失踪 - 水瀬 友紀④
はぁ……はぁ………はぁ…………。
僕は今、2年の教室を1つ1つ確認しながら走り回っている。
ここは、どうだ?
教室のドアに手を掛けて横に引いた。そして、教室全体を見渡すけど……ここにもいない。
おかしい…。偶然とは思えない。
特質持ちが全員、学校に来てないんだ。
昨日、生徒会のみんなが呼び出されていたことと何か関係があるのだろうか?
それに全教室の黒板に貼られていたあの紙は……。
“御影帝学憲法 五ヶ条”とその内容が記された紙。2年の教室しか見てないけど、多分この様子だと、全学年の教室にも貼られているだろう。
誰かのイタズラか? まさか、御影先生本人が貼りつけたのか?
いや、どこの独裁者だよ…。そんなはずないと思いたいけど、この学校に危害を加える神憑ならありえる。
1つ1つの教室を順番に見ていくけど、やっぱり特質を持った人たちは見当たらない。
はぁ……はぁ……。
息を切らした僕は、膝に両手を着いて目の前にある教室のドアを見据えた。
ここが最後の教室…。琉蓮がいるクラスだ。
息を整えた僕はドアをゆっくりと開けて、教室全体をじっくり見渡した。
良かった…、このことを相談できる人がいる。
特質を持っていない琉蓮は、真顔で微動だにせず席に座っていた。
いや、琉蓮だけじゃない。まだ1限目が始まっていないのにも関わらず、ほとんどの生徒が着席して俯いている。
静かなクラスだ、誰もいっさい喋らない。
「琉蓮! 話がある」
僕が名前を大きな声で呼ぶと、彼はこちらに気づいて席を立った。そして、きょとんとした表情をしながら向かってくる。
鬼塚「どうしたの?」
「勘づかれるとまずいから小声で話そう。特質を持ったジミーズが来てないんだ…」
彼らと面識のない琉蓮は気づいていなかったみたいで、少し驚いた顔をした。
昨日の着任式から、新しい先生には警戒していたけど、まさかみんな消されてしまうとは思いもしない。
そして、僕が彼らの異変に気づけた理由は自分が送ったメッセージにある。
「既読が………全くつかないんだ」
僕は琉蓮に、自分のスマホの画面を見せた。
遅かれ早かれグループチャットに送ったメッセージには必ず既読がつく。
誰も見ていないということは、つまり返信できない状況にあるということだ。
スマホをまじまじと見つめていた彼は、とても気まずそうな顔をしてこう言った。
鬼塚「それって……とても言いにくいんだけど……。友紀くん、無視されてるんじゃない?」
…………は? 何言ってるんだ、琉蓮。
とても申し訳なさそうな顔をしているけど、本気で言ってるのか?
「そんなわけないじゃないか! なんで僕が無視されるんだ」
僕が声を荒げると、琉蓮は怯んで1歩下がった。
それでも、負けじと彼は持論を展開する。
鬼塚「友紀くん、君は何も悪くないよ。でも、所詮は高校生の薄っぺらな人間関係…。いらなきゃポイなんだ」
僕は……彼らにとって………いらない存在?
