生贄 - 水瀬 友紀⑤
抵抗も空しく琉蓮は景川と猿渡に連れられ、リングの中へ。
同時に雲龍校長もロープを潜ってリングに入り、殺意のこもった目で彼を見つめた。
そして、動揺している琉蓮をリングの外から見据える慶は彼にこう告げる。
文月「このロープに触れると、君にだけ高圧な電気が流れるように造ってある。逃げようなんて思わないほうが良い」
慶、何考えてんだ? そんなことをしたら琉蓮が死んでしまう!
やっぱり君の本質は、残虐なテロリストなのか…?
鬼塚「なんで…。なんでこんなことするんだ! 助けてよ、文月くん!」
慶はパニックになって喚く彼を鼻で笑い、景川に話を振った。
文月「これをやれと言ったのは生徒会だ。景川、説明してやれ。処刑される側にも知る権利はあるだろう」
急に話を振られた副会長の景川は、とても気まずそうに琉蓮を見つめる。
景川「り、琉蓮…。あ、あのな……これは必要なことなんだ。すまない、わかってくれ」
鬼塚「い、意味わかんないよ! 景川くん、君は文月くん2……じゃなくて…。僕らは友達だろ? こんなこと、やめてよ…」
言葉を濁す景川に彼が必死に助けを求めていると、猿渡が突然笑い始めた。
小馬鹿にしたような彼の笑い方に僕は少し怒りを覚える。
猿渡「おい、そんなんじゃ納得いくわけないだろ。お前が説明しないなら俺がする」
景川「お、おう…。オブラートに包めよ?」
一体、どんな理由があって琉蓮が選ばれたのか。
そして公開処刑って言ってるけど、まさか校長に殴られるのか?
リングに立たされてる時点でそれ以外、考えられないけど…。
猿渡は琉蓮の近くへ行き、ロープに腕を置いた。
猿渡「はっきり言ってやる。お前がこの学校で1番弱いと判断されたからだ」
彼はそう言って、切れ長の目を更に細くして口角を上げる。
どういうことだ? 弱いと校長に殴られないといけないのか? 意味がわからない。
彼は愉しそうに話を続けた。
猿渡「弱い奴を痛めつけて全校生徒の前で吊し上げる。お前とカーストの近い奴らは、“次は自分かもしれない”と恐怖し、お前より上の奴らは“自分は大丈夫だ”と安心する。適度な恐怖とほんの僅かな安心を与えられると人はより従順になるんだよ」
それはどうだろうか? 一部の人はそうなるかもしれないけど…。
琉蓮をボコるだけで全員が従うようになるというのは暴論だ。
それに、もう既にみんな生徒会を恐がって従ってるように見える。
恐怖と安心をこれ以上煽ったところで従順さはそんなに変わらないだろう。
鬼塚「え……僕は、そんなことのために殴られるの?」
本当の目的はより従順にさせることじゃなくて、多分、神憑の能力に関わるところにあるんだと思う。
猿渡「わかってくれたか? 基本、カースト底辺に存在価値はない。そんなお前に俺たちは重要な役目を与えたんだ。光栄に思ってほしい」
こんなに腹が立ったのは久しぶりだ。彼の発言というより、存在自体が気に障る。
だけど、今はイラついてる場合じゃない。何とかして琉蓮を助けないと…。
鬼塚「ええと…。僕を吊り上げるのは良いんだけど、殴る以外の方法はないかな? 罵りまくるとかさ」
彼だって殴られたくないはずだ。別の方法はないかと必死に交渉している。
猿渡「黙って従え」
猿渡は無情にも、たった一言で彼を突き放した。
なんでかはわからないけど、僕は生徒会のことが恐くない。従わなければいけないとも全く思っていない。
鬼塚「いや、流石に殴るのはまずいと思うんだ。校長先生が殴るんだよね? 今のご時世、体罰はヤバいよ…」
それは今、抗議している琉蓮も同じだと思う。おどおどとはしているけど、多分従わせる能力的なものにはかかっていない。
猿渡「………? 聞こえなかったのか? さっさと従えと言っている」
全く恐れず従おうとしない彼に対し、不思議に思ったのか怪訝な顔をする猿渡。
