どこにでもいるような人間。
…………ずっとそう言い聞かせてきた。あの事件のことを記憶の片隅に追いやりたくて。
っていう感じで過去編に入りたいんだけど、今は無理そうだ!
目の前にいる理不尽ムキムキ校長を宥めないといけない。
文月「来るぞ…」
文月くんの合図と同じタイミングで、校長先生は僕の左頬を目がけてパンチを放ってきた。
今までの殴り方と変わらない。あの構えが強いというのは本当?
さすがにこれだけ避けてると慣れてくる。
僕は今までと同じように躱そうと身体を左に反らした。
ガツンッ!
あれ? なんで?
先生は左頬を狙ったはずのに、何故か反対側からパンチが飛んできて僕の右頬に直撃する。
文月「言っただろ? あの構えから入った突きは素人には避けられないって」
キツネに化かされた気分だ。いつ変えたのか全くわからなかった。
先生は元の構えに戻って、今度は足で左の脇腹を狙って蹴りを放ってくる。
さっきは逆だった。よくわからないけど、これはフェイントで本当は逆側を蹴ってくるんじゃないか?
僕は右の脇腹を狙って来るのを予想し、敢えて左に1歩動いてみる。
文月「逆側に放たれるとは限らない」
ドカッ!
しかし、正解はみぞおちを狙ったストレートパンチだった。
ホントにこれ、どうなってるの? 先生の動きが全くわからない。
これも何かの能力?
水瀬「先生! 頼む、こんなことは止めてください!」
猿渡「さっきからうるさい。周りと同じく静かにしろ。俺の命令だぞ」
友紀くんは勇気を振り絞って彼らに抗議してくれている。
目立つと今度は自分がこうなるかもしれないのに…。
こんな僕にはもったいない良い友達だと改めて実感する。
友紀くんだけに……勇気を振り絞って………ははっ、今日は寒いな。
今度は僕の後ろに一瞬で先生が回り込む。
え? 後ろ?
振り向いた後でこれもフェイントだということに気づいた。僕の背中に蹴りが1発打ち込まれたからだ。
文月「校長が使っているのは妖瀧拳というもの。国内最強と名高い武術の1つ。しかも、彼は達人級だ」
妖瀧拳という言葉を口にする文月くん。
あぁ、そうだったんだ…。だから、あの構えに見覚えが…。
身体が……心が重たい。
僕が武術に興味なんて持たなければ、あんなことにはならなかったんだ。
文月「錯綜・泡沫の構。妖瀧拳の基本の構えだ。まぁ、覚えてないか…」
彼は校長先生の構えを見据えながら、淡々と言い放った。
いや、覚えてるよ。というより、言われて思い出した。
雲龍校長は、攻撃を喰らっても倒れずに突っ立っている僕を見て、不思議そうな顔をしている。
雲龍「おかしい……。なぜ倒れない?」
もういいや…。先生の攻撃は躱せない。
先生には悪いけど、殴られながら過去編を話すとするよ。
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僕は子どもの頃から、人より力が強かった。
それを自分の才能、長所だと思って活かそうしていたのが小学生の頃。
5才の頃には軽自動車を持ち上げられるようになっていて、たびたびお母さんの車でごっこ遊びをしていたもんだ。
「ぶぅ~ぶぅ~♪」
ガシャン
「あ、壊れたぁ」
母「琉ちゃん、凄いわ! そんな重たいものを持てるのね。世界で琉ちゃんだけしかできないことよ! 自信を持ちなさい」
父「……………。昨日、買った新車……」
お母さんはそんな僕を気味悪がらず、長所だと言って伸ばそうとしてくれた。
お父さんも思うことはあったかもしれないけど……、
「琉蓮、お前はもう5才だ。車を担いで修理屋までお使いに行ってきてくれ」
僕を1人の男として頼りにしてくれて嬉しかったのを覚えている。
優しい包容力のあるお母さん。
恐いけど厳格で強くて……やっぱり怖くて当時から既に気まずかったけど…、家族を守ってくれているお父さん。
怖いけど良い両親に育てられて、僕は自分の生まれ持った力を誇りに思っていた。
小学校1年生…、7才になった僕は2階建ての家を持ち運べるように。
