猟奇 - 獅子王 陽④
天を覆う真紅のブロッコリーたち。
そのブロッコリー1つ1つに小さな細いブロッコリーが複数生えていて、樹神の沸々とした怒りを表すかのようにうねっている。
上を見上げてキラキラと目を輝かせる不知火。
そんな奴に目がけて、1つのブロッコリーから細いブロッコリーが素早く伸びてきた。
バチンッ!
速い…。目で追えなかった。
空気を引き裂く音と同時に、不知火の右腕が弾け飛ぶ。
あまりに巨大なブロッコリーで僕の遠近感は狂っていた。
伸びた細いブロッコリーが近くに来たときに正確な大きさを理解したんだ。
あれは、小さな細いブロッコリーなんかじゃない。
不知火の右腕を切断したブロッコリーの太さは、僕の二の腕くらいあるだろう。
バチンッ!
そして今度は、不知火の後方にある巨大ブロッコリーから細いブロッコリーが伸びて左腕を弾け飛ばした。
ほんの一瞬だけど見えた気がする。あれは最早、ブロッコリーにできる動きじゃない。
巨大ブロッコリーから伸びてくるブロッコリーは鞭のようにしなり、人の腕を簡単に切ってしまうほどのスピードで飛んできているんだ。
不知火「アハハッ! ブロッコリーってこんなに面白いんだね!」
両腕を弾き飛ばされてもなお、彼は余裕で笑って瞬時に腕を再生させた。
不死身ですぐに再生させられる彼にとっては遊んでもらっているという認識なのかもしれない。
バチンッ! バチンッ! バチンッ!
バチイィィンッ!
彼の態度は、樹神を更にキレさせてしまったようだ。
全方位からの鞭ブロッコリー攻撃。
「うわっ!」
日下部「おっと…」
若干、地面に衝撃が走り僕らは尻餅をついた。
攻撃を全て喰らった不知火の四肢はバラバラに分断されて宙を舞う。
さすがに死ぬか?
そう思ったのも束の間だ。その考えは超甘いということを思い知らされる。
失った部分は胴を中心に生えてきて再生。宙を舞った奴の身体の部位が地面に落ちる頃には既に完治していた。
全方位からの攻撃の衝撃によって、宙を舞っていた不知火は何事もなかったかのように着地する。
一体、どうやったらこいつを殺せる? こいつに命の償いを……復讐を!
剣崎『冷静に…』
殺意に捕らわれかけた僕の脳裏に、剣崎の言葉がよぎる。
僕は1度、冷静になるため大きく深呼吸をした。
そうだ…、落ち着かないと…。
こいつは死にこそしてないけど、立髪と同じ……いや、それ以上の痛みを味わったはずだ。
こいつを殺しても死んだ命は返ってこないんだ。今は、奴の動きを止めてみんなの命を守らないと!
「剣崎、日下部! 僕らも樹神のサポートを! あいつは死なない。動きを封じることに専念しよう!」
僕は、そう2人に声を掛けた。
樹神の鞭ブロッコリーのお陰で奴は今、ナイフを手にしていない。ナイフを拾わない限り、奴は僕らを殺せないはずだ。
つまり、今がチャンス。奴がナイフを拾う前に動きを止める…!
不知火「アハハッ! 君、面白いね!」
両手を広げ、ブロッコリーを見上げて高らかに笑う不知火。
「君とも“ともだち”になりたかったなぁ…。楽しいけどそろそろ片付けないとね。ちゃんと殺さないとあの人に怒られる」
樹神「誰がお前なんかに殺されるかよ! 死ぬのはお前だ!」
相変わらずどこから発せられているのかわからない樹神の声が屋上に響き渡る。
そして、再び四方から無数の鞭ブロッコリーが不知火に目がけて放たれた。
剣崎「よすのだ、樹神氏!」
剣崎の声が聞こえたのか鞭ブロッコリーは、奴をバラバラにするすんでの所で止まる。
奴は鞭ブロッコリーを制止した剣崎を見て、憂いを含んだような笑顔を見せた。
不知火「優しいね。僕は君も殺そうとしてるのに…。君みたいなのも“ともだち”にすると良さそうなんだけど」
誰が……、誰がお前なんかと友達になるんだよ!
怒り狂いそうになる僕とは違って、剣崎は冷静だ。
奴の言葉には全く耳を傾けず、上を向いて樹神に声をかけた。
剣崎「奴は不死身ゆえ、私たちで始末することはできない。復讐したいのは私も山々だが、私たち自身を守るために、奴の動きを封じることに専念したいのだ。樹神氏、どうか協力してくれ」
シュッ………。
バチバチバチバチバチ……!