確かにそうかもしれない。
みんな、特質という強みを持っている。
特質を持たない慶には圧倒的な技術と発想が…。
皇には優れた直感と強運を引きよせる才能がある。
けど、僕には何もない…。最初っから、特別なものなんて何1つ持ってないんだ。
才能や特別な能力がある集団“ジミーズ”に平凡な高校生は必要ないってことか。
だけど…、だからといって除け者にするなんて酷いじゃないか。
僕は酷く落ち込んで、大きく溜め息を吐いた。
鬼塚「大丈夫……」
俯いてしまった僕の肩に、優しく手を置く琉蓮。
その手はとても大きく、そして暖かい。
鬼塚「僕だって捨てるより捨てられる側の存在。僕は君を絶対に無視したりなんかしない。……喧嘩したら知らないけど」
彼は僕の肩を擦りながら、穏やかな口調でそう言った。
琉蓮……。
彼の言葉を聞いて、目頭がとても熱くなるのを感じる。
でも、泣いちゃダメだ。励ましてくれている彼にこれ以上、心配かけたくない。
「あ、ありがとう」
僕は涙をぐっと堪えながら頭を上げて、無理矢理、笑顔を作った。
そんな僕の表情を見てホッとしたのか、琉蓮もニコリと笑う。
鬼塚「君は文月くん3号だ。あ、いや……あれは違うから……2号だ!」
「ありがとう! 君は何て優しい奴なんだ」
彼の優しさに感極まった僕は、思わず手を握りぶんぶんと上下に振った。
僕らはいつの間にか人間関係の話になってしまって、特質持ちがいないことについて話すのを忘れそうになっていたそのときだ。
放送の音が3回、校内に木霊した。
3回鳴るのは鬼ごっこ以来初めて。校内は不穏な空気に包まれる。
あのときと同じだ…。
今日は避難訓練とか、何もない日。
『…ザッ…ザザッ……ザッ………ザッ…ザザザッ』
押し間違えにしては一定の間隔で3回鳴らしてる。
「何だよ、せ、生徒会か?」
「マジかよ、恐ぇよ……」
琉蓮のクラスにいた生徒たちは、“生徒会”というワードを口にしてガクガクと震え始めた。
鬼ごっこのことを思い出して怖がるのならわかるけど、なんで生徒会?
『ザザッ……あー…あー……ザッ…相変わらず電波悪いな……』
しばらくノイズだけが流れた後、ある人物が言葉を発した。
かなり、聞き取り辛いけど2回目だから流石にわかる。
間違いない、慶の声だ。
文月『まぁ良い…。10分後に全校集会を行う。今、来ている奴は必ず体育館に集まれ。逆らうと、生徒会がお前たちを許さないだろう………ブツッ』
彼は一方的に話して放送を切った。
誰も慶に怯えている様子はない。そもそも誰が放送したのかは彼らにとって重要ではないらしい。
生徒会そのものに恐怖しているみたいだ。
慶の鬼に追いかけられて人質にされたことより、生徒会の方が恐いってこと?
鬼塚「今の声って、文月くん?」
教室のスピーカーから流れた慶の声を聞いて戸惑う琉蓮。
僕ら以外、全員同じ恐怖を抱いている。明らかに人為的な何かが働いている。
もしかすると、これは………神憑の能力によるもの?
だとしたら、生徒会の中に間違いなく神憑がいる。
精神的な攻撃をする能力か、恐怖を植えつける能力に近い何かだ。
ただ、1つ気がかりなのは慶が生徒会側についているということ。
一体、どうして? なんで敵側についてるんだ?
鬼塚「友紀くん?」
いや、そもそも慶自身は味方なんて一言も言っていない。
学生大戦のときは、彼の興味本位でたまたま利害が一致していただけなのかも。
彼は特質や神憑に興味を持っていてそれを解明しようとしていた。
生徒会と手を組んだのも、そのためだとすれば、彼らと対峙する僕らは慶にとって邪魔な存在になり得る。
慶との戦いも視野に入れなければいけないのかもしれない。
鬼塚「友紀くん! 魂抜けてるの?」
神憑と慶が組んでいて、ジミーズが行方不明という絶望的な状況だとしても、僕らで何とかするしかない!