近所の人が引っ越すときは僕が全部、運んであげていた。
「琉ちゃん、ありがとう! お陰で引っ越し代がタダで済んだわい。将来は何になりたいんだい?」
ある日、僕は近所のおばあさんに将来の夢を聞かれる。
将来のことなんてあまり考えてなかったけど、そのとき咄嗟に思い浮かんだんだ。
僕は目を輝かせながら、おばあさんに力強くこう言った。
「僕は……、みんなを助けるヒーローになる! この力をみんなのために使いたい!」
当時の僕が思いついたもの。それは、悪を断ち世界を守るヒーロー。
子どもながらに、僕はみんなが言いそうな在り来たりな夢だと思った。
だけど、自分の力があれば本当になれると思っていたんだ。
「ヒーローという職種はないんじゃよ。給料貰えないよ。おばあちゃんのオススメは公務員じゃ。高卒で働くなら11年後、大学出るなら15年後じゃな。それまでにゆっくり考えなさい」
おばあさんは、現実的だった。7才の僕に社会の厳しさを教えてくれたんだと思う。
それでも、僕の意志は揺るがなかった。
2年生になって少しだけ頭が成長した僕は、具体的に何をすれば良いかを考え始める。
ヒーローになるにはどうすれば良いんだろう?
悪い人たちってあまり見かけないよね。どうやって見つけようか?
そして、1番頭に引っかかったのは……、
“僕より強い相手だったらどうしよう?”。
これは本当に不安だった。相手は悪い奴だから負けると殺される。
僕が殺されると世界を救えなくなってしまう。一体、どうすれば…?
小学2年生の僕の答えは、とても単純なものだった。
そうだ、もっと強くなれば良いんだ!
この想いがあの事件のきっかけになってしまうとは知らずに…。
その日、学校から家に帰ってすぐにお父さんに聞いた。
「お父さん! 強くなるにはどうしたら良い?」
お父さんは少し考えてから、いくつかの提案を僕にする。
父「筋トレ、スポーツ、武術」
“筋トレ”、“スポーツ”という単語は知っていたけど“武術”という言葉は初めて聞いて興味を持った。
「ぶじゅつ?」
父「戦い方みたいなものだ」
それを聞いて「これだ!」と僕は思い、武術を習いたいと両親に頼んでしまう。
興味を持つものは何でもやらせてあげたい。
そういう想いで武術を習える道場を探してくれた。
そこで出会った武術が校長先生も使っている“妖瀧拳”。
初めて道場に行った日に、僕は事件をおこしてしまうんだ。
「よろしくお願いします!」
練習初日。僕に教えてくれるのは同じ年齢の文月くん。
お互い別の小学校に通ってて、彼と初めて出会ったのはこの時だ。
文月くんは自信に満ちあふていた。
彼、本当にすごかったんだ。僕と同じ7才なのに既に茶色の帯を巻いていた。
文月「僕に教えられる君は幸運だな。僕は2番目に強い帯を巻いている。丁寧に教えてやるから安心しろ」
彼は素人の僕でもわかるキレのある構えを取り笑顔でそう言う。
黒の次に強いとされる茶帯は妖瀧拳においてはかなり難しいらしい。
それを小学2年生のうちに…。
組手の全国大会にも出場経験があり、小学生は相手にならないと詰まらなさそうに言っていたのを覚えている。
彼はこの武術を気に入っていた。将来は格闘系の世界大会に出て国外にも広めたいと思っていたらしい。
文月「まずは基礎から教える。“突き”からだな。見たまんまやってほしい。こうだ」
彼はキレのある突きを僕の方を向いて見せてくれた。
僕もそれを真似して、彼に向かってやってみる。
「こ、こう?」
バキッ
当時の僕は全く力加減ができなかった。お母さんの車で遊んでて、スクラップにしてしまったことがあるくらいだ。
そんな僕が人に向かって拳を振るなんて絶対してはいけなかった。
もう一度、人生をやり直せるならここに戻ってきたい。
もちろん、当てる気はなかった。当ててもいないのは確かだ。
けど、僕の力はあまりにも強大すぎた。
小学2年生の文月くんは、僕の放った突きの風圧で右側の肋骨から肩に掛けての骨が砕け散ったんだ。
頭が真っ白になった。
誰がヒーローになるって?