彼を助ける手段が1つだけある。僕だって、いつこの能力にかかるかわからない。
発動条件や能力にかかっていない理由がはっきりわからない今、早く行動に移した方が良いな。
みんなが体育座りをして震えている中、僕はすっと立ち上がり、リングの周りにいる彼らを見据えた。
彼らは僕の行動を見て少し驚いてるようだ。
慶の表情だけは大して変わらず、彼の視線は猿渡から僕へ移る。
そして、僕は大きく息を吸ってから、ポケットに入れていたあれを取りだした。
「琉蓮を解放してください。これはポイズンポテト。解放しないと僕はこれを食べて自殺します」
先生には意外と刺さる脅迫だと思う。生徒が学校で自殺すれば大事になるから。
御影帝学憲法なんて馬鹿げたことも言ってられなくなるだろう。
僕の予想通り、御影先生と雲龍校長は焦りの表情を浮かべる。
御影「い、良い度胸ね。そ、それは本物かしら?」
上手くいった。
この様子なら琉蓮を助けられる。特質なんて持ってなくても、気持ちさえあれば友達は守れるんだ。
そう思っていたのに…。
文月「それは毒入りではない」
慶が僕の邪魔をしたんだ。
なんで? 君は本当に敵になってしまったのか? ただの興味本位で手を組んでいるだけだと思っていたのに…。
どうして、そこまでするんだよ。能力の追究と琉蓮を痛めつけることは関係ないだろ!
慶は僕が突き出したじゃがいもを指さし、こう語る。
文月「それ、母親から貰ったものだろ? お前には毒入りと言っているようだが、そうじゃない。それは世界に7つしか無いスペシャルポテトだ」
絶対に嘘だ…。慶は僕に死ぬ勇気なんてないと踏んで口から出まかせを言っている。
文月「決して複製することができない希少なポテト。お前の母親はそれを何とかして量産しようとしている。自分の薬学の知識では足りないと思い、僕に協力の依頼が来た。まぁ断ったがな」
クソッ…。僕をバカにしやがって。
慶、見損なったよ。
君は人が殴られようがお構いなしということか…。衝動的に人質をとったりする奴だけど、それでも良心はあると思っていた。
文月「お前に毒入りと言ったのは、うっかり口にしないため。それを食べると毒じゃなく母親に殺されるだろう。そのスペシャルポテトは………」
どうせ、7つ揃えば願いが叶うとか言うんだろ?
文月「めちゃくちゃ旨いらしい」
いや、何か捻ってくれよ。なんでそこだけテキトーなんだよ。
割とウケたのか御影先生は口元に手を当てて、上品に笑い出す。
御影「うふふふ…。ふっ…。水瀬くん、すごいじゃがいもを持っているのね。オークションに出したらとても高くつきそう……ブフォッ…!」
彼女は気品を保つために笑いを堪えていたんだろうけど、自分の言った言葉に自滅して吹き出してしまった。
ごめん……琉蓮、助けられそうにない。
僕はじゃがいもを持って突き出した手をゆっくりと下ろして俯いた。
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
ちょうどその時、1限目が終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。
文月「休み時間なので席を外します」
慶は御影先生にそう言って、僕らに背中を向けようとした。
御影「あら……何か用事でもあるのかしら?」
そんな彼に、御影先生はやや威圧的に問いただすけど…。
文月「休み時間くらい良いでしょう? 貴女との契約はちゃんと果たしているはずですが?」
慶は全く動じることなく淡々と切り返した。
御影「それもそうね…。許可するわ」
慶は彼女に笑顔を見せた後、こちらに振り向いて…。
「食べるなよ?」
少し心配そうにそう言って、ホログラムの彼は姿を消した。
結局、雲龍校長による琉蓮の公開処刑は止めることができず、始まってしまったんだ。