樹神は鞭ブロッコリーで答えを示した。剣崎の頼みに対する答えは“イエス”だ。
彼は無数の鞭ブロッコリーを不知火に絡みつけて全身を縛り上げた。
威力がつかないように加減しているんだろうけど、それでもこの速さ。
目で追うことはできても逃げ切るのは不可能だと思う。
恐らく不知火の特質は不死身……ただそれだけだ。
それ以外は、普通の人間。いや、貧相な分、普通の人間より弱いかもしれない。
そんな奴にあのブロッコリーたちを躱せる訳がない。
縛られて身動きがとれなくなった不知火は辛そうな顔をする。
不知火「ひどい…。僕だって意味もなく殺したりはしないんだよ?」
なんで、自分が被害者みたいな顔してるんだよ…。辛いのは僕らだ。泣きたいのは僕らだ。
鬼ごっこに学生大戦…。誰も死なせずに乗り越えてようやく取り戻した平和をお前が台無しにしたんだ。
「もう黙ってくれ、喋らないでくれ。僕らは今日、2人の仲間を失った。1人は自殺、もう1人はお前が殺した。僕はこれ以上被害を出さないために、お前を縛った状態で警察に届ける。良いな?」
僕がそう言うと、奴は辛そうな表情から少し眉をひそめ怒りを含んだ顔に変わる。
不知火「警察に連れてかれると僕はどうなるの? また、ずっと閉じ込められる? あ、あそこに戻るの? あああ、あそこに? 嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 嫌だああああぁぁぁぁぁぁ!!」
何だ…? こいつのことがよくわからない。さっきまで目をキラキラさせて楽しそうにしていたのに、今度は打って変わって泣きじゃくる。
剣崎や日下部も突然、泣きだす奴を見て驚きを隠せない様子だ。
パニクっている不知火は、震える声でこう話す。
不知火「ぼぼぼ僕を縛れば連れていけると思った? 残念! ここここの程度で僕はやられない! 僕を連れていくなら……あそこに連れていくなら、お前らを絶対に殺してやる!」
ググググ………ブチッ。
本当にこいつは気味が悪い。裂けるような音と共に、奴の背中から1本の腕が生えてきた。
ブチブチッ…。
そして、すかさずもう1本生えてくる。その2本の腕は奴の両肩に手を置いて………。
ブチブチブチブチブチ…!
奴の中から奴自身が身体を引き裂いて無理矢理、這い出てきた。
一応、中から出てきた奴も服は着ている。全裸だとコンプラ的にまずいから…。
だけど、体液みたいなので少しドロドロしているから気持ち悪いことに変わりはない。
これに似たようなことをする生物は、地球上に何種類かいるけど…。
不知火「脱皮♪」
自身の身体から這い出てきた奴はそう言い放ち、ナイフの元へ走り出した。
僕は奴の脱皮に動揺してしまい、すぐには動けなかったけど2人は違う。彼らも同時に走り出し、奴の元へと向かった。
いや、走るというより、正確には……、
剣崎「唾液滑走」
日下部「宙屁」
“滑走”と“飛行”。
不知火「え?」
2人の特質を知らなかった不知火は彼らを見て困惑する。
先に奴に近づいたのは剣崎だ。
唾液滑走、およそ時速100キロメートルの速さで接近。
聞いてはいたけど、実際に見るのは初めてだ。確かにこの速さなら100キロくらい出ていても不思議じゃない。
剣崎「喰らえ___粘縛唾液!」
そして、剣崎の十八番が炸裂。彼は分泌した多量の唾液を不知火めがけてぶっ掛けた。
この特質は、僕も見たことがある。
文月の鬼に使っていたときだ。なぜか彼の鬼には効いていなかったみたいだけど。
不知火「え……何これ? う、動けない」
鬼以外には余裕で効くだろう。だけど、これは奴の動きを止める決定打にはならない。
ブチブチブチッ!
全身に唾液が浸透する前に脱皮して抜け出せば良いから。
不知火は唾液が到達していない背中から両腕を出し、再び脱皮して地面に着地。
日下部はこのことを想定していたんだろう。
粘縛唾液を破られたことにも動揺せず、奴に接近して空中で身を捻ってお尻を向けた。
日下部「剣崎、伏せて___昏倒劇臭屁」
彼の言うとおりに剣崎は伏せて、何も知らない不知火はただただお尻を見つめる。
そこに爆音と共に失神するレベルのオナラが放たれて奴はそれに直撃。
奴は不死身だけど、この攻撃は直接傷つける攻撃じゃなく臭いで気絶させるもの。
これなら有効なはず…。
昏倒劇臭屁をまともに喰らった不知火は白目を剥いて後ろに倒れていく。
殺すことはできなくても、動きを止めることならいくらでもできる。
だけど、この考えすら甘かったのかもしれない。
奴は倒れる寸前に目を覚まし、地面に手をついて身体を支えた。
これには、みんな驚きを隠せない。日下部自身ももちろん驚いていたけど、再びナイフに向かう奴を見てすぐさま接近。
もう一度、昏倒劇臭屁をかけるけど…。
2度目が効くことは一切なかった。
なんで? こいつの特質、不死身だけじゃない?
まさか………
“免疫”を獲得したのか?
一度喰らった技は効かなくなる…?
まずい、そんなことを考えてるうちに奴はナイフに手を伸ばそうとしている。
粘縛唾液も効かない。
昏倒劇臭屁も2度目はない。
そして、日が一向に差す気配もない…。
誰も奴の動きを止められないんだ。
樹神「やめろおおぉぉぉ! これ以上、俺のダチを殺すなあぁぁ!」
多分、偶然だったんだと思う。
樹神の鞭ブロッコリーが地面に落ちたナイフを叩いて飛ばしたタイミングと、不知火がナイフを掴もうと手を伸ばしたタイミングが偶然にも重なってしまう。
不知火はナイフの代わりに鞭ブロッコリーを掴んでいた。
そして、何を思ったのか奴は掴んだブロッコリーを………
ガリッ
囓ったんだ。
こいつにそれを喰わせてはいけなかった。
そのせいで僕らは、更に絶望の淵に落とされることになってしまったんだ。