僕のやったことは決して許されない悪いこと。僕はヒーローなんかじゃない。
今、やったことは悪そのもの。
僕はこのとき、彼の夢をぶっ壊してしまったんだ。
幸い命に別状はなく、後遺症も一切ない状態で彼の身体は完治したんだけど…。
彼は妖瀧拳にトラウマを負ってしまった。道場に復帰できる精神状態ではなかったんだ。
僕と両親は文月くんの家に行き、泣きじゃくりながら謝った。
何度も何度も頭を下げた。
今度、僕が力を振るうと誰かを殺してしまうだろう。
そんなことは絶対にダメだ。封印しなければ…。
いや、それだけでもまだ危険だ。加減し損ねてその気がなくても傷つけてしまうかもしれない。
人となるべく関わらないようにしよう。
僕は………普通の人間。
僕は普通の人間。身長が低いこと以外、何の特徴もない人間。
僕は普通……僕は普通だ。ちょっと筋肉質なだけだ。
大人しい性格。1人でいたい性格。だから、誰とも関わらない。
いや、違う…。普通じゃないからこそ関わるな。2度と力を振るうな。
2度と…………“ヒーローになろう”なんて思うんじゃない。
ずっとそう自分に言い聞かせてきた。
だけど、心のどこかでは孤独を感じていて友達が欲しいと思っていたんだ。
悲壮感が漂っていたのだろうか?
僕らが中学生になってすぐに……、
文月「やめろ」
「え?」
彼自身が僕の元にある男子生徒を連れてやってきた。
文月「今の君を見てると罪悪感を感じる。被害者は僕なのに…。頼むから普通にしててくれ」
ダメだよ…。僕が普通の学校生活を送ると第2、第3の文月くんが出て来てしまう。
「加減を失敗したら、またやってしまう。君に悪い思いさせたのは謝るよ…。けど、普通にするのは無理だ」
彼はニヤリと笑い、後ろにいた男子生徒の背中を押して前に出す。
文月「こいつで力加減を練習するといい。言っとくが、僕の友達ではない。たまたま、すれ違ったから連れてきただけだ。こいつを壊してしまっても僕は怒らないから安心しろ」
彼に怪我させて以来、全く話してなかった。こんな横暴な人だったんだ…。
「え? 壊すって何? 君、初対面でそれは怖いな…」
前に突き出された彼は笑いながらも、文月くんの顔色をうかがっている。
そんな彼に対して、文月くんは作ったような笑顔を見せた。
文月「冗談だ、気にするな。こいつは過去にトラウマがあって心を閉ざしているんだ。練習台……じゃなくて仲良くしてやってくれ」
トラウマがあるのは、君の方じゃないか。なんで僕にこんな良くしてくれるんだ?
「トラウマか…。僕は水瀬友紀。何かあったら相談して」
文月くんの隣にいた男子生徒は、こちらに振り向いて握手を求めてきた。
ひっ…!
僕は思わず後ろに下がってしまう。
に、握りつぶしてしまったらどうしよう?
文月「さぁ、早速練習だ。失敗の先に成功があるんだ」
いや、ミスったら2度と取り返しつかない気がするんだけど?!
僕は恐る恐る友紀くんの手を握る。
あぁ、何て脆そうなんだ。高速で90度捻るだけで壊れそうな手首だ…。
でも、僕はちゃんと力加減できている! 思ったより大丈夫かもしれない!