考え事をしている間、呼びかけてきていた琉蓮に向かって、僕はこう言った。
「琉蓮、協力してくれ! 生徒会にいる神憑を一緒に倒そう!」
僕が協力を請うと、彼はまた眉毛をハの字にしてもう1歩下がる。
鬼塚「無理だよ…。僕ら能力持ってないし、何もできるわけないじゃん」
もしかしたら、ジミーズは僕を無視してるんじゃなくて彼らに何かをされたのかもしれない。
琉蓮は無理だと言って首を横に振ったけど、危険な目に合っている友達を見捨てるわけにはいかない。
彼を説得しようとした僕の身体は、自然と前のめりになる。
「確かにそうだけど…。かと言ってこのまま見過ごすわけにいかないだろ!」
だけど、彼の意見は変わらないようだ。
鬼塚「何かマンガの主人公っぽいこと言ってるけど……現実見ようよ。丸腰と熱意だけで戦っても勝てるのは彼らに主人公補正がかかってるからなんだ。大して主人公っぽくない僕らが、しかも現実でそんなことやると確実に死ぬよ? 逃げるのも1つの手だと思う」
琉蓮は、あのとき脇目も振らずに着いてきてくれた怜や新庄とは違った。
現実的かつ冷静で、優しさが垣間見れる性格だ。
鬼塚「ごめん、言いすぎたかも…。でも、今は正面からぶつかるべきじゃない。従ったふりしてジミーズのみんなを捜すとか、他にできることはいくらでもある。僕に出来ることなら協力するよ」
キツく言いすぎたと思ったのか、彼は僕の顔を窺いながら謝ってきた。
琉蓮の言うとおりだ。少し冷静にならないと。
鬼ごっこに学生大戦…。これらを乗り越えた僕はまた慢心していたのかもしれない。
今回の相手も慶だ。油断していると絶対に勝てない強敵。そんなことは、あのときにわかったはずだ。
「わかった。まずはジミーズの行方を探ろう。協力してくれてありがとう。今日から君もジミーズの一員だ」
僕はそう言って彼に手を差し伸べる。
そして、彼は僕の手を弱々しく握りながら気まずそうに頷いた。
鬼塚「………う、うん。その……ジミーズって名前、ダサい気がする」
それは、僕も思う。やっぱり変えた方が良いな。
また今度、みんなで意見を出し合って新しい名前を考えよう。
「とりあえず、体育館に行こうか」
結託した僕らは慶に言われた通り、体育館へ向かった。
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体育館に入ると、中央には見慣れない格闘技用のリングが目に入る。
これが全校集会? 僕らに殴り合いでもさせるのか?
リングの右脇に2人、左脇には3人。
新任の御影先生と雲龍校長。そして、この前知り合った副会長の景川とホログラムで時々乱れている慶がいる。
あと1人は、マッシュヘアで切れ長の目をしている知らない人。多分、もう1人の副会長だろう。
全員集まったのを確認した慶は、話を切り出した。
文月「今から1人の生徒の公開処刑を実施する。心当たりのある奴は手を上げろ」
しばらく沈黙が流れた。いや、ここに集まったときから騒いでいる人は1人もいない。やっぱり、みんな生徒会に怯えているようだ。
誰も手を上げずに、ただただ震えている。
公開処刑って言われても…。そんな悪いことをする生徒なんて、この学校にはいないと思うけど。
文月「まぁ、自白しようがしまいが公開処刑をすることに変わりはない。こちらから当てさせてもらう。公開処刑される生徒の名前は………」
彼は少し間を置いて、その生徒の名前を口にした。
文月「鬼塚琉蓮。今日が君の命日だ」
そう言って琉蓮を指さす慶。
集まった全ての生徒が琉蓮の方へ振り向いた。
多くの視線が彼を捉えて離さない。
鬼塚「………ええぇぇぇぇ?!」
彼は珍しく甲高い声を上げて驚いている様子だ。まさか、自分が選ばれるとは思わなかったんだろう。
文月「猿渡、景川。彼をリングへお連れしろ」
猿渡と呼ばれたマッシュの彼と景川は、慶に対して従順だった。
2人で琉蓮の両脇を抱えてリングへと引きずっていく。
鬼塚「そんな! 文月くん、どうして! 僕が何したって言うんだ!」
抵抗はせず引きずられながら、生徒会に無実を訴えかける琉蓮。
彼の悲痛な叫びを聞いた慶は右肩を抑えて、眉をひそめた。
文月「憶えてないのか? 君が僕にしたことを!」
なんで彼が選ばれたか、僕にはわかる。
琉蓮「嫌だ……嫌だ………嫌だああああぁぁぁぁぁ!!」
多分、バレたんだ…。僕らが詮索しようとしたこと。
慢心しているかどうかなんて関係ない。
今日、僕らは慶に、絶対に勝てないということを思い知らされた。