そう思っていたけど、友紀くんの顔は徐々に引き攣っていく。
水瀬「け、結構、力強いね…。び、ビキビキ言ってるんだけど…」
できてなかった……。
「ごめん!」
僕は、歯を食いしばって耐えてる彼から手を離した。
文月「要練習だな。水瀬とかいう奴、お前はあっちに行っていろ」
彼は友紀くんに手の甲を向けて、しっしと手を払う。
水瀬「うん…、何か感じ悪いな。てか、君ら誰?!」
文月「また今度言うから早く行け」
友紀くんは少し不機嫌そうに去っていった。
文月くんは彼が教室から出ていったのを確認してから、僕に話しかける。
文月「まぁ、あのときのことは気にするな。許すとは言わないが…。世界大会を目指すとは言っていたが、同時に飽きも来ていたんだ」
そうだったんだ。それでも、僕がやったことの罪の重さは変わらない。
「ごめん…」
僕が重々しく頭を下げると、彼はまたニヤリと笑った。
文月「そんなに悪いと思ってるなら、1つ頼みがある」
彼はそう言って、意気揚々と身振り手振りを使いながら話をする。
文月「僕は今、工学にハマっていて色んな物を発明しているんだ。君の力で重たい物を運んだり、大きい物を組み立てたりするのを手伝ってほしい。簡単なことだが、してくれると意外と助かる」
僕はその頼みを快諾した。少しでも罪滅ぼしになれば良いと思って。
まぁ、色々壊しまくってしまってすぐクビになったんだけどね…。
彼ら2人は優しかった。
こんな僕を恐がることなく、今でもずっと友達で居てくれてる。友紀くんは知らないだけかもしれないけど。
2人とも今までありがとう。
これからもずっと友達だよ!
【 HappyEnd - 永遠の絆 - 】
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まぁ、僕の過去編はこんな感じだ。
人を傷つけておいて、何がハッピーエンドだって?
「自分の都合の良いように解釈してんじゃねぇよ! ボケ琉蓮が!」
………あ、声に出てしまった。それもかなり響く怒鳴り声だ。
僕が過去を回想していたことを知らない周りの人たちはドン引きしている。
めっちゃ恥ずかしい…。
文月「おい、殴られすぎて気でも狂ったか?」
突然叫んだ僕を文月くんは心配してくれているみたいだ。
そして、僕の前には、疲労しているのか肩で息をしている校長先生がいる。
雲龍「はぁはぁ……なぜだ…? 何度も殴ったのになぜ倒れない?」
え、何度も殴られてたんだ…。回想してたから全然知らなかった。
文月「なんで固まってたのか知らないが、そろそろ倒してくれ」
彼の発言で僕が何をしていたのか理解する。
僕は多分、直立不動で回想してたんだ。
息を荒げた校長先生が僕の後ろにいる文月くんに視線を移す。
雲龍「文月……。こいつは最弱ではないだろ。お前、裏切ったのか?」
そう言われた彼は、少し目をきょろきょろさせて僕の真後ろに隠れた。
文月「君がもたもたしたせいで僕まで殴られるかもしれない。頼む、早く倒してくれ。あのときのことは完全に許してやるから…!」
かなり聞こえにくい囁くような声で僕に懇願するけど、それだけはできないんだ。
「ごめん、どんなに頼まれてもそれだけはできない」
文月「なんでだ!」
君が殴られることがあっても僕は力を使えない…。
僕は………僕は……。
「恐いんだ…。あの力を使う資格は僕にはない。もし、今度ミスったら……僕は全てを失ってしまう」
小学2年生であの威力だ。今、ミスったらと思うと…。
高校は間違いなく退学させられて下手したら死刑になるだろう。
文月「全てを失う…? ふっ…そういうことか」
彼の身体の震えは止まり、自信ありげに僕を見てこう言った。
文月「君が攻撃できるようにカウンセリングしてやる。僕が今から言うことを良く聞け」




